「恋のウォータールー」ナポレオン ストレンジラヴさんの映画レビュー(感想・評価)
恋のウォータールー
「人生で最も難しいのは他人の失敗を許すことだ。失敗を許すな、成功をたたえろ」
本来ならばもっと早く観たかったが少し出遅れた。いやなに、地面が乾くのを待っていたのさ。さ、さっさと書き上げてしまおう。モタモタしているとプロイセン軍が着いてしまう。
世界史にその名を残すナポレオン・ボナパルト。フランス革命による王政崩壊と共に台頭し、皇帝にまで昇り詰めた男の栄枯盛衰を、彼の妻ジョゼフィーヌとの男女を超えた関係を織り交ぜながら描く一代記。
歴史にはたびたび「取り憑かれた男」が登場する。その神通力たるや凄まじく、たちまち世界を狂乱の渦に巻き込む。だが憑き物がとれた時、世界はとてつもないツケを払わされることになる。
ナポレオンもその一人だ。本来ならばコルシカ島の片田舎でひっそりと一生涯を過ごす名もなき人物だっただろうし、厳密に言えばそもそもフランス人ですらなく、出自を辿ればどちらかというとイタリア寄りの人間であるはずだった。だが、運命の悪戯は彼をたちまち表舞台へと押し上げた。本人ですら「自分はそんなにできた人間ではない」と思っていたに違いない。少なくとも本作序盤、トゥーロンでのナポレオンにはそのような素振りが見えた。そして出会うはずのなかった女性・ジョゼフィーヌを知ることで彼の人生はますます生き急ぐようになっていく。やがて出自のコンプレックスからくる野心はさらに熱を帯び、彼は人間離れした存在となっていった。その意気やよし、一方で彼に対してはジョゼフィーヌですら諫言できなくなってしまっていた。とはいえジョゼフィーヌもジョゼフィーヌで、結婚してしばらくはナポレオンのことを大して思っていなかったようで、別の将校と「きもちくしてくれてありがとう」などとうつつを抜かし、それがフランス国内の新聞にネタにされる始末。お互いがお互いを真に必要だと悟った時には、既に二人の距離は埋めようがなくなっていた。
上映時間は2時間38分だが、これでも駆け足でもっとじっくり観たい。なんなら旧ソ連版「戦争と平和」(1965)よろしく四部作でもいいくらい。
全編通してフランス語で観たかったという点と、皇帝自ら戦場でチャンバラをやっている描写はさすがに漫画チックでツッコみたくなったが、一人間としてのナポレオン・ボナパルトをホアキン・フェニックスが悲哀たっぷりに演じており概ね満足した。特にワーテルローの戦いのナポレオンの姿は素晴らしい。ジョゼフィーヌとの距離が離れていくにつれ、神通力にも翳りが見え始めるナポレオン。だが遠くなって初めてジョゼフィーヌの真に知ることができたその姿には、敗北ですら勝利の味がしたような恍惚さえ感じた。これが運命なのだ、年貢の納め時だとさえ言いたそうな表情がたまらなく哀しくそして美しい。
ところで皇帝陛下、あなたと気が合いそうな人が1名そちらの世界にいるような気がするのです。木下という男なのですが、こう呼びかけてみてください。
「つゆとおち つゆときえにし わがみかな なにはのことも ゆめのまたゆめ」
必ずや陛下のお気に召しましょう。
ここから約200年後、世界に再び「取り憑かれた男」が登場した。画家崩れのその男は瞬く間に頂点に昇り詰め、そして欧州どころか世界をも地獄に突き落とした。スウェーデンの歌謡曲にこんな一節がある;
「本棚の歴史書は語る。"歴史は繰り返す"」