劇場公開日 2023年12月1日

「ナポレオンとジョセフィーヌの愛憎ラブストーリー」ナポレオン クニオさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ナポレオンとジョセフィーヌの愛憎ラブストーリー

2023年12月2日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

怖い

興奮

 久々の超大作映画です。圧巻の人物・物量を惜しげもなく投入、爛熟たる歴史絵巻が正に動く様相に驚愕です。御年85歳とは信じがたいエネルギッシュ、もういい加減アカデミー監督賞を授かって当然のリドリー・スコット監督。彼の主義でとんでもない人員数のエキストラを起用した広大な合戦シーン、そして冒頭から首が跳ね飛ばされる様はまさに公開の重なった北野武の「首」と重なる。無論遠景などにSFXを多用しているでしょうが、リアルに痛い戦闘シーンの再現に心血注ぐのはどちらも共通してますね。無論、こちらの方がケタが違いますが。流石のアップル・コンピーターの潤沢な資金があってこそ。

 誰もが知る歴史の偉人、しかし日本人にとって仔細までは学習してなく、でもフランス国民にとっては現在も圧倒的な英雄であり、関連するEU諸国にとっても、僅か200年前の事実である。と言う事は歴史を歪めることはご法度となってしまう。本作が「グラディエーター」のように脚色が許されない事実によって、圧巻の映像ではあるけれどクライマックスが存在せず、やや平板なエピソードの団子状態となってしまった。要するに息を詰める緊迫感も、エキサイトな面白みもないのは確かなのです。

 しかしそれにしても監督の拘りは半端なく、忠実に歴史文献を遍くチェックし可能な限りの再現度はすさまじい。戦いの戦法から戴冠式に至っては絵画が動き出した如く。この再現が本作映画化の最初のポイントであり、もう一つがジョセフィーヌに首ったけ、完全に尻に敷かれたナポレオン像でしょう。前作「ハウス・オブ・グッチ」でのレディー・ガガ扮する嫁となにやら似ていますが。エジプト遠征の重大局面においてすら、一報を耳にした途端に部下に現場を任せ帰郷するほどに愛しぬいた。幾度となく手紙が交わされ、モノローグで思いのたけが語られる、狂おしい程の愛の映画です。もっと正確に言えば、激しい戦闘シーンが脇で、愛の混迷が主と言っても構わない。愛憎の経緯の間にアクションシーンを挟んだとも言えるのです。

 ただ、その愛は相当に屈折しており、戦場での冷血完璧主義者とは完全に裏腹なところがミソでしょう。それ程に愛されるジョゼフィーヌ役にヴァネッサ・カービー程相応しい女優は現時点では見つからない、それ程の適役でしょう。「ザ・クラウン」での鮮烈な我儘女のイメージをそのまま背負い、奔放な女を少な目なセリフながら視線で表現する。貴族階級ゆえ囚われの身となり豊かな髪も無残に切り落とされた散切り頭で登場する。冒頭の断頭台でのマリー・アントワネットのボリューミーな髪との対比が活きる。ロベスピエール失脚によって釈放されたものの、夫を失い2人の子持ちで活きるすべを、自らに向けられた視線の先に飛びつくわけ。

 主役のホアキン・フェニックスは屈折した狂気を孕んだ人物となれば、自家薬籠中で、少々歳がオーバーな点を除けば完璧です。何故世継ぎが出来ないのかの答えが出たあたりから、離婚が現実味を帯び、逆にそっけなかったジョゼフィーヌ側の思慕が募る皮肉。ただし、この愛憎の描写が完璧かと言えば少々疑問も残る辺りが惜しい。リドリー・スコットの不得手なところが露呈してしまったと言うほかない。

 それにしても、トゥーロン城塞でナポレオンの馬が砲弾を直接浴び、馬の胸元が大きく抉れる衝撃シーン。ロベスピエールの自害ミスによる酷い損傷にもがくシーン。王政復古の民衆に向けての大砲による最前線の民衆の吹き飛ばされようも驚愕で。戦闘シーンでの兵士たちの仔細な死にざまも大画面に一挙に複数が展開するわけで。つくづくナポレオンが右手を下げれば、出陣するしかなく、それは兵士自らの死を確実に意味するわけで。ラストに明かされる300万人を超える人命がナポレオンの右手に委ねられていた恐ろしさ。溜息しか出ませんね。

 特筆すべきは音楽で、土着の民族音楽と正当なクラシックを使い分けた本作音楽担当のマーティン·フィップスは素晴らしいと思います。一方で、ジョゼフィーヌのイケメン間男の描写は中途半端、獣のような愛のない交わりの必然も唐突で、これらについては2時間38分の映画版とは別の、APPLE+での4時間30分配信で描かれるのでしょうか。長ければいいってものじゃありませんよね、決められた時間で表現して欲しいものです。

クニオ