劇場公開日 2023年8月11日

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「小気味のいい現代寓話」バービー 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0小気味のいい現代寓話

2023年8月16日
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『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグが監督ということもあり、ドギツい言い回しが制限されるであろう「バービー」という題材とどう折り合いをつけるのかと主に映倫的な意味で心配になったが杞憂だった。ストレートな言い回しは注意深く回避されているものの、たとえば娘のサーシャに「それ私のパパ?」と訊かれてグロリアが「たぶんね」と答え、バービーが「ワオ」と苦笑いするシーンなどにはガーウィグ特有の虚飾のない下品さが垣間見えて嬉しくなる。

本編については、あえてフェミニズムのウィーク(とされている)ポイントに切り込む意欲作だと感じた。たとえば物語序盤のサーシャはTwitterでよく見かけるタイプの「賢く厳格な」フェミニストだが、彼女はそうした知性至上主義的フェミニズムが無意識的にそうすることがあるように、「バカな女」(つまりバービー)を排除してしまう。序盤のサーシャはバービーの個人的な苦悩にいっかな耳を傾けようとしないどころか、あまつさえ「このファシスト!」と痛罵する。また、女がやにわにのし上がってくることに対する男たちの嫌悪感が「バービーランドでいつの間にかのし上がるケンたち」という逆転形で示され、女性優位だったはずの世界で意気揚々と大手を振るケンたちにバービーが思わず眉を顰めるというくだりもある。

とはいえこうしたフェミニズムの「弱点」の積極的な描出が「男と女も喧嘩両成敗」という安易な相対主義の地平に帰着することはない。いやむしろ、「弱点」を強調してもなおフェミニズムが依然として有効であることを証し立てていく。たとえば序盤はバービーを見下していたサーシャだったが、彼女との交流を経るうちに狭隘な知性主義者から万人に開かれた包括主義者へと成長を遂げる。一方でバービーたちとの交流を経てもなおマテル社のCEOたちは単なるポーザーから逸脱できていない。また女性優位の頃のバービーランドと男性優位のケンダム(Kengdom)を比べてみても、後者の暴力性に比べれば前者のほうがよほど平和だった。うーん、じゃあやっぱりフェミニズムって必要ですよね?というある種の背理的証明だ。

さて、終始軽妙洒脱なトーンでマッチョイズムを笑い飛ばす本作だが、「男は絶対悪」的なミサンドリーあるいは性別原罪論的な結論からは明確に距離を置き、あくまでその時空間における権力が差別を生み出すことを強調している点が倫理的だ。事件終結後、バービーランドの大統領がポストを欲しがるケンたちに笑いながら下位ポストを任命するくだりがいい例だろう。彼女が男たちの処遇を決定できることの背後には、言わずもがな権力の勾配が関係している(たぶん大統領はそれも理解した上で意趣返し的にそう言っただけだろうけど)。

最終的にバービーランドをめぐる男女問題は二元論の領域を超越し、「自分とは何か」という自己存在への問いに行き着く。安易といえば安易だが、現時点での大衆の思想的深度を鑑みれば妥当な落とし所だといえる。実際、男・女という色眼鏡が完全に無効化された世界では、多くの人々が終盤のバービーと同じような自己存在の問いに否が応でも直面することになるだろう。「男であること・女であること」以外に自己を定立できる何かを持っていない人というのは悲しいことに割と多い。

ラストシーンの一言についてバービーの妊娠の示唆であるなどという愚考が一部で流布しているようだが、どう考えても違うと思う。長い存在不安のトンネルを抜けたバービーによる初めての自由意志が「人間になること」であることを考えてみれば、婦人科に行くことは、自分が人間の女になったこと、すなわち自由意志が無事に果たされたことの確認作業であることは容易にわかる。

映像に関して言えば、こちらも物語同様に、フォード、コッポラ、キューブリック、アンダーソンといった往年の男性監督によって積み上げられてきた「映画史」を好き勝手に拝借することでそれらを小気味よくアップデートしようという知的さと大胆さが感じられた。とはいえそうした「技巧の意図的な模倣」が最終的に「映画史」を上塗りできるほどの映像的パワーへと結実しているかと言われれば首肯しがたい。冒頭の救急車が開くシーンやマテル社最上階の重役会議シーンでは明らかにキューブリック的なシンメトリー構図が散見されたが、それに比べると終盤の会話主体のパートは画面に動きが乏しくやや退屈だった。

映像における技巧の模倣が「男の言うことを聞くフリをする」面従腹背的なソリューションでバービーランドを男たちから奪還するという物語構造と同期していることは自明だが、映像に関してはそれが達成をみていないのではないかというのが正直な所感だ。

因果