「バカモンだらけの世の中だけど、ハートの大きな幸せがある」オットーという男 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
バカモンだらけの世の中だけど、ハートの大きな幸せがある
私も一人でいる事は嫌いじゃない。大抵映画は一人で観に行くし、その帰り一人外食もよくする。何より、小面倒な人間関係と無縁。自由に伸び伸びと過ごせる。
しかし、ずっと一人で居ると、さすがに退屈してくる。そんな時は親しい友人らと会食したり、そういうのも好き。
と言うか、そう言っている時点で私は一人で居るより人との交流や繋がりの方を欲しているのかもしれない。
結局、人ってそう。たった一人では生きられない。必ず誰かしらと交流や繋がりを望む。
殊に、人嫌いや人を寄せ付けない人こそ、実は本当は人との関係を望んでいる。
この映画の主人公もそう。
オットー・アンダーソン。
初老の男性で、町一番の嫌われ者。偏屈、堅物。口から出る言葉は友好的な言葉よりもまず、相手を不快にさせる言葉。
毎日町をパトロール。挨拶されても返さない。車の停車位置にいちいちクレーム。野良猫にだって八つ当たり。
スーパーでロープを購入。5フィート分の料金と6フィート分の料金を巡って、あーだこーだ。
何かと言うと説教やお小言しか言わない。私はしつこい性格の人が嫌いなので、ご近所にこんな人居たらお近づきになりたくない。
スーパーで購入したロープ。ただの何気ない買い物かと思ったら、ある事に使おうとしていた…。
長年勤めていた会社を定年退職。
さらに半年前に、学校の教師だった最愛の奥さんを亡くしたばかり。
人嫌いのオットーが唯一愛した人を亡くしたのだから、そのショックと悲しみと喪失感は埋めようがない。
生きる気力も亡くし、自殺を…。その為のロープ。
でも、これから死のうって人が料金にいちゃもん付けたりする…?
遂に首を括った時、窓から見える酷い駐車をしようとする車にまたまた勘弁ならない。
って言うか、これから死のうって人が他人の駐車を気にする…?
ひょっとしたら、本当はまだ死にたくないって気持ちがそうさせてるのかも…?
自殺は上手くいかない。天国の奥さんがまだダメって止めたのかも…?
あなたにはこれから、素敵な出会いが待っているのよ。
偏屈オットーに、思いもしなかった出会いや交流が…。
偏屈な主人公が周囲との交流によって…。
よくある話っちゃあよくある話である。想定内以上の事は起きない。予定調和で目新しさもない。
でも、時々そういうのがいいんだよね。
2015年のスウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』のハリウッドリメイク。
こういうのは万国共通。皆、好きなんだよね。
でも、それをしっかりと魅せてくれる人が居ないと。
さすがのトム・ハンクス。開幕からの仏頂面でいきなり笑わせてくれる。
ユーモアやコミカルはお手の物。勿論ただそれだけじゃなく、偏屈性格の凝った演技、悲哀も滲ませる。
やっぱりこの人は、映画界の至宝だとつくづく思わせてくれる。
オットーのご近所に越してきたのが、メキシコ系の一家。
夫トミー、妻マリソル、アビーとルナの娘二人。
早速車の停車でオットーの洗礼。
うわ…、ヤな所に越してきちゃったな…と思ったか否か、とにかくこのファミリー、特に奥さんのマリソルが陽気。
どんなにオットーが嫌み言っても全くへこたれない所か、動じない。
寧ろこの町一番の嫌われ者に、こちらからアピール。
そんな事がきっかけで、ご近所付き合いが続く事に。
夫婦で外出の時、娘二人のシッターを頼む。娘二人も何だか懐いているよう。
本当に人嫌いの人にこんなにフレンドリーに接する…?
この一家は町の人々と違って、オットーに対し先入観が無い。
だからこういう人と割り切って接する事が出来る。この一家にしてみれば、オットーは確かに頑固だけど、普通の人と変わりないおじさんなのかもしれない。
実際、そうなのだ。
マリソルとその家族。
ちょっとウザい近所の男。
ある事がきっかけで仲が拗れた旧友夫婦。
妻の元教え子のトランスジェンダー。
それから、可愛い子猫ちゃん。
不思議とオットーの周りに、人が集まってくる。
人嫌いで人を寄せ付けないようにしているのに。寧ろ、人を惹き付ける。
駅のホームから線路へ倒れ落ちた人を救出。周りが助ける所かスマホで撮影する中、咄嗟に。
離れて暮らす息子によって介護施設に入れられようとしている旧友夫婦。悪徳不動産会社が立ち退きを勧告。ひょんな縁や協力あって、不正を暴く。
偏屈であってもなくとも、我々にこれらの事が出来るか…? オットーは正しいと思った事は自分を信じてやる。善人以外の何者でもない。
本当に嫌われている人だったらそんな行動しないし、人が寄って来ない。
皆、本当は知っているのだ。オットーは本当はいい人。そんな彼を、皆好き。
そして何度も何度も思い出すは、妻との思い出。
死のうと決め実行に移そうとしたのは一度や二度じゃない。
でもその度に、決まって思い出が甦る。待ったを掛けるかのように。
君には会いたい。でも、まだ死ねない。
オットーの心の中で、そんな思いが強くなってくる。
バカモンだらけの世の中だけど…。
人に愛され、奥さんを愛す。
人嫌いの偏屈は孤独を隠そうとしていただけ。
人一倍、人との繋がりや思いを大切にしている。それが、オットーという男なのだ。
若い頃、ある病気が原因で軍から入隊拒否。
今また、その病気が身体を蝕もうとしている。
深刻な事態だが、その病名を聞いて、マリソルだけじゃなく見てるこちらもつい笑いがこぼれてしまった。
肥大型心筋症。
つまり、人より“心臓(ハート)”が大きい。
落語のオチかよ!(笑)
でも結局、これが原因で…。
本作が“オットーという男”というオットーの本当の人柄や人との交流を描いた作品だったら、ドライブ出発のシーンでハッピーエンドで終わって良かった筈だ。
が、オットーの死まで描く。若かりし頃や奥さんとの出会い、愛と幸せの日々、思わぬ事故、先立たれ偏屈になってしまった今、死のうとした時思わぬ出会い、周囲との交流、そして人生を終えた。
本作は“嫌われオットーの一生”とでも言うべき、本当は愛し愛されたオットーの人生ドラマでもあったのだ。
バカモンだらけの世の中だけど、幸せはある。ハートの大きな。