「チャレンジングな映画だが、障害者施設殺傷事件そのものの考察からは逃げた脚本の印象」月 Kazu Annさんの映画レビュー(感想・評価)
チャレンジングな映画だが、障害者施設殺傷事件そのものの考察からは逃げた脚本の印象
石井裕也 監督による2023年製作(144分/PG12)の日本映画。配給:スターサンズ
劇場公開日:2023年10月13日
相模原障害者施設殺傷事件を題材にした辺見庸の「月」を原作とする映画。「新聞記者」や妖怪の孫」で知られる河村光庸氏(2022年6月心不全で死亡)が企画。
重要だが難しく映画にしにくいテーマに取り組んだ、とてもチャレンジングな映画とは思った。作家役の宮沢りえによる東日本大震災を題材にした小説が綺麗ごとだと二階堂ふみに語らせ、この映画は綺麗な表面的描写にとどまらないぞという石井裕也脚本・監督の意気込みはこちらに伝わってきた。
そして、この原作を映画化するにあたって、石井監督が苦闘した結果が、原作には無い宮沢りえとオダギリジョー夫婦の設定ということらしい。彼ら夫婦の子供は、心臓に障害があり3歳で亡くなってしまった。ずっとベッドで寝たきりで、全く言葉も発することなく亡くなってしまった存在。それは、意思さえ示せない障害者を社会にとって無用なものと決めつけて殺害した優生思想へのアンチテーゼとなっている。息子は懸命に生きようとしていたと訴える、オダギリの言葉は胸に刺さった。
子供の死をずっと引き摺って引き裂かれそうになっていた夫婦が、新たな妊娠を得、障害者出産の恐怖にも打ち勝ち、二人で新たな関係性で生きていこうとする姿は、二人の好演もありかなり感動的ではあった。妻はずっと書けなかった著作を再開し、夫はずっと制作し続けてきたアニメーションで受賞し、創作者としての石井監督自身の拘りの様なものも感じた。
しかし、この夫婦再生の物語と障害者の殺人事件とは基本的には全く別物で、暗いこの事件に真っ正面からたち向かうことからは逃げて、希望のある話題を無理矢理とくっつけた印象を持ってしまった。聖書の「かつてあったことは、これからもあり かつて起こったことは、これからも起こる」(旧約聖書「コヘレトの言葉」)が、宮沢りえの障害者出産への恐怖の増幅、即ち個人的出来事の再現に矮小化されてしまう様なつくりも、とても残念に思えた。
宮沢りえの言葉を発せない障害者との対話、障害者も大切にすべき vs 障害者と関わりたくないのせめぎ合いは、石井監督自身の葛藤の正直な吐露の様に思えた。そして、監督自身が充分に消化しきれていないものをそのまま観客に提示するのは、自分の好みでは無いことを改めて感じさせられた。もう少し、題材と真正面から格闘した末のものが欲しかった。
障害者思いの生真面目な施設職員の青年が、国のためと使命感を持って障害者を次々と殺害する人間に変貌するさまを見事に演じていた磯村優斗の演技は、強く印象に残った。ヤクに手を出していた等、殺人犯の描写も現実には則していた様。ただ、彼の優生思想がどこから来たのかは不明で、モヤモヤ感は残った。綺麗事に嫌悪感を持ち磯村の殺人の立ち会わされる女性職員を、ほぼノーメイクで演じた二階堂ふみにも女優としての心意気の様なものを感じた。それだけに、ラストの回転寿司の皿に乗った3つの寿司でりえ家族の幸せを暗示し、事件の本質的部分との格闘から逃げた様にも見えた石井裕也脚本には、とても残念な思いが残った。
監督石井裕也、原作辺見庸、脚本石井裕也、企画河村光庸、エグゼクティブプロデューサー
河村光庸、製作伊達百合 、竹内力、プロデューサー長井龍 、永井拓郎、アソシエイトプロデューサー堀慎太郎 、行実良、撮影鎌苅洋一、照明長田達也、録音高須賀健吾、美術原田満生、美術プロデューサー堀明元紀、装飾石上淳一、衣装宮本まさ江、ヘアメイク豊川京子、
ヘアメイク(宮沢りえ)千葉友子、特殊メイクスーパーバイザー江川悦子、編集早野亮、
VFXプロデューサー赤羽智史、音響効果柴崎憲治、音楽岩代太郎、特機石塚新、助監督
成瀬朋一、制作担当高明、キャスティング田端利江。
出演
宮沢りえ堂島洋子、磯村勇斗さとくん、長井恵里、大塚ヒロタ、笠原秀幸、板谷由夏、
モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子、二階堂ふみ陽子、オダギリジョー昌平。
こんにちは
素晴らしい考察を読ませていただき、ありがとうございます。
私には宮沢りえ夫婦のパートが取ってつけたように思えました。
夫婦の部分にかなりの描写を割いたために、障害者殺人の話と拮抗してどっちつかずになり、テーマが散漫になってしまった感じがありました。