「好みは分かれるでしょうが、私は大好きなタイプ」DOGMAN ドッグマン クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
好みは分かれるでしょうが、私は大好きなタイプ
おっ、リュック・ベッソン復活か!のダーク・ファンタジー秀作の誕生です。ズバリ、ホアキン・フェニックスの「ジョーカー」と表裏一体の様相です。ホアキンがそうであったように、本作も主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズの圧巻演技によって支えられている。米国公開が日本より遅く今年の3月下旬だそうで、2023年作品に入らず年明けからの映画賞がらみで取り上げられることはなく来年までお預けですが、そう書いて憚れない圧倒的な魅力に満ちている。これをオリジナルで創作したベッソンが、だから凄いのです。
一世を風靡したと言って間違いないでしょうフランスの俊英監督リュック・ベッソン。「サブウェイ」(1984)、「グラン・ブルー」(1988)で颯爽と登場したフレンチ色男。「ニキータ」(1990)、「レオン」(1994)、「フィフス・エレメント」(1997)等で早くも頂点に達し、製作会社ヨーロッパ・コープまで設立し、フレンチ・ハリウッド帝国の勢いでした。制作が多く直接の監督作も少な目になりつつありましたが、「LUCY/ルーシー」(2014)そして「ANNA/アナ」(2019)と相変わらずの女性賛歌作品に続いての本作です。ジャン=ジャック・ベネックスそしてレオス・カラックスと同時期に登場したものの、作家性は抑えめのエンタテイメント路線まっしぐら、その多くが英語作品であるように世界マーケットを徹底的に意識している優秀な商売人でもありますね。
上に記した諸作がそうであるように、彼にリアリズムは興味なく、フィクションの中にこそ真実を託すタイプでしょう。だから、そんな多くの犬がそこまでやるの? の現実より、颯爽と走り回り主人公ダグラスのプライベート軍団のように振る舞う映像美を描き、ダグラスと犬との精神性に希望を託す。五歳児を犬小屋に四年間も閉じ込めたクソ父親がいた、なんて現実のニュースを基に創り上げたとかで、狂信者の被害者に寄り添うベッソンの温かさが、私は好きですね。ヒスパニック系の悪役ギャング達が絵にかいたようなステレオタイプなのもシンプルな対立構図で分かり易い。
この壮絶ストーリーを引き出すのが、警察側の女性精神科医に課した設定。悲惨な過去をダグラスに語らせ、守秘義務を超えた殺人告白までも導き出す。聞き上手な手法で過去完了として描くことにより、悲惨話にワンクッションが挟まり観客に受け入れやすい作劇が功を奏している。もし、時系列で少年時代から描いてたら、壮絶過ぎで耐え難い。今は肌艶もよく優雅にタバコを吸いながらの現在の姿を見せているから、安堵出来るわけ。ただ、彼女の側の逼迫状況とのリンクまでは旨く行ってません、残念ですが。
IN THE NAME OF GOD と示されるとおり、キリスト教的救いをファンタジーに染み込ませ、ラストはキリストに似せるまでをも描く。こんな狂信者が信仰熱いともてはやされ、トランプを応援するのでしょうね。GODの垂れ幕を裏から見ればDOGとは、よくぞ見つけた秀逸描写です。施設に入った少年に夢と希望を与える年上女性とのエピソードは胸を締め付け、本作の白眉のシークエンスとなっている。
もうひとつ「ジョーカー」がそうであったように、本作も流される歌曲が見事な効果を上げ、琴線に染みてくるのです。母親の好きだったレコードから、数多の求職活動に存在すら否定されかねないどん底で出会ったドラッグ・クイーン達の助けを借りての、シャンソンの数々が素晴らしい。ピアフからディートリッヒの哀愁が彼のシチュエーションと重なる名場面に成し得た。ただ、どう聞いてもオリジナルの声のようで、主演のケイレブの声と思えないのが惜しい、間違ってたら御免なさい。
何故見え透いた強盗を犬にやらせるとか、殺人にまで手を出さなくとも、と思われるかも知れませんが、それではベッソン流の画にならないでしょ。理屈で動くタイプじゃないのですから。彼はまだ64歳、今後も期待しましょう。