劇場公開日 2024年2月23日

「夫婦仲に横たわるグレーゾーンの脆さ」落下の解剖学 ドミトリー・グーロフさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5夫婦仲に横たわるグレーゾーンの脆さ

2024年3月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

本作で女性監督として史上3人目のカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を獲得したというジュスティーヌ・トリエ(のこる2人は『ピアノ・レッスン』のジェーン・カンピオンと『TITANE/チタン』のジュリア・デュクルノー)。彼女は今、フランスで最も旬な監督の一人に挙げられているそうだが、今回その監督作品を初めて見た。

あからさまなキャメラ目線で抜いたショットや左右にブレる映像を随所に挟み込んだり、ビスタサイズの横長画面のど真ん中に登場人物をクローズアップで捉えるなど、一種の「ドキュメンンタリータッチ」が持ち味のようだ。個人的にはあまり好みでないけれど。

本作について「スリリングな法廷ドラマ」といった感想を多く見かけるが、私自身は、たとえば『シカゴ7裁判』『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』のような“法廷モノの丁々発止の面白さ”が全く感じられなかった。いや、むしろモヤモヤ感をずっと残しつつ事態は推移していく。なぜなら殺意の有無や計画性を示す明白な証拠があるわけでもなく、もっぱら状況証拠と供述証拠、そして憶測のみに裁判は終始するからだ。

その意味では、法廷シーンのセリフ数の多さや判決の行方に気を取られることも特になかった(劇中で示された「事実」からは「無罪」以外に考えられないでしょ)。むしろ本作は、是枝監督の『怪物』やパク・チャヌク監督作『別れる決心』のように、「真実」をエサ(?!)にラストまで引っ張っていくという印象が強く、一定程度それに成功していると思う。

その最大の「牽引力」が、万人も認めるとおり、妻・母役のザンドラ・ヒュラーだ。当て書きされたというキャラクターの造形は圧倒的で、たしかに彼女以外には考えられないほど。母国語のドイツ語は封印してフランス語と英語で対話し、映画『ゴーン・ガール』にでてくる妻のような強靭な意思を兼ね備えた人間ではなく、どこにでもいる一人の女性として、薄氷を踏むように夫婦仲のグレーゾーンをあぶり出してみせる。

こうした夫婦間のすれ違いや脆さに主軸をおいているという点では、法廷ドラマというより、映画『マリッジ・ストーリー』や『ブルーバレンタイン』、『クレイマー、クレイマー』などの系列に連なる1本ととらえた方がしっくりくると思う。

ただし、登場人物たちを冷ややかに見据えた視線や、アルベニス作曲の「アストゥリアス」とショパン「前奏曲第4番 Op.28-4」を挿入曲として扱う手並みなどには、アート系映画として「いかにも」な印象を正直受けた。

それにしても、愛犬を“実験台”に使ってしまう子どもの発想には驚いた。ついでに言うと、本作の法廷シーンでは、子どもが証言台に立って一人前の人間として大人と対等に扱われる点にもビックリ。
これまで映画の中の「裁判シーン」でお国柄がよくでているなぁと妙にナットクしたのが、『シチリアーノ 裏切りの美学』や『シシリーの黒い霧』で描かれた、あまりにビックリな喧騒感。本作『落下の解剖学』の法廷シーンもフランスのお国柄がよく顕れているという点において、先の2本に匹敵するインパクトがあった。

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ドミトリー・グーロフ