「コルセットに束縛された王妃」エリザベート 1878 かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
コルセットに束縛された王妃
歴史に詳しい方なら本作が史実にあまり則してないことは一目瞭然であろう。エクササイズルームに吊り輪をしつらえさせるほどのダイエットマニアで、身長172cm&ウエスト50cm以下をキープし続けたという美へのあくなき執念、趣味は乗馬と旅行で公務は大嫌いだったという逸話も本当らしいのだが、この映画彼女がなぜ自由奔放なふるまいを好むようになったのかという人格形成部分にはまったく触れていない。
弱冠16歳で歳のはなれたオーストリア=ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世のもとに嫁いだエリザーベトは、マリー・アントワネットやダイアナ妃と同様に当初は取り巻きにチヤホヤされていたらしい。しかし、花の色はうつりにけりないたづらにじゃないけれど、その美貌も加齢とともに衰えはじめ、皺やシミをかくすためにベール付きの帽子を手離さなかったとか。本作は、40歳という女性としての節目を迎えたその元美人王妃の苦悩が描かれている。
聞けばこの映画、主人公と同年齢の主演女優ヴィッキー・クリーブスによる持ち込み企画だったという。フランス語でコルセットを意味する“Corsage”(原題)をキリキリと締め上げるシーンが何回か出てくるのだが、クリーブスとしては“男性が女性を型にはめよう”とする現代の趨勢に対して異論をとなえたかったのではないだろうか。故に公務を怠りがちなエリザーベトに対する皇帝の冷たい仕打ちを前面に押し出した演出となっているのである。
幼少期のなれないお妃教育にしばしばヒステリーを起こしていたエリザーベトは、結婚当初から宮廷を仕切っていた大公妃ゾフィから陰湿ないじめを受けていたという。旅にはまったのもそれが原因らしい。その後息子ルドルフ皇太子の自殺にショックを受け、さらにフランツ1世の死後は終生喪服を脱がなかったエリザーベト。実際は、イタリア外遊の際に暴徒に刺されたことが原因で死亡しているのだが、この映画そういった晩年の事件は一切オミットまたは改竄、あくまでも夫の束縛から逃れるため自由を求めてエリザーベトが客船の船頭から身投げしたことにしている。
つまり、フェミニズム映画にとって都合の悪いエピソードはすべてカットした“つくり話”なのである。この映画の描くとおりエリザーベトが心底夫を憎んでいたのなら、その死をいたんで終生喪服で過ごすなんて殊勝なまねはしなかったと思うのだ。(動画撮影のインチキはまだ許せるとしても)1898年に発売開始されたヘロインの中毒症にエリザーベトがおかされていたなんていう記述もおそらく事実無根であろう。すべてを若い時に手に入れたがために、歳をとってからは悲惨な末路を迎えた美人あるある物語を、無理やり男性優位社会の犠牲になったフェミニストの悲劇に作り替えているのである。でもねこの手の演出はもうとっくに流行りじゃなくなってるんですけどね。