「碁に魅せられた人々の物語」碁盤斬り KeithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
碁に魅せられた人々の物語
今、最も脂が乗った監督の一人、白石和彌監督による初時代劇ゆえに、細部に至るまで神経が行き届いた本格時代劇に仕上がっています。
時代劇は現代のファンタジーです。その時代に生きた人はいないので、自由に創作できる一方、観客に如何にもそれらしい空気感を感じさせる設えと人情の機微が無ければ、却って違和感ばかりが浮き上がり、訳の分からない白けた寸劇になってしまいます。
本作は、昼間でも明るさを抑えた光の加減が作品を通じて絶妙でした。室内シーンが多いために全体に仄暗い中での明と暗、光と陰、それぞれの微妙なコントラストが、ドラマの雰囲気と共に主人公と娘の倹しい日常を漂わせていました。
薄汚れて狭苦しい江戸の長屋、整然として広々とした大店、艶めかしく賑やかな遊郭、大勢の出入りの出来る怪しい侠客の屋敷が、美術・装飾スタッフによってリアルに再現され、観客を自然に時代の中に誘ってくれます。
元々は落語が原作ですが、映画では話を膨らませ、タイトルにある“碁盤斬り”は生かしつつも、草彅剛扮する柳田格之進とその娘役の清原果那による復讐劇を核に置き換えた建付けにしています。前半は親子の住む江戸長屋での平穏な、一面では退屈な日常が淡々と進み、BGMもややユーモラスで軽妙な曲調でしたが、過去の事実の真相が分かった後は短調の物悲しい曲調となり、舞台が広がりストーリーが急展開していく後半は、重苦しい曲調のままにドラマの空気を覆い尽くしていました。
前半は会話が主体だけに人物の寄せアップのカットがやたらと多く、やや閉口します。主人公が無表情無感情、ひたすら冷静な理性の人としての日々の暮らしを送りアクションもないため、引いて撮ると何ら面白みのない映像になるからでしょう。その反動で一気にドラマが動く後半は、柳田格之進の表情は怒りと悲しみに満ち、常に動き回ります。
前半の平穏さがあったゆえに、この感情と言動の落差は大いに観客を惹き付けます。
悪が際立てば際立つほどに、この憎悪への共感は増すのですが、斎藤工扮する悪役には嫌悪感を催すほどの非道ぶりは見えず、寧ろ本来の優男からのしなやかさすら感じられ不完全燃焼感が残ります。ただ殺陣には及第点をあげられそうです。
“碁”が本作を一貫するテーマであり、碁に魅せられた人々による、可笑しくも哀しい物語となっていますが、とはいえ碁が何らかの伏線や布石にはならず、碁の棋譜がドラマのキーになるわけでもありません。
個人的には、仇敵との最終決着を碁で決めるというのは、二人は真剣でしたが、嘗ての熱血少年マンガでの決着シーンとオーバーラップして思わず苦笑してしまいました。