「俳優陣の演技がすばらしい!」大いなる不在 おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)
俳優陣の演技がすばらしい!
予告から、重厚なヒューマンドラマを期待して鑑賞してきました。確かな演技力を誇る俳優陣の渾身の演技に支えられて、見応えのある作品に仕上がっていました。
ストーリーは、幼い頃に家庭を捨てて以来疎遠となっていた父・陽二が事件を起こしたことを機に、久しぶりに父と再会することになった卓は、認知症が進んで変わり果てた父の姿に驚きつつも、5年前に父宅を訪問した際には仲よく一緒に暮らしていた再婚相手の直美がいなくなっていることが気にかかり、父宅に残されたおびただしい数のメモや手紙を手がかりに、父の歩んだ人生をたどっていくというもの。
冒頭で示される陽二の起こした事件と直美の失踪の謎を紐解いていくサスペンス要素のおかげで、物語にじわじわと引き込まれていきます。その中で紡がれる、認知症の父を取り巻くさまざまな人たちの思いが錯綜するヒューマンドラマが、観る者の心を揺さぶります。
中でも、長く疎遠だった父に今さら何の感情も湧かないといった感じの卓が、陽二との交流を通して、少しずつ心を開いていく様子が穏やかに沁みてきます。陽二は、幼き卓にとっては嫌悪の対象、5年前の再会時でさえ心の距離の縮まらない、血のつながった他人と映ったことでしょう。しかし、直美を一途に思い、認知症と戦い、過去の過ちの許しを請う姿に、今まで自分が嫌悪し続けた陽二の姿を重ねることができなかったのかもしれません。陽二が自分にした仕打ちを忘れたわけでも、許したわけでもないと思いますが、陽二の思いに触れ、一人の人間としてその生き方を尊重してあげたいと思い始めたのかもしれません。終盤、施設職員に向かって、できる限りの延命治療をしてやってほしいと望む卓の姿が心地よく沁みてきます。
一方で、理屈っぽく、こだわりが強く、少々頑固な陽二を、長年にわたって献身的に支え続けた直美には頭が下がります。互いの家庭を捨てるほどの大恋愛の末に結ばれたとはいえ、ただでさえ扱いにくい陽二に認知症が加わり、その心労はいかばかりだったでしょう。大切な日記を投げ捨てられ、倒れても置き去りにされ、それが認知症ゆえの行動であったと頭では理解できても、心はずたずたに引き裂かれたことでしょう。陽二のそばを離れ、それでも彼の身を案じて手を尽くす姿に胸を打たれます。とはいえ、最終的にはフェードアウトしてしまったように見えたのは疑問が残ります。妹から何か吹き込まれたのでしょうか。
認知症をテーマとして扱った作品では「ファーザー」が思い浮かびます。認知症老人の一人称視点から描かれ、頭が混乱したことをよく覚えています。しかし、本作はあくまで卓を中心とした周囲の人物の視点から描いています。それなのに、現在シーンと回想シーンが目まぐるしく入れ替わり、時系列もわかりにくかったのは残念です。もう少し整理されていれば、もっとしっかり理解できた気がします。とはいえ、認知症を取り巻く人々のヒューマンドラマとしては、強く伝わってくるものはありました。
主演は森山未來さんで、言葉を選びながら穏やかに語る中にも、心情の変化が読み取れる繊細な演技が秀逸です。脇を固めるのは、藤竜也さん、真木よう子さん、原日出子さん、三浦誠己さん、神野美鈴さんら。ベテラン俳優陣の確かな演技力が本作を支えているのですが、中でも藤竜也さんが圧巻!自身を保ち続けようと認知症に抗い、それでもなす術なく飲み込まれていく陽二を好演しています。