「豪華キャストは期待通りの見応え、だが残念ながら自分向けではなかった」愛にイナズマ ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
豪華キャストは期待通りの見応え、だが残念ながら自分向けではなかった
たまたま最近観た、同じ石井監督の「月」の印象がまだ脳裏に新しいのだが、それも含めて有り体に言うとこの監督の作風は私には合わないような気がしてきた(と言っても全作品を観たわけではない状態での、あくまで主観です)。
前宣伝から、もうちょっとコメディ色の強い軽快な話を想像していたら、予想外にヘビーな要素が多くて面食らった。後半の家族の話になって少しずつ酸素が吸えたような心持ちになったのだが、いかんせんそこまでが私には色々な意味でしんどすぎた。
高評価の方が多いようなので素直な感想を書くのが心苦しいのだが、レビューはそれこそ本音が大事ということで。申し訳ありません、ご容赦ください。
先によかったところを書いておく。
後半、家族が顔を突き合わせてから、不器用ながらもコミュニケーションを交わし、何となく次第に家族らしいまとまりを見せてくるところは、前半の展開とのギャップもあって心が少しずつ和んだ。
窪田正孝演じる風変わり男子の正夫が、さりげなく家族の緩衝材になって、ハグで彼らの心を柔らかくする場面はちょっと癒された。ハグは幸せホルモン・オキシトシンの分泌を促す。ハグ、いいよね。
オールスターキャストと言ってもいいキャスティングで演技面は安心して観ていられた。いろいろ気になった部分も、演技力と絵力でねじ伏せたという印象。バーのマスター、芹澤興人がいい味を出していた。出てくるだけで場の空気を変えた池松壮亮もさすが。
しんどかったポイントは以下の3つ。
① 人の死にまつわるエピソードの過多
正直、冒頭に自殺未遂の現場と、死のうとした彼(彼女?)の行為に軽口をたたく野次馬の描写を出された時点で、コメディを見る体勢で来た私はドン引きだった(直後の荒川助監督の描写を見ると、どうもドン引きする方が悪いようでさらに居心地が悪くなった)。
登場してすぐ死んだ落合の縊死をあそこまで直接的に描く必要性を感じなかった。則夫(益岡徹)の娘も自殺。引きこもりくらいにしておいても大勢に影響なかったのでは。亡くなった本人の人間描写とのバランスを考えると、落合と則夫の娘は、正夫と治(佐藤浩市)の行動の動機となるためだけに死んだように見えた。自殺案件をそういう出し方で複数使うことは、扱いが軽く見えてあまりいい気がしない。
② 「人間の本音と建前」についての考え方
本作の英題は「Masked Hearts」。コロナ禍になってから、みんなマスクの下に本音を隠していたでしょう?それをひっぺがして、隠し持っている本当のものを見つめたい。といったことが、本作公式サイトの監督コメントに書かれていた。
人間に本音と建前があるのは昔からだし、そもそもコロナ禍では確かに他人の表情が見づらかったり声を聞き取りづらかったりはしたが、コロナ禍を契機に殊更他人が本音を「隠す」ようになったという印象はあまりない。マスクというツールを人間とか社会の在り方の象徴のように意味付けするのは個人的に好きではない。
また、布マスクや飲食店の補助金などの問題への皮肉を局所的に盛り込むことで、その場面だけ登場人物が「監督個人の言いたいことをしゃべらされている」感じに見えてしまった。そういった風刺が物語の本筋にほとんどリンクしていないからだろう。
それと、登場人物の本音を吐き出させるのに、別の登場人物に「隠してるだろ、本音を言えよ」みたいなことを言わせるやり方は直接的であまり好きではない(「月」では二階堂ふみがこの役割を担っていた)。
③ 主要キャスト以外の人間描写の浅さ
主要キャラとの接触がある脇役が、ほとんどどれも主要キャラを不快にする立ち回りを演じるためだけに存在するような人物描写で、まるで書割のように平板だった(そういう脇役が「月」にも出てきたので、今回もかとちょっとうんざりした)。
荒川助監督や原さん(MEGUMI)みたいな人は、もしかして監督の周囲(業界における)に実在したのかな? よほど嫌な経験があるのかな? 作品の中でちょっとした復讐をしているようにも見えた。
携帯ショップで解約してもらえない場面は、折村家側の思いは察するものの、結局は無理なクレームでしかない。仕事として規則に従う店員を冷たい人間のように見せ、鼻で笑わせたりする描写が何故必要なのだろうか。
残念ながら語り口は自分に合わないところが多かったが、俳優陣の演技とエレカシの名曲に敬意を表して星3つです。
> 人の死
劇中で助監督も言ってましたね。「唐突な、意味不明な死が多すぎると思いますよ。やはり若いのかなあ」
言わせているのに、つまりわかっているのに石井監督がその言われてるままに撮っている…ああ、何だかぐるぐるしてきて、さらにわからなくなりますね。
こんにちは
前半の強烈なもやもやがまったく昇華されないまま後半が別の映画になってしまって、そりゃないでしょう、という思いが強いです。
真面目に仕事しているだけの携帯ショップのお姉さんを鼻で笑わせる演出は、お姉さんを悪役にしたい意図を感じて違和感ありました。
そうですね。
私も、鑑賞直後は、役者の演技だけは輝いて、作品としてのまとまりのない作品と感じました。
しかし、以前、本作のような作品を以前観たことがあり、作り手は引いて、観客に委ねる作品でした。本作も、作り手が作為的に引いて、観客に委ねるタイプの作品だと解釈して鑑賞しました。
携帯電話解約シーンも、父親の心情は推察できました。子供達はまだ若いので、携帯電話解約に必要な情報、書類は分かっていたが、父親の心情を尊重して敢えて販売店員を責めたのだと推察しました。もっと、台詞での補足説明があっても良いとは思いましたが、観客に委ねるタイプの作品なので敢えて補足説明はしなかったと解釈しました。
では、また。
ー以上ー
コメント、共感ありがとうございます。
痛快エンタメ、コメディとして宣伝されているのを見て余計にモヤモヤしました。
軽快、とは程遠い部分の方が断然多いためそちらのほうが残っちゃいますよね…
わだ3さん、コメントありがとうございます。
そうなんですよね、特に前半重いエピソードや不快な話が多くて、それが後半の展開でもうちょっとダイレクトに報われれば(助監督たちに一矢報いる展開があるとか、花子の映画が完成するとか。ベタな展開ではありますが、まあ後半の家族の話自体がベタと言えばベタなので)見ているこちらも開放感を得られたんでしょうが、そういう繋がり方をしなかったので胃もたれが残った感じでした。
助監督たちとのこと以外にも花子と正夫の関係や花子の映画の顛末など、積み上げて結実させるという展開にならず、投げっぱなしの枝葉が多かった気がします。
背景のほぼ描かれていない登場人物を、メインキャストの設定のために死なせる(それも、自殺関連だけでも未遂合わせて3件は扱いがカジュアル過ぎるように見えた)のは生理的に受け付けませんでした。
私も前半パートの重さは後半を昇華させるための物だろう…とグッと堪えて鑑賞してました。
仮にも一人の人間を死にまで追いやったのに、映画作りは諦めない!ってオチは落ちてないと思い、激しくモヤモヤしました。
ハグのシーンのなかでも、正夫が花子の父にするところは、誰かを気にした行動ではない彼の優しさがよくみえてよかったですね。
落合の最後の姿は、正夫が彼を下ろすその姿をみせたかったのかな…おっしゃるようにあれは辛かったです。