劇場公開日 2024年3月29日

「ただただ映像美と圧巻の演技力、映画として極めて優秀」オッペンハイマー mass79さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ただただ映像美と圧巻の演技力、映画として極めて優秀

2024年4月5日
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鑑賞方法:映画館

知的

難しい

日本人なもので、素直に面白いと言えないところがありますが、鑑賞して損はない作品でしょう。
Cノーラン監督作品らしく一番の見所が圧巻の映像美と音楽の融合なので映画館で見たほうが良い、というか映画館で鑑賞しなければ価値がない作品とも言えます。
特に度々登場する、核分裂、太陽のコロナ爆発、脳内のシナプスなどを具現化したような幾何学的イメージの不可思議な映像と音響の爆発は出色でした。このシーンでは一瞬言及されたストラヴィンスキーを引用したような不協和音が歪で不気味で激しい音像、おそらく1945年当時を再現するために電子楽器一切無しのクラシック音楽寄りの編成で構成された楽曲が素晴らしかったですね。

あと意外だったのは映画の三分の一は、ソ連側のスパイの嫌疑をかけられたオッペンハイマーを糾弾する聴聞会のシーンで構成されていたこと。
それはともすると退屈しそうなシークエンスですが、嫌疑を追求する側とされる側の一切の妥協のないお芝居に魅入ってしまい退屈しませんでしたね、俳優陣の演技力は凄まじいものがあります。

それにしてもオッペンハイマーの人物像、資産家の家に生まれユダヤ人で、資本論を原語で読破し社会主義に入れ込み文系もいけることをひけらかす傲慢な感じ、鼻につきますよね〜。
あの時代の傲慢な知的エリートの脆弱性の象徴としての描き方として完璧に描写してましたね。
何故知的エリートが脆弱かというと
当時、ソ連のスパイが主導で各国の上流階級の知的エリートの理想主義を利用して社会主義が阿片のように広がり、ソ連の思惑通り、ソ連=社会主義に対する警戒感が和らげられたのです。
軍事力無敵で経済最強のアメリカすらも、ソ連の思惑通り内部から切りくずされていきました。
劇中に社会主義仲間との集会が何度もありましたが、あれは要はオッペンハイマー博士がソ連の掌の上で踊っていたにすぎない訳です。
博士は現実を見ていた政治家や官僚とは戦後、ソ連に関する観点で意見が合わず対立し遂には公職から追放されます。
この両者の差異をCノーランは出自に求めているようです。ストローズには靴売からの成り上がりを劇中さかんに主張させ、かつ最終学歴高卒の叩き上げトルーマンとの対立も明確に描いていますね。まるで生まれながらに資産家の博士とは、叩き上げのトルーマンやストローズとは真逆の出自であるが故の対立かのように。
ちなみに博士とストローズの対立の原因となった、アイソトープ=放射性同位元素の輸出入の規制、これは現在の安全保障の視点ではストローズの意見が正しいことが結論付けられています。

このように、Cノーランの感覚は左翼優勢なハリウッド人の中ではかなり冷静に両面が見えているように思えて好感が持てます。

映画の感想とは別に、個人的に考えさせららたのは、戦争自体への賛否はともかく、原爆という戦略兵器を「市街地に投下した」残虐性について少なからずも個人的内省を抱く人物を描いただけでも米国人としては進歩的なんですよね。だからアカデミー賞とっている訳です。
原爆は戦争を終わらせたことを一般米国人は評価していますが、非戦闘員の殺傷は明確な国際法違反です。米国人はこの点に関して全スルーですよね。
原爆を市街地ではなく、海中に投下する、例えば東京湾のど真ん中に投下することでも十二分に脅迫効果はあったはず、しかし彼らは原爆が人体に与える影響、戦略兵器としての有用性を示すデータが欲しかった。だから市街地に投下した。
彼らは国際法を捻じ曲げても全く気にしない。
日本人としては、彼らの歴史観にモヤる気持ちはありますが、事実上の属国ですので生暖かく見守るほかないのでしょうね。

mass79