「物差し」ミッシング U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
物差し
当事者の胸の内は他人にはわからない。
それがどんな些細な事であろうとも。
作品としては極端な事例であった。
子供が行方不明になった夫妻を描いてる。
それだけの情報でも、想像できる事柄はいくつもある。だけど、今作は苛烈であった。
それがリアルなのかと問われれば返答には困るものの、想像してたモノ以上のモノであった事こそ大事なのではないかと思う。
人には其々、物差しがあってソレを用いて様々な事を仕分けしていく。当たり前のように自分の物差しで全ての事を測ろうとす。けれど、その物差しは絶対ではない事を教えてくれる。
あんな状況下に置かれる事はないけれど、自身の正当性を他者への否定を元に主張する石原さんを見てそう思う。たぶん何をどうした所で彼女の怒りの矛先を鎮める事は出来ないのだと思う。
気持ちに寄り添うなんて事は、それっぽくしか出来ないのだと反省する。やれてたようにも思う自分を傲慢にも思う。だが、作中の青木氏がそうであったように、アレぐらいしかやりようがない。
それと同様に、ネットに書き込まれる文言にも恐怖を覚える。
ああいう書き込みには何の意義があるのだろうか?
どんな感情ならアレをしてしまえるのだろうか?
途中に刑事が言う
「その事実が面白いんだよ」
…絶句する。
他人の不幸は蜜の味なんて言葉を聞きもするが、こんな環境には適用されないと思う。
個人の価値観をダイレクトに、かつスピーディーに発言できる現代、まるっきり接点のない人達に見えるように刃物を突き立てる。まるっきり接点がないから出来るのだろうか?茶化してしまえるのだろうか?
冗談じゃない。
冗談じゃ済まされない。
全編通じて唯一スカッとしたのは、誹謗中傷で告訴された神奈川県の何とかって人がNEWSになった時だけだった。
劇中の台詞にもあったけど「いつからこんなに狂ってしまったのか」と。
おそらくならば狂ってたんだ。それを建前で抑えていたのがSNSというツールによって明るみに出てきただけの事かもしれない。
いずれにせよ想像力の向かう先が違いすぎる。
醜悪な人の本質を突きつけられてるようで滅入る。
話は逸れたが、マスコミのスタンスも興味深かった。大衆を相手にする事の虚しさを感じる。
事件は毎日起こり、美羽ちゃんの失踪よりも悲惨な事件は更新されていく。当事者にとっては大問題であっても数億分の1である事に変わりはない。
わかっちゃいる。わかっちゃいるが…いたたまれない。
事実を報道すると大義名分をかざしちゃいるが、編集をせねばならないって縛りがある以上、事実のみで構成されるはずもない。
悲しいNEWSには沈みがちなナレーションを。楽しげなNEWSには明るいナレーションを。当たり前のようになってはいるが、ソレだって偏向報道に含まれる要素ではあるんじゃないかと思う。
視聴者を一方向に誘導するわけだから。
視聴率を稼ぐという命題がある以上、局内でNEWSの内容に優劣がある以上、色んな事で誤魔化しちゃいるが、あのスタンスは変わらないのだと思う。
ソレがマスコミの大多数が共有してる物差しなのであろう。
劇中、警察をかたり「美羽ちゃんが保護された」って電話に戦慄する。
誰かフィクションだと言ってくれ。作品の濃度を高める為の創作だと言ってくれ。
アレを実際にやったヤツがいるのだろうか?脚本を書くにあたり取材した当事者の方からの体験談なのだろうか?お願いだから創作だと言って欲しい。
世も末だ。
電話を切った後、笑ってる人間がいたのだとしたら身の毛もよだつ。結果を目の当たりに出来る立場にいるならまだ予想もつく。その立場に居ないなら、まるで意味がわからない。人間の所業と思えない。
また話が逸れた。
本作の後味は悪い。
けれど、考えるにあのラストが正解なんだと思う。当事者達の1部を引きずったまま映画館を出る事ができた。
自分の物差しと他人の物差しは違う。
どんな間柄であっても、どんな環境にいても、圧倒的に違う。分かち合うのは不可能だ。
それを前提に人と関わろうと思う。
劇中、失踪した娘が見つかった母親が、石原さんに問いかける「私に出来る事があれば何でも言ってください」その問いかけに対する答えは劇中にはなかったけれど、俺ならば「娘さんを可愛がってあげてください」と言うような気がする。
俳優陣は皆様素晴らしかった。
今年のアカデミーは現段階ではコレ一色な程。
商店街や警察署でがなり立てるガヤの声に、埋もれていく個人を垣間見たりする。
世間や組織は、より大きな喚き声にも左右されがちな昨今を端的に表した秀逸な演出にも思う。
◾️追記
希望…希望かぁ…。
たぶんその希望は観客の希望のようにも思う。
当事者達は、きっと結果が出るまで彷徨い続けるのだと思われる。ケジメを付けきれない。
忘却は防衛本能みたいな言葉はあって、薄れていくものではあるけれど、劇中の扇風機にたなびくビニール紐のように、常にソレを抱えたまま生きていくのだろうと思う。
通学路で振り向く女の子、アレが実像なのか幻想なのかはわからないけれど、重ねてしまうものだと思う。彼女がその幻想から解き放たれる時は来るのだろうか?
その日が来てしまったら美羽ちゃんの存在が無くなってもしまう。そことの葛藤もあるのだろうと思う。
あのラストに感じた希望は、僕達の願望であって、彼女の希望ではないように思う。
そんな事をふと思い、自身の未熟な物差しに目を落とす。ああ、またやってしまった…。
天候に雨や晴れがあるように、彼女のこれからに暖かな陽射しがさす日が1日でも多くあればいいと思う。
何にも出来ないのは明白だけれど、自分の手が届く範囲の事には出来得る限り手を差し伸べていきたいと思う。
本作はアレで終わりだけれど、その後の時間を想起させる程に石原さんの演技は凄かったんだなぁと改めて思う。