「吉田ワールドが炸裂してます」ミッシング luna33さんの映画レビュー(感想・評価)
吉田ワールドが炸裂してます
「ヒメアノール」「神様は見返りを求める」「空白」など個人的に超どストライクな吉田監督作品だ。期待しないわけがない。待ちに待ちましたよ。
いやあ、さすがです。参りました。全てがえげつないほど「リアル」。これに尽きるかなと思う。「空白」にも通ずる、どこに感情をぶつけたら良いか分からないやり切れなさ、その中で戸惑い、怒り、悲しみ、そして絶望…。
ドラマチックな展開など何もない。何の奇跡も起きない。ただただ無駄に時間が流れ、悪気のない悪意に翻弄され、善意にすら傷付けられ、少しずつ正気を保てなくなっていく。もし自分がその立場だったら、と思うだけで心底ゾッとする。
石原さとみさんは本当にこの作品に賭けていたのだと思う。その覚悟が画面越しに伝わってくる。少なくとも僕はそう感じた。劇中で子供が発見されたという情報が嘘だと分かった時の彼女は、本当にこのまま気が狂ってしまうのではと思うほどだった。夫婦で明けても暮れてもひたすら捜索のビラを配り続けるのも当然わが子を捜すためなのだが、結局はそうでもしないと自分達が正気を保てないのだ。また最後に別の子供が助かったと聞いた時、彼女は泣きながら「良かった」と呟く。ここは思わずもらい泣きしそうになるシーンなのだが、これも本当のところは絶望の裏返しなんだろうと感じた。助かったのは他人の子供だけで自分の子供ではなかったという事実。これを受け止めるにはせめて他人事を喜ぶ以外になかった。だって自分事には完全なる「絶望」しかないのだから。だから自分を保つために(自分自身を守るために)彼女は死に物狂いで「他人事」を喜んだ(喜んでみせた)のではないか。僕にはそういう表情に見えたのだ。
だからこそラストで見守り隊をしてる彼女の表情がどこか柔らかく感じたのは、彼女なりに苦しみ抜いて「心の折り合い」のつけ方を少しだけ見つけたからなのではないかと僕は解釈している。そしてこれこそが吉田監督の描きたかったものなのではないかと強く思うのだ。これって「空白」にも通ずるテーマだと感じるのだが、事実だけを見れば子供は発見されてないし犯人も見つかってない。つまり何ひとつ進展しないという残酷な現実が続く中で、それでも残された者の「人生」は否応なしに続いていくわけだし、彼らはこれからも解決しようのない苦しみを抱えながら生きて行かねばならないのだ。考えてみればこれほど残酷な話はない。でもそれこそが「リアル」なのであり、実際そういう苦しみを抱えて生きている被害者や遺族の方はこの世に大勢いるのだ。その紛れもない「事実」をしっかり噛み締めなければと思う。
中村倫也さん演じる記者の砂田も見事だったと思う。作中で唯一まともな彼の「正義」は、ことごとく打ち砕かれていく。誰よりも被害者に寄り添おうとし、正しくあろうともがき続ける彼をメディアの傲慢な論理が容赦なく突き放す。周囲に理解者もなく、彼が何を主張しようが上層部は誰も耳を貸さない。本当は彼らだって「正しくない」ことに気付いてるくせにね。結局彼の正義は何ひとつ通る事なく、いつしか彼も「自分」を見失っていく。何が正しいかも分からなくなり、最後は被害者にすら恨まれてしまうのだ。こんなにも切ない話ってあるかね?
観ているだけで本当に苦しくて辛い。
でも現実とはそういうものなのだ。それを思うとさらに辛い。それだけに青木崇高さん演じる夫の最後の号泣が激しく胸を打つ。
青木さんの演技も素晴らしかった。けっして有能でもなく弁が立つわけでもない平凡な夫だが、それでも今にも気が狂ってしまいそうな妻を彼なりに支えようとする。その誠実さと不器用さがまた何とも切ない。そんな彼が弁護士を訪ね、「俺バカなんですけど…」と言いつつネットの暴力に立ち向かう決意を伝える。ここも非常に非常にグッと来たなあ。
また沙織里の弟を演じた森優作さんにも触れないわけにはいかない。この人の何とも不気味な雰囲気がいかようにも解釈出来る人物設定で、この物語で非常に重要な役割を果たしてると思う。その絶妙な怪しさも含めて森さんの演技も実に素晴らしかった。彼が車中で「ごめんなさい」と泣くシーンも印象深かった。
ラストはいかにも吉田監督らしい。
先ほども触れたように、沙織里の表情はどこか救いが残る終わり方だったのではないだろうか。吉田監督はその辺りの「さじ加減」が実に絶妙なのだ。
また吉田監督は光の使い方も本当に上手いと思う。絶望しかない物語だけど、射してくる光に希望を感じさせてくれる。それが本当に温かく優しくて心に染みるのだ。もうちょっとだけ生きてみよう、と思わせてくれる気がする。
なお虎舞竜のくだりはあまりに不意を突かれてつい笑ってしまった。だからと言って笑いを取るようにも描いておらず、それこそ観てる我々も含めた「全員が気まずくなる空気感」がまたリアル。吉田監督も本当に意地の悪い人だなとつくづく思う。
それにしても2時間が長過ぎず短過ぎず、丁度良かったと感じた。あれだけウルトラヘビーな内容なのに不思議なんだよね。これはつまり話がさりげなくサクサク進行していた証であり、上映中はあまり意識してなかったがテンポが絶妙だったのだろう。だからあのとんでもないヘビーさに耐えられたとも言える。濃い味を決して薄めずにスピード感で「濃い味のまま」食べ切らせる、そういう所も吉田監督さすがだなあと思う。
とにかく吉田ワールドが好きな人なら「間違いない」と断言出来る。ぜひ堪能して頂きたい。
uzさん、コメントありがとうございます!
おっしゃる通り、あのタイミングでの三谷の「後継者…」発言は最悪ですよね。彼女は決して悪い子ではないけど本質を理解する能力がかなり欠如しているため仕事も全然出来ないし空気も読めない、という吉田監督の描き方も本当に意地が悪いなあと思います(笑)
てもあらゆる職場でああいう子って必ず居るような気がします。そういう意味でもリアルだなあと思いました。
砂田に関して、三谷が「後継者を目指す」と言うタイミングが意地悪だなぁ、と感じました。
別の形であれば、砂田の理解者たりえたのに…
文章力で怒られた直後では、キー局に行けずローカル局に来た流れと同じに見えてしまう。
まぁそれも、恐らくわざとなんでしょうけど。笑