「実年齢の役柄を演じたリーヌ・ルノーに脱帽」パリタクシー 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
実年齢の役柄を演じたリーヌ・ルノーに脱帽
ダニー・ブーン演じるシャルルは、低賃金・長時間労働で家族と過ごす時間も取れないタクシードライバー。この辺りの事情は、フランスも日本とも変わらないようで、彼はかなりやさぐれていている。そんなシャルルが乗せたのは、リーヌ・ルノー演じる御年92歳のマドレーヌ。彼女は身体の自由が利かなくなってきたことから、自宅の一軒家を引き払ってパリの反対側に位置する老人ホームに入るためにタクシーに乗る。そんなシャルルとマドレーヌのお話でした。
シーンの多くはタクシー車内での2人の会話と、マドレーヌの回想シーンで構成されていました。彼女の驚くべき体験は、子供時代から順を追って語られていき、所縁のある場所にタクシーが立ち寄ることで、過去と現代が立体的に繋がるように仕上がっていたのは見事でした。
戦争でナチに父を殺されたこと、解放軍たるアメリカ軍の軍人とひと時の恋に落ちたこと、アメリカ軍人との間に出来た子供を連れてDV男と結婚してしまったこと、その男のシンボルをバーナーで焼いたこと、そしてその罪で禁固25年に処されたこと(模範囚だったことで13年で釈放)など、まさに激動の人生を語るマドレーヌの話を聞き、やさぐれていたシャルルも我々観客も彼女に魅せられていく。そしてドライブの最後は高級レストランでのディナー。ここまで来ると2人はもはや恋人同士以上の関係になっているようでした。そしてラストは突然のマドレーヌの死とともに、シャルルはプレゼントを受け取るというもの。この辺りはお話の途中から薄々予想出来る展開でしたが、それですら久々に号泣してしまいました。それくらい、わずか1日のドライブで出来た2人の絆に感情移入できる作品でした。
ストーリーの本筋と離れて強調されていたことは、マドレーヌが夫からDVを受けていた1950年代は、女性の権利が大幅に制限されていたということ。一例として挙げられていたのは、銀行預金を作るのですら、夫の許可が必要だったというのだから、いくら何でもという感じでした。そういえば昨年上映された同じフランス映画「あのこと」でも、1960年代になってすら人工妊娠中絶が認められていなかったことが描かれていました。戦後を回想する現代フランス映画において、かつて女性の権利が大幅に制限されていたことがいろいろな角度から描かれてるところを観ると、実は現代においてもそうした問題が残っているんじゃないかと想像を巡らせたところでした。(G7参加国で唯一夫婦別姓を認めていない日本も他人事ではないでしょうが。。。)
あと驚いたのが、マドレーヌを演じたリーヌ・ルノーの年齢。劇中92歳という設定でしたが、調べてみると1928年生まれなので、当年取って94歳。つまり劇中の年齢は実年齢だったという訳です。いや~、あの貫禄ある演技は、本物の年輪から来るものだったのかと、舌を巻きました。
そんな訳で、涙を誘うお決まりのストーリーというベタな展開ではありましたが、それをフランスらしい軽妙洒脱なユーモアを交え、そして何よりリーヌ・ルノーの愛すべき演技にやられてしまったので、評価は文句なしの★5とします!