マッドマックス フュリオサのレビュー・感想・評価
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正直物足りなさがありました…
今年午前十時の映画祭でマッドマックス、マッドマックス2を劇場で鑑賞、リバイバル上映で怒りのデスロードを劇場で鑑賞。 マッドマックス2をリブートしパワーアップさせた様な怒りのデスロードから9年後の2024年の作品。 最初から最後までハイエナジーの怒りのデスロードの様な作品を想像していたので、少々物足りなさを感じてしまいました。 時系列的にも「マッドマックス フュリオサ」→「マッドマックス 怒りのデスロード」で観るのが個人的にはオススメです。 今年はマッドマックスシリーズが劇場で観れて嬉しい! いっそサンダードームも劇場でやってほしい!!
さすが、分かってらっしゃる
あの大傑作『マッドマックス 怒りのデスロード』の続編を喜寿を超えてまだ作ろうとするジョージ・ミラー監督には感服しますが、あれだけの作品の後ですから、何を撮っても比較されてしまうに違いありません。でも、前作の実質的主人公であったフュリオサに今回は焦点を当て、それにアニャ・テイラー・ジョイを起用したと聞いて「さすが、分かってらっしゃる」と思わず膝を打ちました。これは嫌でも期待が爆上がりです。僕には珍しく満を持してIMAXで鑑賞しました。 さて、今回は前作で女性らを連れてイーモータン・ジョーの下を脱出したフュリオサの前日譚を描く物語。うむ、やはり砂漠を爆走する様々なアクション・シーンは文句なしの迫力で、度々「ヒャッハー」してしまいました。アニャのみが放ち得るあの目力も抜群で、IMAXの威力を堪能できます。 前作を含めこれまでのシリーズを観ていなくても大人から子供まで楽しめる作品である事は間違いありません。でも、その上で、敢えて申し上げます。前作ではフュリオサ+マックス vs. イーモータン・ジョーと言う対決の構図が明確であった為に観る者も素直に力を籠める事ができました。しかし今作では、彼女の復讐の相手としてディメンタスが配された為、フュリオサ vs. ディメンタス vs. イーモータン・ジョー の三角構造になり、物語のベクトルがやや散逸してしまった様に感じました。 更に、成長したフュリオサであるアニャが登場するまで時間が掛かり過ぎ、彼女が自分の意思で選択し決定して闘うという爆発力が後半になるまで感じられませんでした。 また、前作で次々と登場したようなバカバカしい改造車をもっと見たかったなぁ。 と、前作が突き抜け過ぎていたのでやはり比較になってしまいましたが、今、これを映画館で観ないという選択肢はないと思います。
2024 48本目(劇場10作目)
個人的にはデスロードの続編として完璧でした。 クレージーなキャラ、特にマイティソーとは180度変わったクリスの演技が良かったし、アニャが可愛すぎました笑笑 また、怒りのデスロードを見直さなきゃ
待望の新作
シリーズものではない単作だったら☆4.5だったかもしれない。 勿論、でーれー面白かった。 しかし、ただ行って帰って来るだけなのにあれほど興奮した「マッドマックス 怒りのデスロード」から約10年という年月が期待値を上げに上げ、、、 不満があるわけではないのですが、前日譚となるとここまでか…と思ってしまった。 それくらい前作が凄すぎた。エンドロールでちょーーーっとだけあのシーンが観れてハッピー 見終わった後、今すぐにでもデスロが観たい!!と思った人も多いはずなのに。 リバイバル上映すればいいのに。てか公開順逆にしてほしかった
V8のような力強さを!!
面白いです。 時間長いですが前半部後半部と分かれている感じで、途中で切り替えれる感じでそんなに時間は気にならなかったです。 流石にデスロードは最高傑作なのでそれには及ばないですが十分です。世界観は引き続き良きです。 この映画は調べる様な映画ではない気がするので特に調べてはないですが、アクションシーンで結構CGを多用してる感じがし、「これCGよね」って思って観てしまいました。デスロードのイメージで観に行っているのでそれでちょっとテンションが落ちてしまうところがありました。 はっきり言ってストーリー云々を語る映画ではないのはわかっているのですが、ちょっと中途半端な感じです。 面白いのですが、色々とモヤモヤしてしまう感じがして、この手の映画的な「爽快感!!」が十二分に感じえれなかったので3.7点ということろでしょうか。
期待外れ
前作の『怒りのデスロード』が凄すぎた。同じ方向性や同じレベルの作品を期待してると肩透かしを食らう。 アクションシーンの迫力でも前作の水準には全く届いておらず、人間関係も魅力的なものは無い。 最後に悪役と主人公がダラダラと話してるのも興ざめだった。
バカ映画ならバカ映画を貫いて欲しかった
せっかくのアクション映画なんだから、変なテーマとか入れないでひたすらにバカ映画を貫いてほしかった。 復讐劇にしちゃったから主人公の行動に気になる部分が出てきたり、最後がダレたりしてしまう。 また、砂漠・アクションという要素がどうしてもDUNEとかぶってしまうし、そうするとDUNEの迫力には勝てないから見劣りしてしまっていた。
ほぼなんですけど
面白かった おもしろかったけどほぼ全編で殺戮 避けていたので残忍シーンがすぐ予測できない作品でここまでずっとは久しぶりだった 苦手な人にはオススメしません 『PG12』を強く伝えねばと感じてしまった ほぼずっと追われていて、突如場面変わった?みたいな所がいくつかあって誰がどれで味方でどんな状況?ってのが何度か 残酷描写はしっかり、 いつ関係性変わった?とかはふんわり そっちもしっかり描写してくれわからんと感じてしまった 総評は面白なんですが、寝なかったし クリス・ヘムズワースさんの降り幅 には驚嘆。別作品では精悍なヒーローなのにしっかり悪役だった エンドロールも悲しいBGMで、救いが少なくなんだかずっと悲しかった
砂漠とフェミニズム
安全第一を掲げたい映画だった。このシーンで数人タヒんでます──というような大型アクションシーンが次々に描写され、終始圧倒された。 映画のアナウンスと同時に沸いたのはフュリオサ役のセロンの降板に対する賛否だった。 この映画は前作(Mad Max: Fury Road、2015)がはじまるところまでの前日譚になっているし、セロンは2024年時48歳ゆえ交代はロジカルだったが、観衆の多くは前作のセロンに愛着をもっていた。 なぜならフェリオサは「これまでの野蛮で好戦的な部族に対する解毒剤として、母権制の始まりを設定する」としてマッドマックスの熱砂世界に降りた天使のような存在で、且つ不屈の戦闘力と頼りがいを併せ持っていて、若くてもいけないし母性過多でもいけないし、そんなフェリオサにシャーリーズセロンが絶妙バランスではまった。──わけで、それを見ているゆえに、セロンの降板に意想外な声があがったのは無理もなかった。 しかし情報によると、ミラー監督はセロンに若返りのVFXをほどこす代わりに、若い女優をキャスティングすることにしたのは、不気味の谷効果を期待したから、とセロンに説明したそうだ。セロンはその決定に「確かに少し心を痛めた」がミラー監督の根拠を理解した、とのこと。 『不気味の谷効果とは、ロボットや人形などの見た目が人間に似ていくにつれて好ましく思われるものの、あるポイントに達すると不気味さを感じ、好意的な感情が減少していく現象です。ロボット工学者の森政弘氏が1970年に発表したエッセイのタイトルで、ロボットの人間への類似度を横軸に、人間の感情的反応を縦軸に取ったグラフで表すと、嫌悪感が起きた部分が谷間のように凹むことから名付けられました。』 (Search Labs | 生成AI による回答の概要) とはいえ、不気味の谷効果云々は謂わば口実で、やはり年齢のことが要因だったと思う。 前作(Mad Max: Fury Road、2015)が開発に入ったのは実に2000年の初頭だそうで、そのときはまだメルギブソンがマックスを続投して、フュリオサはシガニーウィーバーがやる予定だったのだそうだ。大作なので諸問題で延期や遅延を繰り返していくうちに、みんな適齢を過ぎ、配役が刷新されたのは時間経過的に道理だった。よってセロンがアニャ・テイラー=ジョイに交代したのも時間経過的に道理だった。 ただし、セロンの降板にたいする賛否は、アニャ・テイラー=ジョイの登板で否が消えたように思う。むしろ暴力と熱砂のマッドマックス世界に、華奢(きゃしゃ)でエレガントなアニャ・テイラー=ジョイが降臨するという期待に変わった。 映画はフェリオサを主人公にしたレイダースの首長ディメンタス(ヘムズワース)への復讐劇になっている。主人公マックスが出てこない初めてのマッドマックス──だそうで、タイトルにsagaが入っていた。 暴力と砂埃の世界で、最後まで守りぬかれるのは、フェリオサがつねに髪又は奥歯に隠し持っている一粒の桃の種。目の前で母親が磔刑にされた時から、復讐を誓い、種に母親の思い出と希望を封じ込める。そんなフェリオサの残酷な過去に心を締め付けられながら、画は大規模なアクションシーンに圧倒される、こんな体験はマッドマックスでしか得られないものだった。 ところで、ジョージミラー監督は前作で母体として使役されている囚人の脱走というテーマを描くにあたってEve Enslerという劇作家兼フェミニストをコンサルタントとして招き、女性にたいする暴力の問題について俳優たちとディスカッションをさせた──そうだ。 元来、マックスは賊に家族をころされたことによってマッドなマックス=マッドマックスになったわけであり、つねに女性は男性の暴力下に置かれる存在として出てくる。そんなデリケートな素材を扱うために、また時代に即したコンプラに副わせるために、女性の描き方には細心の注意をはらっていた。今回のフェリオサも同様で、女性でありながら強く賢い復讐鬼でもあった。 折りしも「先生の白い噓」という映画の撮影に際して、主演の奈緒氏が「インティマシー・コーディネーターを入れてほしい」と要望したところ、監督の三木康一郎が拒否した、という事案が炎上している。(2024/07) インティマシー・コーディネーター(IC)とは、性的描写などの撮影シーンで監督や撮影現場側の意図を理解した上で俳優側に伝え、俳優側を身体的、精神的にサポートする役割を担う人のことだそうだ。 何度か言っている構図だが、もし女性が脱ぐなら、その映画にはそれ相応のクオリティがなければ釣り合わない。 たとえば哀れなるものたちで見せたエマストーンのすっぱだかの熱演には値打ちがある。あるいはたとえばラストタンゴインパリのマリア・シュナイダーはレイプのような撮影をされて一生を狂わされたが、なにしろ腐ってもベルナルドベルトルッチのラストタンゴインパリなわけである。では、たとえば完全なる飼育 赤い殺意(2004)の伊東美華はどうだろう。 誰も知らないこの女優のウィキには『度胸を試そうと考えた監督にその場での脱衣を要求されたところ躊躇うことなく即座に全裸になり、陰毛が長いことを理由に「その毛も全部剃るぞ」と畳み掛けられても「結構です」と即答した。このような過酷な要求を即座に承諾する心意気が評価され、その場でヒロイン役が決定したという。なお、この会話から劇中に佐野史郎による剃毛シーンが取り入れられた。』と書いてあるが、日本映画の撮影環境というのは、おそらく『度胸を試そうと考えた監督にその場での脱衣を要求された』りするような、昭和精神論の世界なわけである。 先生の白い嘘の三木康一郎がICの介入を断ったというのも精神論であって、なにせ日本映画界、こういうお百姓さんたちが映画監督なんぞをやっているもんだから、永遠に四畳半の下張りなロマンポルノの現場があるだけ──という構図になっていて、それと同時に、いったい誰が「完全なる飼育赤い殺意」の伊東美華を、「先生の白い噓」の奈緒を、あるいは榊英雄の公開中止映画で脱いだ佐津川愛美を、覚えているのですか、という話である。 うんこみたいな低クオリティの日本映画で脱ぐことは女性問題に寄与しない。だいたいにおいて、その努力や葛藤を誰も知らない。 ジョージミラーが1979年につくったマッドマックスのテーマは人類と生存、復讐、贖罪、家庭、環境破壊、フェミニズム、道徳的退廃であり、そこに母権制を加味した象徴としてフェリオサは成り立っている。 牽強付会かもしれないが、女性の扱いせよ、映画のスケールにせよ、日本の映画製作環境との雲泥の格差を感じた。という話。 imdb7.7、rottentomatoes90%と89%。 ヘムズワースの顔がぜんぜん彼に見えなかった。
デジャヴ? いや、進化も感じられたさ
2024年米豪製作、日本での公開は米豪から1週間後となった。 監督:ジョージ・ミラー 脚本:ジョージ・ミラー、ニコ・ラサウリス 本作は、2015年公開の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に登場した、シタデル大隊長フュリオサ(前作でシャーリーズ・セロンが演じた)の前日譚という位置付け。よって、マックスは出て来ない。 今作のフュリオサは、アニャ・テイラー=ジョイに代わった。 子供時代役のアリーラ・ブラウンも目ヂカラがあって、とても印象的だった。 1. 到達不能極 (THE POLE OF INACCESSIBILITY) 2. 荒れはてた地の教訓 (LESSONS FROM THE WASTELAND) 3. 潜伏 (THE STOWAWAY) 4. 故郷へ (HOMEWARD) 5. 復讐の彼方 (BEYOND VENGEANCE) 1979年の第一作『マッドマックス』から、すべてジョージ・ミラーがメガホンをとっている。 極めて低予算で作らざるを得なかった第一作を除いて、 すべて同じ世界観だ。 ◆2次元の世界から現れたボスキャラ、モブキャラ。 ◆近未来という設定ながら、前時代的な武器で戦う面白さ。 ◆2輪集団走のど迫力。 ◆あくまでメカメカしい巨大車輌。 1979年当時、この企画を考え出し、脚本にし、映像化した時点で「勝ち確」となった。 日本がそうであったように、当時、オーストラリアでも暴走族が社会問題化していたという。 そんな時代背景もあり、バイク(走り屋、暴走族)を主題にした映画はあった。 しかし、『マッドマックス』シリーズは、空想科学(SF)に昇華させてしまった。 本作に話を戻すと、 表面的には、過去作のフォーマット(悪に対する復讐)を踏襲しているようだったが、ラストシーンは少しテイストが違ったように感じた。 ディメンタス(演:クリス・ヘムズワース)に対するシンパシーを感じたのだ。 いま、世界で起きていることを例に取るまでもなく、 単に、「善」と「悪」という2極対比では描けない、 複雑な背景や因果を感じさせる脚本だった。 ※例によって?深読みし過ぎの可能性もある(笑) 泣く子も黙る人気シリーズ、 基本的な構成はずっと同じ、デジャヴと言えるほどだが、ラスト数分、「進化しているのか?」と感じられたので☆3.5
期待に違わぬ出来でした。
期待に違わぬ出来で、飽きることなく2時間30分ノンストップで観賞できました。IMAXだったため、アクションシーンはもちろん、監督がこだわったコスチューム、車やバイクはもちろん、砂漠や工場?アジト?など荒廃したディストピア感あふれるマッドマックスの世界観に没入出来ました。 個人的には最初に出てきたフュリオサの母親役がとても素晴らしくて、導入で観客を一気に引き込みます。 あと終始テンポの良い背景音が流れているのも「次はなにが起きるんだろう?」となんかワクワクしました。 主演と悪役は及第点かな。この手の映画はそもそもあまり演技に期待はしていませんので。 アクション目当てです、はい。 アクションシーンでは、パラシュート部隊や車の後方の一部が回転して攻撃する仕掛け?など今まで見たことないものが出て来て、ミラー監督のアイディアにただただ脱帽です。 映画館で観るのに最高に適した映画です。 もう一本ぐらい、マッドマックスの新作は見られるといいな。ミラー監督、頑張って👍
フュリオサ・サーガ第一章〜第五章
監督は毎度オラオラオラオラドララララァ!MAXの MADくらえやあ! のジョージ・ミラー。 制作初期段階の参加者に、元ガイナックスの前田真宏も名を連ねている長きサーガ。 【ストーリー】 文明世界が核兵器で滅んだのちも、豊穣なる実り豊かな「緑の地」があった。 そこは「鉄馬の女たち」とよばれる強き女性に守られた土地。 緑の地で生まれ育った少女フュリオサは、ある日バイカーの侵入者たちに捕まってしまう。 笛を鳴らして危険を知らせると、フュリオサの母メリーが彼らを追撃し、一人また一人と撃ち倒す。 バイカーたちはボスの「ディメンタス」キャンプに逃げこむも、緑の地の場所を伝える前に事切れる。 砂嵐に乗じてフュリオサを救出するマリー。 だが逆追撃を受け、フュリオサの目の前で処刑されてしまう。 ディメンタスは彼女を生かし「リトル・ディメンタス」と呼んで死んだわが子の代わりにする。 無数のバイクチームの集合体をひきいるディメンタスは、あるとき「シタデル」とよばれる地下水資源ゆたかな砦の存在を知る。 シタデルは「イモータン・ジョー」をあがめる「ウォーボーイズ」たちの狂信集団に治められた土地だった。 みずからの命もかえりみず自爆攻撃をしかけてくる彼らに、ディメンタスたちは一度は撃退されるが、「ガスタウン」をおさえたディメンタスは、シタデルとの物々交換交渉を持ちかける。 子どもを成すことに異常な執着をもつイモータン・ジョーは、健康な女児のフュリオサを交換材料としてもらいうける。 「子産み女」としての生活をはじめたフュリオサだが、隙をついてぬけだしウォーボーイズに混じって活動するようになる。 鉄馬の女の血を引く彼女は、そこで才覚をあらわし重用される。 10年が経った。 強く育ったフュリオサは、警備隊長のジャックが運転する「ウォーリグ(ウォータンク)」にひそんで脱出をはかるが、そこにディメンタスの配下が襲撃してきた。 さあフュリオサです。 前作『怒りのデスロード』で主人公マックスよりも存在感をはなっていた警備隊長フュリオサの前日譚。 というか前作もマッド・フュリオサでいーじゃんってぐらいに中身フュリオサだったし、あの三日間の物語はこの長いフュリオサ譚の最終章、最後のピリオドだったんだなと。 それにしても出てくるキャラクターからアイテムまで、細かい所まで目配りされてて、物語全体に宗教の逸話的なショットが散りばめられてて、ジョージ・ミラーすごいなと。 前作から出てきたイモータン・ジョーもそうでしたが、ディメンタスも異様なカリスマで、立ち位置としては宿敵というよりはフュリオサの儚さと強さを照らすためのスポットライトのよう。 セリフもまた知的で芝居がかっていて『ウォーキング・デッド』の「セイバー」ことニーガンを思いだしました。 あの人も本当にいいキャラしてたなあ。 医科大いってただけあって、監督ってばほんとうに知的だなあ。 毎回のごとく撮影もやばげ。 とくにウォーリグでのアクション、あれどうやってんだろう。 走行中のトラック用タイヤが回ってる真横でのシーンとか、合成だとしてもどうやって撮ってるんでしょうね。 タイヤも背景も合成、いやいやスタジオでスポンジタイヤ回して砂まとわりつかせて地面ほかの背景だけ合成、はたまたリグ浮かせて固定してスポンジタイヤで本当にスタントマン轢かせて、とかいろいろ考えながら見てましまいました。 バイオレンス担当の戦士たちも一目で所属がわかる優れたビジュアル。 みんな生き方も死に方ももれなくバイオレンス。 おふとんの上で家族に看取られるやつなんか一匹も出てきやしないこの一貫性この清々しさ。 もう一つの主人公、改造車もけしからん出来。 あーもうウォーリグで町に出てあおり運転してくる車に「ボミ—ノッカー」回してけちょんけちょんにしてやりたい(危険思想)。 パンフレットのインタビューの前田真宏、アニオタ魂直撃の名前に刹那で涅槃までブヒりました。ああ大丈夫、声はおさえましたよ。まわりに迷惑はかけてません。 MAD MAX第一話の着想を得た話からディメンタスの末路まで話してて、ガッツリ制作に食い込んでたんだなあとうれしくなったり。 シリーズの中では異色な、約15年の作中時間を経過させてフュリオサを追う中で、シタデルやガスタウン、バレットファームといった資源勢力がどのように運営されているかという、世界観を説明する内容にもなってます。正直シタデル以外なら住みたい。 ネクストMAXがどんな作品になるのか、今回のロングショットMAXのようにフュリオサのピンポイント登板はあるのか、まだなにも明らかにはされてませんが、とにかくMAD MAXワールドを深く大きく広げてくれた今作『マッドマックス フュリオサ』。 もうね、作ってくれるなら十年でも余裕で待ちますよ。 だから監督、長生きしてください。
フィリオサが
デスロードにつながる話だとは知らずに鑑賞。 茶番につぐ茶番なデスロードのワヤクチャ感は少なくどっしりとしたマッドマックス。 デスロードでフィリオサが吠えた理由がやっと解る。そら吠えるわな。 ちらっとマックスが映るのが粋ですね。 もっとワヤクチャなイケイケドンドンを楽しめるかと思ったので消化不良。。
「炎のデスロード」と比較してしまう。
アニヤ・テイラー=ジョイは大好きだし、マイティ・ソーも大好きなので、面白く無いわけ では無いのだが、ぶっとび映画の「炎のデスロード」と比べてしまい、イマイチののめり具合になってしまった。
絶妙なヘタレンタス
アニャフュリオサ最高でしたねぇ。子供時代の子も良かった。ディメンタスが想像とは違った感じの悪役で、むしろ「なるほど、だからこそのクリヘムね♪」と納得でした。肩透かし食らった方々もいらっしゃるでしょうね汗 ファンサービスな側面は否めない作品ではありますが、80歳になろうとする方の頭の中から出てきたとは思えない様なはっちゃけ具合は、前作に遜色ないでしょう。前作もタンクローリーアクションがメインと言っても過言ではない感じでしたが、今回のローリーアクションも頭おかしかったですよねぇ笑 最高でした。
想像以上に良かった!
子役の目ヂカラに、引き込まれました。 いろいろな困難を乗り越えて、ここにきた…その強さが誇らしく感じました。 復讐の先にあったのが、光だったことに⭐︎プラスしました。 終了間近だったけれど、ギリ劇場で観られてよかった!
0としてとてもよく仕上げられている!
デスロードに繋がる、最近のよくあるパターンの 0シリーズではあるのですが、フィリオサに感情移入出来るとても良い構成と編集な気がします どっかのday1に比べるとストーリーに破綻してる所も 先が分かっているけど、それを感じさせない構成で あっという間にエンディングになってしまいました! デスロードは少しコミカルな感じではありましたが こちらその辺りが排除され、変にセリフもないので アクション感が強くて良かったと思います 残念なのがスタートで見れなかったので スクリーンが小さかったり、音がそれ程の 普通の箱だったのが非常に残念です 配信が始まったらフィリオサ→デスロードという 流れでもう一度みたいと思います 気にはなるけど観てない人は是非
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