君たちはどう生きるかのレビュー・感想・評価
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よくわからないと評判を聞いていたから期待を低くしていたけど、良いも...
よくわからないと評判を聞いていたから期待を低くしていたけど、良いものをみたという気分。
まず、人間の動かし方や表現の仕方、音の出し方、静物の雰囲気、一枚一枚綿密に作られた背景から、宮崎駿のアニメ表現を見れただけでも感動があったし、石が出てきたあたりからSF的な人類的な視座にも到達したし、さまざまな場面でこれまでの作品の自身によるオマージュが散見され、色々な意味で集大成を感じた。
映画の内容自体については、そもそも何か目的(感動とか社会問題とか)があるような映画ではなく、彼が「世界」から要請を受けて描かざるを得なくなり、そうして描かれた世界を観ているのだという風な凄みを感じた。細かく意味や論理を捉まえにいこうとすると何も与えてくれない。1人の人間が頭で考えて拵えられるようには思えないほど、描かれた世界自体に統一性がある。もしかしたら書いている方も突き詰めることなしに直観的に感じ取ったものが、映画の中の世界に作り上げられ、それを総体としてこちらも受け取るべきものなのだろう。セキセイインコが幅を広げるけどペリカンはワラワラを食べることしかできない世界が不思議とリアルに感じられて成立している。だから、論理が一つ一つ積み上がってストーリーを追うものではなく、一つの世界を直に感じるというタイプの映画鑑賞であったし、何かわかりやすいストーリーがある映画よりも直接存在に働きかけてくれるような滋味があった。といっても、そもそもそこまでストーリーが崩壊しているわけでもなく、およそ三つくらいに分かれているパートがそれぞれの中で筋をもっていたし、彼の表現技術も相まって退屈になることはなく、訳がわからず時間が過ぎるのを待つ映画鑑賞にはならなかった。
ただどういうストーリーだったかと聞かれたら、曖昧に答えることしかできないけれども。
え?これ何?
君たちはどう生きるか、という小説ファンで
その実写化と勘違い。いつになったらコペルくん出てくる?優しいおじさんは?とか思いながらみたからダメだったの⁇
いやー、なんじゃこりゃ?
少年、ペリカン大量に飛ぶ
火の中から少女?なぞのじいさん、後妻、キムタクの声のパパ、ばあちゃんたちなんかお人形になってる
謎のご先祖、どうした?
ところどころ寝てしまいました集中力がもたなかった。
引きこまれる
始まってすぐ、話に引きこまれるのは作り方がうまいんでしょうね。
今までのジブリ映画のオマージュのようなシーンが続きます。狙っているのか、偶然なのか、意図があるのかないのか、わかりませんがそんなところにも引きこまれていきます。
少年または心が少年の男性がヒロインを助るのが宮崎アニメだと思っている僕からすると、かなり楽しめました。
助ける女の子は母親と義母なんですが、かわいい女の子と美人なのでいいでしょう笑
相変わらず声優ではなく俳優を使っているのですが、棒読みの人がいなかったので、俳優の顔がちらつかなかったのもう良かったです。若干一名そうではない配役もあったのが残念です。
ファンタジー
君たちはどう生きるのかの原作とは全く関係のないファンタジーでした。
見終わったあとに何が言いたかったのかがわからずにモヤモヤしましたが、ここで皆さんの口コミを読んでやっとスッキリ納得できました(笑)
本を読みすぎて頭がおかしくなったと言っているシーンがあり、子供には見せたくないな〜と思いました。やっぱり本は読んだ方がいいと思うので。
宮﨑駿の決意?
映画としては異世界往還物
現実世界から異世界に行って帰ってくる。
なので話の構成としては千と千尋の神隠しに近い?かなと思います。
ストーリーは難解、意味がわからないというレビューが多く見られますが、個人的な感想として実世界での出来事も含め、ずっと夢の中みたいだなーという感じでした。
夢の中の出来事って、辻褄が合わないし、一貫性がなかったり唐突にシーンが切り替わったりしますよね?全編通してそんな感じ。
まぁなので意味がわからないよ!となるよりは、あ、これ今僕は夢を見てるんだなぁという感じで見てました。
最終的には夢だけど夢じゃなかった!って事なのねと1人納得しました。
映像は綺麗だし、過去のジブリ作を見てるような既視感が度々あります。特に冒頭のシーンの映像は息を呑んで見ていました。
宮﨑駿はここ数作出来上がるたびに、引退をするとの発言をしていましたが、それは飲みすぎた翌日に思う「もう酒なんて飲まん」って言う決意に似たものと、やり切ったことによるもう死んでもいいなって感情のミックスを感じてるんだろうなと個人的には解釈しています。
ただ、ここに来てやりたい事書きたい事残したい事がいっぱい出てきたんだなという印象。それを全部詰め込んだ結果がとっ散らかってるように感じる要因なのかも。
終盤の大叔父との会話を含めた抽象的なシーンは宮﨑駿の中では具体的な話があるけれど、具体的に話すと対象が限定されてしまうから、僕ら全員に向けて言うためにあえて抽象的にしてるんだろうなと感じました。
そしてなぜかわからないけど、視聴後にとても充足感を感じました。その充足感の理由を知りたいのでもう一度見に行きたいです。
兎にも角にも、歳をとり何するにも億劫になっているであろう年齢の方が多い中、もう一度やろうと決めた宮﨑駿の決意と意地に感謝です。
見直すと映画本編よりとっ散らかった文章になってしまっているけど、このまま投稿します。
この世は幻覚。皆が死んでいる。しかし・・・
船の上でサラッとキリコが眞人に示したコメントが心に残った。「(見えるもの)全てが幻覚だ」「ほとんどが死んでいる人達の世界だ」といった内容だったと記憶しています。それほど不確かな世界に生きないといけない現代社会だが、あなたはどうする?というメッセージと受け取った。積み木のように危うい未来が待っているのか。未だ戦争が終わらない不条理だらけだ。しかし、そのような不安を一瞬でも忘れさせてくれるような映像美の連続だった。「勇気を持って君だけの扉を開け」という事かも知れない。ありがとうございます(身震いと涙)。
宮崎駿とは?(やっと観に行けた)
冒頭の病院における火災事件。
悲しみ、喪失感こそが、この映画の底流なのだと、観るものに告げる。
そしてそれとは裏腹にコミカルで愛すべきキャラクターたち。7人のお婆ちゃんたち、青鷺。
幻想的な魔法ファンタジー要素。意味も分からない設定もままあるが、随所に宮崎駿の画力が踊る。
そんで母親のフラッシュバックシーンでまた涙。
あっという間の2時間でした。
観た後に友達と話し合いたい映画って良いよね。
以下、考察。
今回は少年が主人公だなと思っていると、
どうやら宮崎駿の少年時代の話らしい。
少年が笑顔を見せることはほとんどはない。
「風立ちぬ」に続いて飛行機•戦車などへの憧れと矛盾を産むことになる原風景が描かれている。
自我が芽生えてからの宮崎駿という人は、
多くの日本人と同じく戦後民主主義を吸収していくが、自己への批判のあまり生きる希望を失っていく。また、母親との関係に複雑なものを抱えていたようだ。宮崎駿作品の主人公たちは母親への愛情に飢えている。その辺の詳細は勉強不足だが、この映画を深く知るには彼についての考察がより必要である。逆に言うとこの映画がよく分からないのは、一つは宮崎駿自身の個人的体験、作家性、が集大成的に描かれているからである。年齢的なものの影響もあるだろう。
「戦争」「歴史」「家族」「愛」など大きなテーマに沿ってテキストの自由な議論もいいが、監督の思想と表現の「癖」を参考にした方が、多くの発見がありそうである。映画体験とは監督を知ることに他ならないのだから。
子供には伝わらない作品…
初めて子供を連れてのジブリ映画でした。今思えばキチンと口コミを見てから行くべきだったと後悔…。期待とは裏腹に子供には退屈な時間を過ごさせてしまった。
物語の始まりは空襲警報から始まる…
母の病院が火事になり、心配になり母を追いかける息子。戦争の恐さが伝わってくる。母を亡くした父親は再婚相手に、母の妹を選んで母を亡くして悲しい息子の手を取りお腹に手を当てさせて子供がいるのと言うシーンにはびっくりした。今の世の中の情勢を伝えたかったのか?複雑な息子の気持ちが描かれていて切なかった。物語の1時間はずっとこの息子の暗いシーンやベットで過ごしたり静かな内容で退屈に感じた。息子がいじめられてそれを隠す為に自分の頭を石で殴って血だらけになったりと、少し残酷でかわいそうで怖いシーンもあり、見ていてあまりいい気持ちはしなかった。隣で見ていた子供も、見なきゃよかった。怖い。つまらない。と言った様子で最後までおだてるのが大変だった。
物語は後半で一気に畳み掛けた感じ。生と死の世界を行き来するシーンはつなぎ方が淡々と進んで行くのも変に感じた。もっとアオサギと子供の頃の母とのストーリが見たかった。とくに、期待していたわらわらのシーンは癒された。のに、登場している女性のツンとした表情や言葉遣いに違和感を感じてなんでもっと優しい人は出てこないんだろう。皆、息子に対して冷たいなと感じた。
アオサギが息子と仲良くなって相棒になったシーンでやっとホットして見ていられるようになった。カラフルなインコ達のシーンは可愛かった。後半は子供も喜んで見ていられた。やっとジブリらしくなってきたなと思ったらまた暗い難しい内容に戻って、あっけなく終わった。
何を伝えたかったのかを考えながら見ないと、あっという間に終る映画でした。
石を築いていってほしいというシーンでは石と意志を掛けてるのかなと思った。血をひくものは後継者にならなければならないと昔ながらの考えで少しうんざりしたが、息子は受け継がず元の世界へ帰ると選択したのが何か清々しくも感じた。これは宮崎監督の後継者を描いてるのかな?心の中はこんなモヤモヤしてるのかな?と私には伝わりました。
伝わったのは命の大切さ。産まれてくる命はそう簡単には産まれてこないよ。産まれるまで色んな困難を乗り越えて産まれてくる。今この瞬間をどう生きるのか。ストレートに題名がラストを締めくくったストーリー。さて、私も子供とどんな人生を生きようか考えさせられた大人向けの映画でもあった。宮崎監督自身も、どう生きようか映画で私達に問いかけてるのかなとも思った。
鳥はどのように世界を支配するか。
どういうことが言いたかったのかよく分からなかったが、とにかく鳥だった。亡くなった母への思いや新しい家庭、環境への反発からの解放が描かれているのかなと思うが、難しかった。青サギの菅田将暉は素晴らしかった。
過去から引き継いだこの世界の調和を作るのはあなた自身だ。あなたはどう生きるか。
メッセージとしてはおそらくシンプルで、この世界は太古から現在まで、卵子から大人まで、先祖から子孫まで、無数の生命の連鎖で紡がれており、色んな生物や人が絶妙なバランスをとって成り立っている、その調和を維持するのはあなた自身だ、というものかと思います。戦争の時代から始まるのも、その調和(平和)を乱していたことの象徴なのでしょう。
そしてそのシンプルなメッセージが、宮崎駿、ジブリ映画ならではの世界観で描かれてています。
本作をみていると、過去のジブリ作品の要素も随所随所に見られるのですが、それも敢えて「過去の作品があってこその今」という表現のためなのかなと思ったのはかんがえすぎでしょうか。
観なくていいと言うのは待って欲しい
「この世は生きるに値する」がメッセージなんだと思いました。
つまらなかったと言うのはいいと思うのですが、他の人に観なくていいと言うのは待って欲しい。
この映画で救われる人はいると思います。
私もその一人です。
貴方が生まれた意味はあるんだよ、と言われることが必要な人に一人でも多く届いて欲しいです。
命のバトンリレーと血縁者の大掛かりな仕事の後継者選定、時間を超越する為のリアルと並走しているファンタジー。ジブリの今ソノモノ。
誰だってこの映画を初見だけで理解するには難しいのかもしれない、しかし当初から情報を伏せられていて正解だったのかもしれない、広告や宣伝費を払っていたらジブリは間違いなく大赤字だっただろうから。
となりのトトロや火垂るの墓の同時上映を幼稚園児頃に見た世代として、今回の君たちはどう生きるか、は主人公だけでなく、主人公の母も後妻になる母の妹も、それぞれ葛藤があるのが話を難しくしているのだと思います。所々に飛行機製造工場の父のキャノピーを見て美しいと発言したり、前作の風たちぬの匂いも感じました。しかし、アオサギを通じてこの映画は東京空襲で焼け死んだ母親と異世界で年齢を超えて巡り会う物語でもあります。大叔父と言われる人物から異世界の管理者として後継を頼まれ、それを他のインコ王に阻害され、各々の現実世界へ帰る有様は、まるでタツノコプロダクションの終焉、名前通りに皆が育って巣立ちしていった様子をスタジオジブリに重ねて見えてしまいました。
宮崎駿の映画の世界観はコクリコ坂辺りから、WW2前後に軸足を置いているように感じます。もちろんSFでもファンタジーでも面白い映画なら好きに作って欲しいと思う一方で、今回の君たちはどう生きるか、これはジブリの崩壊を見ているような気分になりました。
弟子であった、他の監督達が作るアニメーションの方が面白いと感じるのは何故なのでしょうか。
言論の自由などない時代に書かれた書籍、時代に迎合しない
とにかく、景色が美しい。若干わかり難いストーリーだとは思うが、時系列も生死も越えた世界、
古事記のような多重構造の世界。日本人にとってはそんなに難しく無いと思う。君たち…を送られ、読み終え、母からのメッセージ"どういきるか?"に宮嵜駿の幼少期がかさなる真人が応える
読みごたえがある作品、こんな映画を待っていた。
不思議な世界
ネタバレはなにもしたくなく、公開されても映画を見るまでなにも情報が入ってこないようにしていました。
好き嫌いは分かれると聞いていたが、映画だしそんなの当たり前。
ジブリが大好きだから期待はすごくしていたけど、少しだけそれを抑えて映画館に行きました。
最初が少し長いな?と思ってしまいました。
もっとアオサギとの友情を描いてもいいのでは?と思ったり、眞人の性格なのか、ジブリで感じる丁寧さが少しなかった気がする。
もっと後半の部分の詳細が知りたかったし、これは?ん?と、思うこともあり。
ただアオサギはジブリらしいキャラクターで、とても好きになりました。
また生と死の世界のようでしたが、大叔父様?はなぜヒミを主?にしなかったのか?と少しフェミニストな考えもあったり。
少し反抗的な年頃の男の子には辛い家族が変わることや、学校で馴染めないこと、嘘を親につくこと。
そんなことをしていた彼が映画を通して夏子さんを助けに行くのは少し大人になった瞬間なのかな?
ただやはり謎は多い…
みなさんのレビューをみてみたいと思います。
どの立ち位置で観るかで評価は分かれそう
主人公の母親が入院している病院が火事になり亡くなる。しかし、父親(実業家・恐らく娘婿)と疎開すると、疎開先には母親の妹が…。
しかも、妹(主人公の叔母)は既に妊娠しているという中々ハードなスタート。
確かに、細部にわたる拘りの描写は宮崎アニメだしジブリ作品だが、主人公はヒーローでもヒロインでも無く、1本筋が通った部分が無いので、ストリーが見えにくくわかりにくい感じ。
一切の事前情報が無い。と言うのはスラムダンクの手法だが、あちらはバスケのスポ根という揺るぎないモノがあるので成功しただろうが、宮崎監督の考えに追い付けないと楽しめないと思う。(私もその一人だった)
結局、最後に残ったのは木村佳乃の声だけだった…。
難しいような難しくないような
物語を理解できるか不安を感じながら観に行きましたが、そこまで難解というわけではなかったかなと…
親(先代)から受け継いだ道を選ぶのも1つ、自分で道を作るのも1つ…
色々詰め込まれていて、ハテナ感はありました。
マイナス点として100分くらいの尺に収められなかったかなと。
中盤に間延び感があり、やや退屈しました。
序盤では誰にも心を開けず母を失った寂しさを1人抱えるだけだった眞人が、最後には「現実世界で友人を作る道」を即選んだのには少し驚きました。
新しい母親を受け入れられないながらも、頑なに一緒に帰ろうとする姿から誠実さが溢れていて、彼なら良い世界を作るだろうなと感じました。
自分もとても善意だけでできた人間ではなく、悪意があって嘘もつきます。
それをちゃんと自覚し、認めながらもブレない芯を持って生きていきたいと思いました。
宮崎監督の自叙伝として拝見しました
ラピュタ、トトロ、もののけ、ポニョ。
次々と宮崎ワールドを構成する過去の作品が紹介される。そしてこの世界の創造主、宮崎さんは最上階でこの世界(ジブリ)を維持する後継者を探したが見つからない、という。
インコ王が、我こそはと申し出るが、才能がなく維持できない。
ジブリの後継者を名乗る連中は皆、思慮が足りないこんな凡人ばかり、と監督は呆れる。
監督なき後、もうジブリは維持できない。塔(ジブリ)の中で暮らしてきた多くの人達(観客含)に対して、ジブリ無き後、「君たちはどう生きるか」と問いかけると共に、「僕(宮崎監督)はこう生きた。では君たちは?」と、問うているような気がした。
関係者皆へ挨拶をする本作は、本当に最後かもしれない。
「失われたものたちの本」との比較を中心に
ジョン・コナリーの「失われたものたちの本」についてのネタバレを多く含むのでネタバレを見たくないかたはご注意を。「失われたものたちの本」を読んだので二度目の鑑賞。
「君たちはどう生きるか」と、「失われたものたちの本」の共通点はまず、主人公が母を失った少年という点。そして、母の死後比較的早い段階で父は新しい妻を迎え、その妻は身ごもるというところ。「失われた」のほうも空襲からの疎開の意図で、少年デイヴィッドは新しい母の所有する古く広い屋敷に住むことになり、そこには沈床園という庭園があり防空壕になるような暗い隙間があり、「助けて」という母の声に呼ばれるように不思議な世界に入り込んでいく。また、時には誘い時には助ける「ねじくれ男」が屋敷に侵入したとき「カササギ」に入れ替わっており、鳥も登場していることも共通点といえる。しかも「サギ」。
他にも細かい共通点、そして相違点もいろいろある。塔の中に入ってからの展開についてはかなりオリジナル色が強いのだけど、眞人の抱える辛さ、孤独、そして塔にはいる動機など、あとは大まかな世界観は近いものがあるなと思う。
面白いのは「失われた」のほうの凶悪な存在は狼ということ。そしてそのリーダーはインコ大王のごとく直立歩行し服を着て宝石で飾り立ててるリロイ。彼の振る舞いが、王国の運命を変えるという点はよく似ている。なぜ狼ではなくインコなのかというのは一つのポイントだと思っている。
大伯父は、「失われた」では新しい母ローズの父の兄で要するにローズから見て伯父にあたる。伯父のジョナサンは家に引き取られた幼い女の子と共に行方不明になるのだが、それは結局ジョナサンの悪意が巻き起こした悲劇で、ジョナサンは王として君臨し続けるという運命を負わされる。そしてジョナサンの後継者として誘われたのがデイヴィッド、彼も弟を疎ましく思い怒りや悲しみを昇華できずに苦しんでいる。こういった子供たちを誘惑する存在が、ねじくれ男であり、この位置づけや描き方が個人的に最も興味深く感じた。
「失われた」でのねじくれ男は、正真正銘の悪でしかない。しかし、アオサギは違う。敵対もし「心臓を食う」などという(これはねじくれ男のする行為)が、最終的に彼らは助け合い、友とすら感じ合う関係となる。インコもペリカンも邪悪にも描かれながら救われていく、大王すら。この勧善懲悪をこえた世界観こそが、宮崎作品の真骨頂だなと思う。誰しも悪意があり、主人公すらそれを認めるなかで、それでも失敗しても罪をおかしても、救われていく可能性があるんじゃないか。誰しもある悪意だけどそれをうまくやり過ごしたり昇華したり和解したりできるんじゃないかと感じることができる。一度目よくわからなかった夏子が塔に入っていった理由だが、「失われた」になぞらえればあれも彼女の抱える悪意(眞人のことをよく思えない的な?)から呼ばれてしまったんじゃないか。「失われた」ではデイヴィッドが弟の名前をねじくれ男(ルンペルシュティルツキン)に要求されるわけだが、夏子も身ごもった我が子と引き換えに眞人を差し出すことを求められたのかなと思う。だからこそ眞人を守りたい気持ちと差し出したい気持ちとの板挟みであんな態度だったのかなと、己の弱さや狡さと対峙させられた苦悩だったのかもしれないと感じた。
ねじくれ男は世界の真実を語る。確かにそういう面もあるしデイヴィッドはそれを身をもって知ることになる。「失われた」の帯に、宮崎駿の言葉として「僕をしあわせにしてくれた本、出会えてよかった」と書いてあるが、これに救われるとは相当の闇を抱えていたんじゃないかと思ってしまう。でも、だからこそ、悪意、妬み憤り意地悪な感情などを抱えたからって終わりではなく駄目でもなくて、それを抱えた自分とどうつきあうか、どう生きるかっていうタイトルにしたのかなと感じた。
一度目は気づかなかったけど、眞人が最後に荷造りししまう本の中に一枚の封筒が紛れていた。大事な友だちからの手紙なのかもしれないな、と思った。誰しも抱える闇と、成長のストーリー。豊かなイマジネーションの宮崎ワールドを堪能できた作品。
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