「したたかで手堅い娯楽映画。」バービー comeyさんの映画レビュー(感想・評価)
したたかで手堅い娯楽映画。
アメリカの『サタデーナイト・ライブ』(SNL)は、おバカな設定のコントを著名俳優が大真面目に演じる人気TV番組で、これはそれを豪華予算で映画化!という感じの楽しい作品。
SNLが人気なのは現代アメリカ社会への、忖度のない痛烈な諷刺が含まれているからだけど、この映画も主題はアメリカという国。女性も男性も等しくばっさりなで切りにして笑いとばしつつ、しかし最後には優しい視線で皆を包み込む。この映画が大評判になるのも無理はない。
しかもこれは政治的主張だけの映画では断じてない。とくに中盤までの、カメラと編集と音楽で小気味よいリズム感を作り上げる手法は巧みでしたたか。文句があるやつは、バービーとケンが人間社会にやってきてから警察入りを連発するあざやかなシークエンスを、できるもんならマネしてみい。
このあたりの技術的手堅さをいっさい見逃してポリコレがどうのこうのとケチをつけるのは、要するに映画の画面なんかまともに見えてないということだ。
もっとも、中盤以降は話のころがってゆく先が見えて、いささか退屈になる。そしてジェンダー問題を逃れるかわりに「ほんとうのワタシ」論にすりよってしまっているし、アメリカのフェミニズムでいつも問題になる「経済格差のどうしようもなさ」がほぼスルーされてしまった。このあたりをどう考えるかで、作品の評価はかなり変わるとは思う。
エンディングの一言についていえば、これは映画の中で何回も伏線が張られている「股間はツルペタ」というせりふからまっすぐにつながっている。
日本語の字幕で「股間はツルペタ」と訳されている部分は、バービーの英語の台詞では、はっきり「わたしは膣がないしケンもペニスがない、性器というものがないのよ」と言い切っている。この条件があるから、バービーワールドは健全で明るいかわりに現実味を欠いた世界になっていた。バービーは現実のリスクとともにそれが引っくり返ることを受け入れた、というのがラストのひとことの意味。
アメリカでは「婦人科」というところには女性はカジュアルに足を運ぶので、ここに行ったから性病とか妊娠とかおおごとになっているとはぜんぜん限らない。リアルな人間社会で女性たちが日々向かい合っている問題に、夢の世界を生きていたバービーも踏み出そうとしている…ということを示そうとしたエンディングなのだ。