「探すのにここまで来るくらい、大切なものなんでしょ?」ほつれる 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)
探すのにここまで来るくらい、大切なものなんでしょ?
好みだな、こういう映画。テーマは不倫ものなんだけど、ドロドロした人間関係とか性交とかを描かずに、人の感情の深いところをほじくってくる。サブキャラたちの立場も不明瞭なのだが、それがまたこちらの集中力を高めさせる。友人(黒木華)の距離感も、関係を知っているだろうに深入りしてこない。それは知らぬふりが優しさと思っているのか、関わりたくないからなのか、はっきりしない。でもそこがいいんだよな、映画として。全部映しちゃダメなんだよ。
上映時間も短い。けど、その分ちゃんと伏線は張られている。例えば、夫に感じる弱気さじれったさは、思い返せばひとりでソファに寝ている時点で「何かしでかして嫁が許していないな」と気が付くはず。嫁の離婚への踏ん切りの悪さも、職に就いていない(してるかもしれないけど)せいで経済的な不安があるんだなと思えるはず。そしてこの夫婦の熱量は、結局はお互い不倫から始まった関係だけに、何処かしら相手に疑惑と後ろめたさを抱えていたのだと思えるはず。
嫁が木村に求めていたものは何なのだろう。ただのセフレでもないだろうし、愚痴の聞き役でもないだろう。不倫絶対ダメっていう人には彼女の言動を許せないって思うのだろうけど、一生を誓ったつもりのパートナーとの相性が結局はよくもなく、そんなときに価値観とか合う異性があらわれたら、親密になっていってしまうことはむしろ自然じゃないかと思う。いま上映中のドキュメンタリ映画の中で、同じバンドメンバーに対して、なんで趣味も違うのに一緒にやってこれたのですか?という問いかけに、趣味は違うけど嫌いなものが同じなんですよね、って答えていた。ああ、続けていく秘訣はそこだなと思った。好きなものは変わっていく。だけど、嫌いなものってそうそう変わらない。嫌いなものが同じ人って、自分を分かってくれているって安心感がある。リスクを冒してでも指輪を探しに出かけたのは、それを(たとえ肉体を失った後でさえその共有した過去を)失くしたくはなかったのではないか。自分は映画の中の門脇麦の表情から、そんな感情が伝わってきた。
そしてエンドロールには、音楽、石橋英子とジムオルーク。やっぱ好みの訳だわ。