ジュリア(s) : 映画評論・批評
2023年5月9日更新
2023年5月5日よりシネマート新宿ほかにてロードショー
4つの人生を演じ分け、異なる人生に移り変わる映画的表現が秀逸な人生賛歌
“もし”を描いた映画はこれまで数えきれないほど作られてきたが、この「ジュリア(s)」はその中でも映画的表現が秀逸な一本である。
人は誰しも生きていく上で何度か大きな選択や決断に迫られる。歳を重ねれば重ねるほど、人は過去を振り返り、違う選択や決断、人との出会いをしていれば、別の人生を歩んでいたかもしれないと、一度は思いを馳せるのではないだろうか。現在の自分にとって“もし”は後付けに過ぎないが、人の運命は結局最初から決まっているのだろうか。本作では、パリ、アムステルダム、ベルリン、ニューヨークを舞台に、主人公ジュリアの枝分かれしていった4つの人生を振り返りながら、自分だったら? と人生について気づきと示唆を与えてくれる。
物語は2052年から始まる。80歳になったジュリアが過去を振り返り、自分が歩んだかもしれない別の人生について思いを馳せていく。彼女の人生の大きなターニングポイントは4つ、ピアニストを目指していた17 歳の秋、ベルリンの壁崩壊を知って友人たちとベルリンへ向かうバスに乗り遅れなかったら、本屋で後の夫となる人に出会っていなかったら、ピアノコンクールの結果が違ったら、そして自分があの時バイクを運転していたら、というもの。
人生は偶然の積み重ね、あるいは運命を決める要素は人との出会いなのかもしれない。17歳になったジュリアはピアノを弾ける優れた才能を持ち、将来への明るい希望を抱きながらも、まだどこかでピアニストになるという人生のレールに乗ることに若干の違和感を持っていた。80歳になったジュリアの人生を基本線としながら、美しいピアノの旋律と共に、3つの異なる人生が交錯し、平行して語られていく。
監督は、「ピアノ調律師」で第37回セザール賞短編映画賞を獲得したオリバー・トレイナー。本作で長編監督デビューを飾った。ジュリアを演じるのは、「社会から虐げられた女たち」「ブラックボックス 音声分析捜査」のルー・ドゥ・ラージュ。ワンシーンの中で異なる人生に移り変わる映画的表現も見どころのひとつであり、ラージュがジュリアの4つの人生を見事に演じ分けてみせる。愛する人との出会い、妊娠、子育て、離婚、そして事故といった出来事によって人生を左右されながらも、強い意志と弱さをあわせもったラージュの瞳が印象的で、ジュリアの生き方は共感を呼ぶのではないだろうか。
今があるからこそ、「あの時こうしていたらどうだったかしら」と振り返る、80歳になったジュリアの語り口から深い“後悔”は感じられない。もちろん生きていくことは決して楽ではないし、選択や決断を誤って挫折した時は、極端な選択が頭をよぎることもあるだろう。しかし、かけがえのない今につながる生き方をしてきたことは、例え今に満足できていない人にとっても、どんな人生でも捉え方によって輝けるはず、どの選択や決断でもそれが私やあなたなんだと、優しく肩を抱いてくれるような作品だ。
(和田隆)