「騙される快感を味わえる快作だが、「ご都合主義」も気になってしまう」告白、あるいは完璧な弁護 tomatoさんの映画レビュー(感想・評価)
騙される快感を味わえる快作だが、「ご都合主義」も気になってしまう
密室殺人と、山道での交通事故の真相が、殺人事件の容疑者の告白と、弁護士の推理により、徐々に明らかになっていく展開にグイグイと引き込まれ、一瞬たりとも気を緩めることができない。
特に、1つの事実を、それを語る者の主観の違いにより、まったく異なる出来事として描く手法は、「分かったと思ったことが、益々分からなくなる」という効果を上げており、所謂「羅生門」ものの成功例と言えるのではないだろうか。
観ている間は、騙されることの快感を存分に味わえる快作なのだが、その一方で、エンドロールを眺めているうちに、疑問に感じることが湧き上がってくる。
まず、なぜ、殺人現場を「密室」にする必要があったのか?真犯人にとっては、むしろ、別に犯人がいたように見せ掛けた方がよかったのではないか?どうして、わざわざ自分を窮地に追い込むようなことをしたのだろうか?
また、壁に貼ってある写真一枚で、車が沈んでいる場所をピンポイントで特定してしまうことにも、今一つ説得力がない。対岸に写っている点のような建物を、今いる別荘であると認識することには、やはり無理がある。
極めつけは、犯人は、自ら銃創を負っただけで、なぜ、すべての真実を知っている人物を殺さなかったのか?たとえ殺人未遂犯でも、彼女が証言すれば、それを否定するために相当の労力が必要になるはずである。だったら、口封じのために、正当防衛に見せかけて彼女を殺すというのが、あの時点での、犯人にとっての最善策だったはずである。あれほど頭の切れる犯人が、そうしなかったことが、逆に、不自然に思えてしまった。
それまでは、あまり気にならなかった「ご都合主義」に、最後の最後に引っ掛かってしまったのは残念としか言いようがない。