フェラーリ : 映画評論・批評
2024年7月2日更新
2024年7月5日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー
マイケル・マン8年ぶりの新作は、モータースポーツの帝王の裏側を描いた実話
イタリアを代表する自動車メーカー、フェラーリ。その創業者であるエンツォ・フェラーリと、彼が最も苦境に陥った1957年を描く。監督は「ヒート」のマイケル・マン。出演はアダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリーなど。
出世作となったTVシリーズ「特捜刑事マイアミ・バイス」でデイトナ・スパイダーを登場させて以来、フェラーリ一族、特にエンツォの息子ピエロと20年来の付合いとなるマン監督は、原作「エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像」が出版された時から映画化を構想していた。脚本家の死去や資金難を経て、2015年にはクリスチャン・ベール、その後ヒュー・ジャックマンの主演で企画は進行したが、最終的に現在のキャストに落ち着いた。
実際のエンツォも2メートル近い長身大柄のため、190センチのアダム・ドライバーはまさに適役だったが、さらに身のこなしや話し方をマスターし2時間のメイクを施され、完全に本人になりきっている。お気に入りの記者を重用する巧みなマスコミ戦略で、社会的な地位を確立したエンツォにとって、前述の原作は帝王を初めて客観的に書き上げたと評判を呼んだ。そこにアダム・ドライバーの緻密な演技が加わり、エンツォの人間的な面が赤裸々に描かれ、複雑な人間像が映像として浮かび上がる。
逆にウッドリーとクルスの女優陣は外見よりも内面を重視。エンツォとぶつかり合い、立場は違えどもフェラーリを現在の形へと導く重要なキャラクターを、それぞれに深掘りし創り上げた。途中で主要キャストが集合する「椿姫」観劇シーンでは、エンツォをめぐる女性たちの人生が「パリを離れて」に乗せシンクロする演出が施される。ちなみに監督は「エンツォの人生はオペラのようだ」と語っている。
もう一つの見せ場は当然だがレースシーン。特に世界的にも稀な長距離公道レース「ミッレミリア」再現には目を見張る。サーキットを飛び出し、雄大な山岳地帯から直線の田舎路、タイトなカーブが連なる市街を時速200キロで走り抜ける古風なレースカーは、視界270度の特殊な車載カメラや、高速ドローンによって美しく捉えられた。レプリカの車体は英国でシャーシを、その後イタリアでファイバーやアルミのパネルを使って組み上げられた。スタントマンたちは5点式シートベルトを衣装の下に仕込み、ロールバー(後からCG処理)で安全確保し、タイヤ幅6インチの跳ね馬に挑んだ。
今回のマン監督はこれまでの作品で描いてきた友情や絆よりも、エンツォの個人的かつ職業的な試練を通して、より「孤独」にフォーカスしている。成功とは。幸福とは。その本質について考えさせられる作品である。
(本田敬)