「運ぶね」はこぶね カールⅢ世さんの映画レビュー(感想・評価)
運ぶね
10年前に事故で視力を失った西村(木村知貴)は神奈川県の小さな漁港の町(真鶴)に住んでいる。趣味は釣り。視力を失う前からなのだろう。母親が二年前に亡くなってからは叔母に時々面倒をみてもらっている。
映画は叔母に連れてきてもらったスーパーでの買い出しのシーンから始まる。豆類の棚の左端は薄皮つきピーナッツ。そのとなりは中国製の殻つき落花生126円、そのとなりが千葉県産の殻つき落花生669円。西村は袋を丹念に触って千葉県産の殻つき落花生を2袋選ぶ。すると叔母は西村に先に車に行っているように促し、会計をする前に中国産の袋と取り替える。
私もピーナッツが大好きだ。やはりスーパーで落花生を買うときには大いに悩む。値段が見えるからだ。そして、大抵は殻つきを諦める。千葉に釣りに行った時に安く買って帰ろうと。しかし、地元でも国産の落花生は高い。大きな袋にたっぷり入って千円は安いとウキウキしてレジに向かったら、おばちゃんが中国製だけどいいの?と言ってきた。バッチリ顔に出ていたんだね。
やっちまった。
八街(やちまた)のじゃなかった。
国産品は高いうえにさらにカサ(内容量)が少ない。西村は途中失明なので、それがわかっているはずなのだ。
そして帰ってきて黙って落花生を食べている。だまされているのがわからないのか、本当は分かっているが受け入れて辛抱しているのか不明だったが、味でわかるはずである。落花生好きなんだから。あとになって、叔母(内田春菊)に向かって「ちょろまかした小銭ぐらいじゃ、ぜんぜん合わないよね、オレの世話の報酬」というのだ。
それで、本当は分かっているが黙って受け入れていたことがはっきりする。まだ全然若い大西諒監督はこの落花生のシーンを撮ることをまず思い付いたらしい(上映後挨拶付だった)。監督も落花生大好きなんだけど、国産は高くて手がでないんだなと思ってウレシかった。
映画のテーマはそこじゃない。
絶対ちがう。
しかし、独特の雰囲気があって、ゆったり流れる主人公の時間にいつの間にか取り込まれる。
認知症の祖父(外波山文明)が西村と叔母の間にさらに入り込んで来るのだが、目か見える祖父が幻覚と被害妄想で目の見えない西村に無理なことを頼む。西村は危険をかえりみず、まったく怒りもしない。認知症の祖父への対処はまさに神対応。
母親が入院して久しぶりに実家に帰ってきた女優の同級生の大畑碧とのラブロマンスを期待していたが、最後まで清々しい関係。しかし、その先のつづきは保証の限りではない。
その代わりといってはなんだが、西村が普通の男であることを表すための特別なキャストも用意されている。
主人公は目が見えないが、頭のなかで構築しているであろう風景を写す狭い路地や階段の多い土地を利用したカットが印象に残った。目が見えないのに一人で支度して歩いて釣りに行く主人公はすごいね。竿の先が折れないか心配でならなかった。
うまく説明できないけど、微に入り細に穿つような日本人らしい作品。
はこぶねという題名の意味は無学な私にはうかがい知る由もないが、西村のために釣り道具を「運ぶね」っていう気持ちになった。
それでいいよね。それじゃだめ?