「教育的な映画かな」ウーマン・トーキング 私たちの選択 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
教育的な映画かな
予備知識ゼロで鑑賞。予備知識なしで観るのはよくあることですが、特に本作に関しては相当戸惑いました。もしこれからご覧になる方がいらっしゃるのであれば、若干の情報を入れてから観に行かれる方がいいかなと感じました。ま、予備知識なしで観た方が新鮮な驚きはありますが(笑)
で、全然情報がないままに観始めた訳ですが、初っ端から兎に角謎だらけ。昔のカーナビは性能が悪く、自分が何処を走っているのか分からない状態になることがありましたが、ちょうどそんな感じで、一体この映画はいつの時代の話なのか、何処の国の話なのか、そういった基本的なことが全く掴めない状態で物語が進んでいきます。時代については、携帯電話はおろか、電気も水道もないようなので、当初は19世紀以前の話なのかなと思われました。加えて女性の大半は文字が読めないようで、やはり少なくとも100年以上昔の話だろうと思われたのですが、中盤に差し掛かる辺りで、突然ザ・モンキーズの名曲「デイドリーム・ビリーバー」が響き渡ります。登場人物が外を見るとピックアップトラックが走っていて「2010年の国勢調査です。人数を確認するため、外に出て来て下さい」という大音量のアナウンスが聞こえてきます。ここで予備知識を持たない私のような観客は、「えっ、2010年の話なの?!」と気付くわけです。これが一番の驚きでしたが、現代ではあるけれども、何らかの理由で集団で近代以前の農耕生活をしている人達のお話なんだなということがようやく分かってきます。
ただ場所については最後まで明示されず、鑑賞後に本作の背景を調べるまで謎のママでした。ただ、現代社会にあって、キリスト教の教えを生活のど真ん中に据え、前近代的な生活をする集落ということで、アメリカのアーミッシュの話なのかなと推測されました。
肝心の内容ですが、この正体不明の謎の集落で、幅広い年齢の女性たちが、朝起きると下半身に出血があるという出来事が頻発。最初は被害を訴える女性を、「女達のバカげた想像」として集落を支配する長老らが退けていたのですが、ある時一人の女性がレイプ犯を目撃。その後芋づる式にレイプグループが捕まります。彼らは家畜用の麻酔薬を家に撒き、家族全員を眠らせてから女性をレイプするという実に凶悪な犯罪を行っていたことが判明。普段ならこの集落で起きたことは長老を中心にこの集落内で判断するようなのですが、事が余りにも大きいため、外界の警察に対処を委ねることになりました。そして犯人たちは警察に拘束される訳ですが、この集落を取り仕切る成人男性は、一人を残して犯人たちの保釈を求めて街に行き、男のいない2日間が生まれることになり、この2日間がまさにこの映画の舞台となりました。
女性たちは今後どうするかを、「何もしないで犯人を赦す」、「闘う」、「逃げる」という三択から投票で決めることになります。文字が書けない彼女たちは、選択肢の意味を表した絵を見て投票し、結果「闘う」と「逃げる」が同数となり、それぞれの意見を持つ代表者が話し合いをすることとなります。
この辺になってくると、単に閉鎖社会で抑圧された女性たちの行動を描いただけでなく、まさに民主主義の原点を描いた映画なんだなとなんとなく気付くことに。話し合いは男たちが帰ってくるギリギリまで続けられ、最終的に「逃げる」ことになり、大勢の女性や男の子を含む子供たちが村を去りました。目的地も決めない旅は、何処に辿り着き、彼女たちはどんな生活を送ったのでしょう?そんな余韻を残しつつ、再びデイドリーム・ビリーバーとともにエンドロールが現れました。
映画は終わりましたが、そもそもこの映画の舞台は何処なのか、実話を基にしたものなのか、はたまた完全な創作なのか、そういった疑問を解消すべくググった結果、2005年から2009年にかけて南米ボリビアで実際にあった事件を基にミリアム・トウズという作家が書いた同名の小説が原作であるとのこと。ボリビアの事件というのは、キリスト教の一派であるメノナイトという教派の人々が暮らす集落で、100人以上の女性がレイプされていたものだそうです。作中でも一人の女性が現場を目撃したことから事件が明るみに出ましたが、実際の事件もそのような軌跡を辿って発覚したようです。
メノナイトというのは、元々は16世紀頃の宗教改革の流れの中でドイツやオランダで生まれたキリスト教の一教派で、私の少ない宗教知識でも名前だけは知っていたアーミッシュは、このメノナイトから分派した教派だそうです。いずれも当時の生活様式を出来るだけ受け継いで生活しているようで、カナダからボリビアに渡ったメノナイトの人々も、本作で描かれたような生活を現在も送っているようです。原作者のミリアム・トウズは、メノナイトの元信者とのことで、教派を抜けてからこの事件を取材して小説にしたそうです。因みに映画の中では保釈されたらしい犯人たちですが、実際には懲役刑に服したとのことでした。
以上、出演者の大半は女性で、藁小屋の中で行われる話し合いの場面がずっと続く映画であり、何せ電灯もない中なので非常に暗く、アクションもありません。そのため、退屈と言えば退屈ですが、テーマ的には興味深いと言えば興味深い作品でした。
宗教で結ばれた閉鎖社会での出来事なので、中々自分の実生活と比較して考えることは難しい部分もありましたが、「会社」という閉鎖社会で、一部の人間だけが好き勝手に振る舞い、パワハラやセクハラがあっても不問に付されるようなことは日本でも良くある話。そんな状況で被害者がどう振舞うのかということに置き換えれば、結構身近なテーマだとも考えられました。
また、民主主義というのは、単に投票による数だけで決めるべきものではなく、賛成派、反対派双方が話し合いで妥協点や第三の道を見つけていくものであるということも、改めて教えられた気がしました。
そんな訳で、娯楽映画というよりは、いろいろと調べたり考えさせてくれたという意味で教育映画に近い感じでしたが、その過程を含めて評価は★4としたいと思います。