マッドマックス フュリオサのレビュー・感想・評価
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テイラージョイのフュリオサのまなざしは破壊力抜群。フュリオサの内なる怒りや決意をひしひしと伝えてくる彼女の“瞳”の強さは身震いするほどです。
2015年に公開され、日本でも熱狂的なファンを生んだジョージ・ミラー監督のノンストップカーアクション映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に登場したシタデルの大隊長の女戦士フュリオサの若き日を描くスピンオフ映画。アニャ・テイラー=ジョイが若き日のフュリオサを演じます
フュリオサは、独裁者イモータン・ジョーに反旗を翻し、男児を産むためにとらわれていた女たちを救い出した女戦士です。
シリーズのファンには釈迦に説法かもしれませんが、できる限り音響の整った(つまり、爆音を出せる)、大画面の映画館で見てほしいのです。文明が崩壊した世界を暴走するモンスターマシンの咆啼や、主人公の血みどろの復讐劇を全身で感じるには、やはりそれが一番です。
フュリオサは坊主頭で、機械仕掛けの義手をはめたその姿は、前作でも強烈な印象を残しました。彼女を主人公として描かれるのは、何が彼女をそうさせたかという、過酷な……という言葉では生ぬるいほどの半生が描かれます。
●ストーリー
舞台は、『怒りのデス・ロード』から20年ほど前。本作は五つの章に分けられています 世界が崩壊した時、若き日のフュリオサ(少女時代:アリーラ・ブラウン)は女たちが支配する「母なる緑の地」から掠われ、ディメンタス(クリス・ヘムズワース)率いる巨大な暴走族のバイカー集団「バイカー・ホード」の手に落ちてしまいます。フュリオサは逃げようとするものの見つかり、おまけに抵抗した母を惨殺されてしまうのです。そこからが、フュリオサにとって苦難の道のりの始まりとなりました。
「荒れ果てた地」を駆け抜ける彼らは、イモータン・ジョー(ラッキー・ヒューム)が統治するシタデルに辿り着きます。ディメンタスとジョーの2人の暴君がシタデルの覇権を巡って対立し争う中、フュリオサ(成人後:アニャ・テイラー=ジョイ)はジョーの下に潜り込み、ディメンタスへの復讐(ふくしゅう)の機会を待ちながら男を装って地位を上げていくのです。そして多くの試練を乗り越え、故郷への道を探す事に。
やがて両勢力が全面対決の時を迎えます。
●解説
前作でも登場した要塞の支配者イモータン・ジョーの傘下に入ったフュリオサは、ディメンタスとの戦いに身を投じます。ここからは、息つく暇ないハードアクションの連続。 世界消滅後の砂漠で水と燃料を支配する暴君が割拠する終末世界の、文字通り“ノンストップ”アクション。何しろアクション場面のほとんどは砂漠を爆走する大型トレーラーの上。併走する奇怪な改造車とオートバイに加え、今作では空からも参戦。オートバイに乗っていた戦闘員がパラシュートを開いて飛び上がり、空襲に転じるという離れ業。セリフは無用、高速で走る車両が次々と転倒、爆発しながら追いつ追われつの迫力は、映画的興奮に満ちています!
特に作品の象徴ともいえる超重量級マシン「ウォー・タンク」は見る者をノックアウトします。巨大トラックを改造した武器満載のまがまがしい一台。砂漠を突っ走るウォー・タンクを巡る15分にも及ぶ戦闘シーンは、オイルや火薬の匂いまで漂ってきそうなド迫力です。
それだけならば派手だが大味なB級作品にとどまるところ。主人公フュリオサの強烈さが、作品の格を押し上げます。
シャーリーズ・セロンが演じた前作では、男性の支配下から女性を解放する闘士。アニャ・テイラー・ジョイが演じる今回のフュリオサは、導入部はややおとなしめですが、軍団のマスコットのように連れ回されるなかで、母親を奪われ、ディメンタスによる暴力の嵐にさらされても、彼女はその全てを目に焼き付け、心に怒りの炎を燃し、自分の人生を踏みにじった暴君への怒りをたぎらせるのです。
そんな境遇を経て成長したテイラージョイのフュリオサのまなざしは破壊力抜群。フュリオサの内なる怒りや決意をひしひしと伝えてくる彼女の“瞳”の強さは身震いするほどです。きゃしゃな体から放つオーラは圧倒的。だから彼女なのかという納得の配役なのです。主人公としてはあまりに寡黙ですが、その目力で全てを語り尽くしていました。
但し前作のセロンは鋼のような強靭さを持っていました。その鮮明な記憶ゆえに、テイラー=ジョイはまだ線が細く、比較するのは酷ですがいささか迫力が足りないのかもしれません。
そしてクライマックス、フュリオサとディメンタスの一騎打ちで語られるのは、憎悪の行き着く先です。1979年の第1作からこの第5作まで、一貫して手がけるジョージ・ミラー監督。ムチャクチャのやりたい放題を加速させる一方で、人間の暴力性をしかと見つめる視点はますます強固。喜寿を過ぎてこのエネルギー、恐るべし。しかも続編もありそうなのです。
アクションだけでなく、人物造形も魅力的。ディメンタスの誇張された悪が光ります。シェークスピア劇の敵役のように残忍でずるいが、かわいげもある。まさに倒しがいのあるボスといったところです。
特筆すべき点は、ジョージ・ミラー監督のサービス精神が全編にあふれているところ。監督は、彼女のエピソードを、すでに前作製作の際に作り上げていたというのです。練りに練られた必然の物語なのです。だからこそ、このピリピリする瞬間にもっと身を委ねたくなります。今回も一級の娯楽作といえるでしょう。
●感想
前作と同じ世界観で繰り広げられる前日譚だけに、一部のアクションシーンなどに既視感を覚えることは否めません。しかし、15年以上にわたる物語を丁寧に描き出している点に、シリーズとしての新鮮さがあります。それに加えて今回はなぜフュリオサが“最強の戦士”になったのかをじっくりと解き明かし、戦う女たちの思いを描いた前日譚を目にして、すぐにまた「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を見たくなる人も多いのではないでしょうか。
思わぬ儲け役はハイカー集団を率いるディメンタス将軍を演じた、クリス・ヘムズワースです。彼の姿には人を幸福にする明るさがあります。元々「マットマックス」(1999年)は荒廃した近未来で、乱暴なバイカー集団が狼轍を働く物語でした。
今作はその過渡期であり、ディメンタス将軍をはじめとして、バイカーたちが各々のバイクに施した装飾が個性的で面白いところ。ただ前日譚のため、前作で観客を熱狂させた過剰な装飾が発展途上なのは、物足りなさを感じます。もちろん砂漠のなかのカーアクションの迫力と見応えは、ミラー監督作品ならでは!文句なく素晴らしいのです。
ただし派手なアクションはあるものの、前半はフュリオサがまだ幼女で何もせず、間延びを生んでしまっている点は否めませんでした。
ボミーノッカー
悪くはないけど
好きだけど...★3かな…。
前作で強烈に示された、1~3作目とも違う、誰も見たことのない世界観がすでに既視感になっていた。そう感じてしまった自分の感性が悪いのかもだけど(前作の雰囲気をもっと!という人もいると思う)、走るウォーリグをめぐる戦いは前作で見たし、空中戦もマッドマックス2で見たことあった。ジャックと協力しての狙撃戦はよかった。
アニャ=テイラー・ジョイの細さ、細腕も気になった。坊主になってからは特にほっそっ、って思ってしまった。シャーリーズ・セロンの雰囲気、高身長、ガタイの良さから来る有無を言わさない説得力が薄かった。
あと、冗長さ。長いというよりも冗長。アキ・カウリスマキ並みにとは言わないが、もっと省略してよいと思う。特にラスト。マッドマックス1、2はもっと短かったと思う。
マックスが実質出てこなかった(*チラ見はあったけどあれいらないと思う)こともちょっと寂しい。
よかったのは、メンターたるジャックとフュリオサの関係性。
ディメンタスは…なんかソーにしか見えなかった。MCUのスティグマ。
*次の日に怒りのデスロード見たらフュリオサの悲しみの解像度が上がってて、ちょっと泣いた。なので0.5加点して3.5。
感想は皆さんと同じです。
「吹替が素晴らしい」
超マッド!
もうこれでもか、こらでもかのアクション👌
大きくパワーダウン
前作が良すぎたので、期待して鑑賞したが、全くの期待外れだった。
今の時代のハリウッドでは仕方ないのかもしれないが、女性主人公にしたことでダイナミックさが大きく損なわれて、情念により焦点が置かれることになったのが原因だと思う。
マッドマックスに現代の価値観を持ち込むのは本当に野暮。
説明くさい長台詞で変なメッセージ性を無理やりつけて、今のハリウッドが大好きな強い女性像を印象付けようとする流れが本当に嫌だ。悪習を持ち込まれて迷惑。
次回もハリウッド重鎮の顔色を窺うような価値観を持ち込もうとするならもうやらなくていい。
心の底からガッカリしたが、シリーズを何も知らずに観る人の為に及第点の3は付ける。
肝心のアクションや音楽の使い方も大きくパワーダウンしている。
ハリウッドルールに従うことを求められたジョージミラー自身も納得出来ていないのでは?
黒きワルキューレの騎行。 …このお話って本当に必要だったの?
核戦争により荒廃した世界を舞台に繰り広げられる、暴力と混沌のディストピア・カーアクション映画『マッドマックス』シリーズの第5作にして、第4作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)に登場するキャラクター、怒れる女大隊長フュリオサの若き頃を描いたスピンオフ作品。
崩壊した世界に残された肥沃な「緑の地」で暮らしていた少女フュリオサは、狂気的な野心家ディメンタスが率いる野蛮なバイカー集団に誘拐されてしまう。母メリーは単身フュリオサの救出に向かうのだが…。
監督/脚本/製作…ジョージ・ミラー。
若きフュリオサ大隊長を演じるのは『スプリット』シリーズや『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』のアニャ・テイラー=ジョイ。
バイカー集団を束ねる恐怖の支配者、ディメンタスを演じるのは「MCU」シリーズや『キャビン』のクリス・ヘムズワース,AM。
歴史的大傑作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』から9年。ついにジョージ・ミラーのマッドな世界が戻ってきた!9年というとかなりの年月だが、『マッドマックス/サンダードーム』(1985)から『デス・ロード』までに30年のブランクがある事を考えると短く感じてしまうから不思議。
冒頭、じゃりン子フュリオサが登場した時には「すわサンダードームの再来か!?」と身構えてしまったが、ちゃんとハードでマッドなディストピア映画になっていてそこは一安心。
セリフではなくビジュアルで物語る、寡黙でありながら雄弁なジョージ・ミラー節は本作でも健在。服装や乗り物によりそのキャラクターがどのような人物であるのかを表すその語り口はまさに匠の技である。
フュリオサのセリフは映画全体を通して20〜30個ほどしかない。サイレント映画と見紛うほど寡黙なキャラクターが主人公なのだが、その物語性は全く失われていない。これは目線や仕草などを含むすべての身体表現がそのままストーリーテリングとして活きているからであり、ノンバーバルな表現手法が生み出す言語を超えた力強さがこの映画には満ちているように思う。
そんな寡黙な主人公フュリオサを演じたのはシャーリーズ・セロン…ではなく人気急上昇中の若手女優アニャ・テイラー=ジョイ。
セロン様からアニャにキャスティングが変更されたというニュースを聞いて不安になったのは自分だけではないはず。この2人全然タイプが違うじゃん!!だが、結果としてこの心配は杞憂に終わった。アニャ・テイラー=ジョイ見事なり!!
彼女の異常なまでに大きなお目目から繰り出されるバキバキに決まった眼光は、フュリオサの内に燃える激しい怒りを完璧に表現。セロンの持つ圧倒的な強者感はないものの、若きフュリオサとしてはこれ以上ないほどハマっているキャスティングではないでしょうか。
鮮烈なデビューを果たしたアニャオサだが、実は前半1時間くらいは出番なし。前半パートの主人公はアリーラ・ブラウンという子役が演じるロリオサである。
このアリーラ・ブラウンちゃん、もしかしたら将来的にかなりBIGになるかも!!『タクシー・ドライバー』(1976)のジョディ・フォスターや『レオン』のナタリー・ポートマンを彷彿とさせるような存在感を放っており、彼女の気迫から目を離すことが出来なかった。
なによりこのアリーラちゃん、アニャにそっくり!正直どのタイミングでアリーラからアニャに役者がチェンジしたのかまるでわからなかった💦
その自然な交代ぶりがちょっとばかし気になったので調べてみると、なんとなんとの驚愕の事実が発覚。AI生成技術を用い、物語の進行に合わせてアリーラの顔をアニャの顔にだんだんと近づけていたのです!だからこれほどまでに似ていたのか!そう言われなければ気が付かないほど自然なAI合成。技術の進歩スゲー!そしてコエー…。
本作を語る上でやはり外せないのは、凶暴なバイカー集団を束ねる長、マイティ・ソー…じゃなくてディメンタス。粗野とバカと下劣の権化であるゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーーーーッ!!な、シリーズ屈指の憎まれ役である。クマちゃんのぬいぐるみを常に携えているなんて、ジャイロ・ツェペリかおのれは。
このディメンタスを演じるのはみんな大好きクリス・ヘムズワース。スーパーヒーロー俳優として名を馳せた彼が、持ち役とそっくりな見た目でありながらそれとは正反対の卑劣漢を嬉々として演じています。
近年のインタビューで、マイティ・ソーを演じた事への後悔と不満をたびたび口にしているクリヘム。スーパーマンを演じたジョージ・リーヴスも苦しんだように、やはりスーパーヒーローを演じてしまうとそのイメージが定着しすぎてしまい、今後のキャリアの幅を狭めてしまうのだろう。しかもクリヘムの場合はソーがあまりにもハマり役だったから、その苦しさは他のスーパーヒーロー俳優よりも一層強い事だろう。
陽気な優等生というパブリック・イメージを脱ぎ捨てるため努力を積み重ねるクリヘム。Netflixの『スパイダーヘッド』(2022)という作品では悪役を演じており、狂気的な天才科学者という彼のイメージとは全く異なる役柄に挑戦している。まぁこの映画は作品自体がショボショボだった上、クリヘム渾身の天才演技も完全に滑っており、すでに彼のキャリアの黒歴史と化しているわけだが…。
そんな彼がついに掴んだ新境地が今回のディメンタス。想像力の欠如からくる凶暴性と凝り固まったマチズモに起因する野心。定着したパブリック・イメージを完全に逆手に取る、マイティ・ソーの鏡像のようなキャラクターを見事に演じ切った。
ソーの再演に難色を示すクリヘムだが、ジョージ・ミラー監督はクリヘムとの再タッグを望んでいるのだとか。『マイティ・ソー』の新作をジョージ・ミラーが監督する、なんていう未来が待っていたりして?
とにかく画面上の情報量が多い作品であり、正直一回観ただけでは上手く消化しきれない。もう一度観に行ってもいいかもー、なんて思えるほどにはしっかりした映画だったのだが…。
正直言うと期待ハズレ🌀
確かに本作は凡百のアクション映画とは一線を画す重厚な作品だが、なんと言っても前作があの『デス・ロード』でしょう?史上最強レベルの超傑作の後に、普通に良い映画をお出しされても「あの…思ってたんと違うんですけど」となってしまうのは必然というもの。9年ぶりの新作ということもあり、期待値がMAXまで高まっているところへの今作だったので、ちょっとガッカリしてしまったというのが本音。
というか、そもそもですね…。本作を全否定しているという風にも取られかねないというのは重々承知の上で言いますが、フュリオサの過去とかぜんっぜん興味ないんですよね😅
もちろんフュリオサは大好きなキャラだし、彼女の身の上や失った左腕のことは気になる。でも、それは観客一人一人が自分の頭の中で補完すれば良いだけのこと。
なぜフュリオサがああまでしてワイブズを救おうとしていたのか、なぜあれだけの美女でありながら妻ではなく戦士としてイモータン・ジョーに仕えているのか、なぜイモータン・ジョーを討ち取る際に「私を覚えているか?」と言い放ったのか。そう言ったヒントを一つ一つ拾い上げ、自分なりのフュリオサ像を作り出すからこそ味があるのであって、「実はこういう過去があったんです」とオフィシャルな設定を提示されてしまうと、キャラクターの自由度が失われて魅力が薄らいでしまう。本シリーズに限ったことではないが、時系列の隙間を埋めりゃ良いってもんじゃないから!観客が想像出来る余地を残しておいてくれ。
前作と今作では物語の語り方が大きく違う。
前作は見せ場のみを繋いで物語を構築するという超変化球。映画というよりはむしろ爆音ロックンロールのライヴに参加しているといった感じ。さすがAC/DCを産んだお国。馬力が違います😊
一方今作は、原題が『Furiosa: A Mad Max Saga』であることからも分かるように「Saga」(神話的英雄譚)であり、フュリオサという偉人の伝説を物語るというスタンスをとっている。注目したいのは本作がサーガであるというまさにこの部分。この映画で描かれているのは、例えばイエス・キリストの半生であるとか、源義経=チンギス・ハーン説とか、そう言った眉唾物の伝説と同じようなもの。かつて存在していた女傑フュリオサの神話を後世の人間が語っている、というような建て付けであり、描かれている事の全てが真実ではない。
フュリオサに関して性的描写が一切ないことも、聖母伝説にはつきものである処女性の表れであると看做すのが自然だろう。あんな男だらけのところに美女が1人迷い込んだら、普通なら『エイリアン3』(1992)みたいに「やべーぞレイプだ‼︎」案件になっちゃいますもんね。
”物語ること”それ自体を物語にしてしまっているという、本作も前作とはまるで違うベクトルではあるものの超変化球であることには変わりはない。巨匠ジョージ・ミラー、普通の映画には興味がないし同じような映画を2度は作らぬ!…という事なのだろうが、観たかったのはロックンロールライヴなのよねー。
ハードロックバンドだと思って観に行ったらプログレが始まったみたいなガッカリ感。まぁそれが好きな人も居るんだろうけど、そこは相性っすかね。
相変わらずのマッドな世界観は健在なのだが、148分という長尺は頂けない。タイトな時間でピリッと締めるというのが『マッドマックス』シリーズの美点だった。短いからこそこの狂った世界に興奮出来たのだが、それが2時間30分も続いてしまうと流石にちょっと見飽きてしまう。この緩い時間感覚、やはりジョージ・ミラーも老いたという事なのだろうか。
首を傾げたのはフュリオサのメンターであり恋人、ジャック。この人ものすごくマックスっぽいんですよね。オルタナティブ・マックス。
「今回はマックスが主人公ではありません!フュリオサです!」と宣言しておきながら、なぜマックスもどきを登場させる必要があったのか。そんなキャラを出すくらいならマックス主役の『マッドマックス5』を制作すれば良いじゃん。
しかもこのキャラ、出てくる意味があったのかなかったのかよくわからん薄味さ。命を落とすシーンも曖昧で、「ん?あれであのマックスもどき死んだの?」なんて思ってしまった。「40日間戦争」をオミットするなど、本作は普通なら盛り上がりのピークに達するような場面をあえて描かないようにしている印象を受けた。その事についてはミラー監督なりの考えがあるのだろうが、大した盛り上がりもなく退場させるようなキャラなら最初から出さなければ良いじゃん。ジャック関連のエピソードを省けば120分以内に収めることも出来たんじゃない?
前作とは全く違ったタイプの映画を作る。その事自体は良いと思うが、カーアクションにもキャラクターにも、前作を上回るインパクトはなかった。そこは大いに問題があると思う。期待しすぎたこちらも悪かったが、『RRR』(2022)とか『トップガン マーヴェリック』(2022)とか、近年ゲーム・チェンジャーとなるようなとんでもないアクション超傑作がいくつか生まれているわけで。そういった作品たちと比べるとアクション面でもストーリー面でも本作はあまりに地味。悪くはないのだが、”ガッカリ映画”というカテゴリーに入れざるを得ない。
元々は前田真宏さん(同郷の大先輩!)を監督に据えてアニメ映画にするつもりだったという話だが、確かにこれはアニメ向きの企画だったかもね。
※一部の頭リクタスが「ポリコレが〜」「フェミニズムが〜」と騒いでいるらしいが、ミラー監督は80年代から”女性の戦い”をテーマにした作品を作り続けてるから!せめて『イーストウィックの魔女たち』(1987)とか『ロレンツォのオイル/命の詩』(1992)、プロデュース作品『デッドカーム/戦慄の航海』(1989)、『囚われた女』(1989)くらいは観てから物申せつーのっ!!💢
主役はフュリオサ ママで良かったのでは?
スピンオフ
目力すごい‼️
あのエンジン音を映画館の音響で聞けるだけで最高!
怒りのデスロードは家で観たけど家と映画館で迫力と音がぜんぜん違かった!
迫力だけでなく、話も面白かったので2日連続で観に行ってしまいました!
あの体に響きわたるようなエンジン音は映画館の音響で聞けてよかったし、アニャ・テイラー=ジョイやクリス・ヘムズワースの演技も役にハマってた!アニャ・テイラー=ジョイの目力は特に凄い!
そして大迫力のアクションシーンも文句なし!
凄く面白かった!最高の映画体験でした!
フュリオサの物語完結
IMAX、4DX、シネマシティの爆音と鑑賞しました。
IMAX は映像、音響共に非の打ち所無し。
4DXは、何度も椅子から落ちそうになるくらいの激しい揺れに、シートベルト必要だろと、思ってしまいました。
また吹き替えであるため、フュリオサとジャックの会話がより濃厚なものとなっています。
爆音は、前作よりもかなり控えめとなっていましたが、
重低音は他の追随を許さない、流石としか言いようのないものでした。なにより、オープニングのエンジン音にやられます。これはシネマシティでしか体験できないものですね。
Dolby は未鑑賞なので、来週にでも行こうかと。
ラストシーンはシャーリーズ・セロンさんですよね?
アニヤさんcute過ぎますね。
次作ウェイストランドは、恐らく、イモータンジョーの支配する町にたどり着くまでの話で、マックスにとって最悪の話になるでしょうし、バッドエンドでしょう。あくまで、私の願望ですが。
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