きみの色のレビュー・感想・評価
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期待はずれ。ただのよくあるくだらん青春もの。
人の色が見えるというストーリーが楽しそうなので劇場で鑑賞したが、
色が見える描写が少ない。表現の仕方が薄っぺらい。そしてやっと「何色だ」と言ったと思ったら対してそこに深い意味はなかった。
一体何が言いたい映画なのだ。
バンドの男の子がもう思春期のいい歳なのに、女の子に対して距離感近くてなんか天然すけこましで普通に気持ち悪い。
そして髪をちゃんと切れ。
あと主人公の女の子が微妙に太ってるのがなんか嫌だった。
ぽっちゃりの天然はなんか腹立つからやめた方がいい。
主人公が細くてスタイル良かったらまたちょっと違ってただろうに。
全体的にそこらへんの中身のないほのぼの青春アニメ系で、劇場料金で観る価値はなかったかもしれん。。
変えられないものに折り合いを付けていく
予告の曲で一気に引き込まれ、前々から気になってはいたものの滑り込みの鑑賞になってしまった。良い意味で期待通り、なおかつ想定していた展開と違い少し驚いた。
悩みを抱えた少年少女3人の物語といえば必ずと言っていいほど心の沈む展開があるが、この作品にはそれがなくとても優しい物語だった。僅かばかりの人物らの心の痛みは秘密を抱える辛さを柔らかく伝えてくれる。
秘密を抱え込んでしまう人たちの背中を優しく押してくれるような作品でとても心が温かくなった。
秘密を抱えていると、どうしても心も抱えるものも重くなっていくもので…吐き出してしまえば思っていたより周りの反応は優しかった、なんてことは現実でもままあること。
本作は変えられないものとどう向き合っていくかを大きなテーマとして掲げているように感じる。
人が色で見えるトツ子の祈り「変えることのできないものについて…」は人の色が見えるという自分の特性を疎ましく思った上での祈りかと考えたが、意外にも前向きに受け入れている様子が見て取れる。
しかしながら自身の特性を内に秘めたまま日常を送るさまは自身と他者の間のギャップを確かに映している。
きみの秘密である中退は、自己評価と他者の評価のギャップによって引き起こされたものだった。祖母に打ち明けられず、負い目を感じながらもなあなあにしながら過ごすさまは、親に言いづらい事を抱えながらもひた隠しにした幼い頃の自身をみているようでむず痒くなった。
ルイの親の期待と自身のやりたいことの板挟みにあいながらもひたすらに自身の音楽の道を一つ一つ、中古屋を巡り、古本屋を巡りと積み上げていく姿はとても眩しく映った。
物語を通してみるとトツ子は自身の特異性、きみは自身の意志、ルイは医者の息子という出自、これらが彼らにとっての変えられないものだろう。
トツ子は秘密の共有を経て、人に合わせ特性を隠す生き方から自身をようやく表に出したことで自分の色が見えるようになったのだと思う。
きみは単純に祖母に自身の気持ちを伝え負い目を乗り越えた。また、ライブ前には友人らの変わらない態度に改めて気づくことがあったのだろう。
ルイは自身の変えられない出自を受け入れながら音楽も楽しむ、初期と変わらないスタンスながらも確実に前を向いている、そんな印象を受けた。
秘密の共有以前以後で行動自体に明確な変化はないが、それでもどこか自己肯定感を持って終わったように感じる。
もとより彼らは最初の一歩を踏み出すという一番大変な行程を終えているようにも思う。トツ子は自身の特性に関しては既に踏ん切りがついている様子、きみは中退というとてつもなく大きな一歩を踏み出したあとだ。ルイは楽器の練度からみて音楽を追うことをやめる気は毛頭ない。しかもバンドを組むという唐突な提案にも踏み出せる勇気もある。最初からある意味で決着はついていた。
ただ、心を軽くするあと一歩、秘密を打ち明けることができていなかっただけなのだ。この心を軽くするための一歩の重要性をこの作品は教えてくれたように感じた。
唯一気になったところはルイくんの万能さだろう。楽器を奏でることは当たり前、勉強も申し分なく医者志望、バンド云々も彼が発端、さらには離島の古教会という雰囲気バッチリな場所の提供。完璧すぎる。トツ子の特異性も彼の前では無力だ。ルイくんの持つガラケーには親の圧力があったのかなどと考えてみたり、抜け道としての勉強用のパソコンという口実を作ったりしたのかな、などと邪推も捗る。イケメン高身長知的メガネ穏やかジョン・コナーなんて属性が盛りすぎもいいとこだ。
変えられないものに時折立ち止まって考えてしまう自分にはとても刺さった映画だった。重い展開を苦手とする自分にはとても受け入れやすい、穏やかな気持ちで観れる今作はとても好みの作品だった。
キリスト教のミッションスクールという舞台も全体の雰囲気に加えて、過ちを犯したあとのシスターのスタンスなど考えさせられるものが多かった。最後のライブシーンのノリノリシスターなんかは「天使にラブソングを」を思い起こさせたがあれはやはり狙っているのだろうか。
近年まれに見る面白くない映画でした。。
映像も音楽も良かった、内容は薄かった
映像が綺麗で、特にとがった癖のある登場人物も出てこないし、
逆境という逆境もなくて気楽にゆったり観れる映画。
でも逆にそれだけ平和なのが無味無臭な仕上がりになってしまっている。
3人のバンドメンバーそれぞれに人に言いにくい悩みがあるのだけど、
人が色で見える子は自分の色が見えないと悩んでいたけど、
見えない事で何が問題なのか解らないし、
察するに幼少時代から人と違う事で軋轢が生じて、
ちょっとした差別やいじめを受けてたのかもと邪推するけど、
劇中で彼女の口からそんな悩みが出される事はなかった。
足が綺麗なギターの子も学校を辞めた理由が全く解らない、
祖母にそのことを知られるのを恐れているのだけが一番の悩みで、
辞めて本当にやりたい事があるとか、神が信じられなくなったとかの理由もなく薄い。
重箱の隅をつつくけど、そもそも生徒が学校辞めるってなったら祖母に連絡が行って当然だと思うんだけど、規律に厳しそうな学校だし。
テルミン男子も医者よりもやりたい事があるのかもしれないけど、
全くそれも語られないし、影が薄い。
でも最後の方は全員スッキリした感じになって学園祭の集大成のバンド演奏。
過剰にキャーキャー盛り上がるわけでもなく、静かに盛り上がる感じで、
曲もシリアスな感じからポップな曲まで幅があって良かった。
でもそこで初めてギターの子がボーカルなんだって知ったぐらいバンド要素も薄い。
結成してたのは知ってたけど気付いたら舞台に上がってた。
思い返すとこの映画結局何が見せたかったのが解らない。
ふわっとした波だけ立てて、最後はバンド演奏で感動したでしょ?って言われた気がしてならない。
最後に自分の色が見えたと言われてもそれが何となってしまう。
もっとおぞましいぐらいの汚い色の人を登場させて、その人との対比で綺麗な色の人の意味を教えてほしかった。
目を引く要素が色々出て来てつまらなくはないのだけど、それに対するアプローチが薄くて物足りなさを凄く感じる映画。
つまらなすぎる。
これまで観た映画の中でも、ワースト3に入るほどのつまらなさでした。まず、この映画を通して何を伝えたいのかが全くわかりません。山田尚子監督作品ということで期待して観に行きましたが、途中で退席したくなるほどでした。時間とお金を返してほしい。
エンドロールを見て、脚本が他の方であったと知り「なるほど」と思いましたが、それでも多くのスタッフが関わっているはずで、誰もこの脚本に対して異議を唱えなかったのかと疑問が残ります。
主人公の言動が終始理解不能なうえ、例えばキミの高校を辞めた本当の理由が不明のままであったり、男の子が医学部進学を目指していてそれが音楽の足枷になっているのかと思いきやそうではなかったりと、それぞれの悩みやキャラクターの個性が薄いまま、全く物語がいきいきとしていません。悩みを乗り越える描写もなく、キャラクター設定が浅すぎて感情移入ができず、途中で眠くなりました。
また、長崎の美しい風景を描きたかったのかもしれませんが、キリスト教系女子校の設定が映画の内容に意味を持たせず、主人公の「他人の色が見える」という設定も全く活かされていません。恋愛、進路、友情など多感な時期の要素を詰め込みすぎた結果、どれも中途半端に終わってしまい、映画として大失敗しています。むしろ意味不明なシーンで無理に尺を引き延ばしているように感じ、観客を侮辱しているのかとさえ思いました。例えば、冒頭から「自分の色が見えない」と繰り返していたのに、最後には何の伏線もなしに突然見えるようになったり、謎のバレエシーンが挿入されたりと、意図の伝わらないシーンで構成されており、途中から笑ってしまうほどです。結局、脚本家の自己満足に終始した作品になっており、作画や声優が良いだけに非常に残念です。
最後に、主人公には「人を色で判断するな」と言いたいですし、もっと寮の友達も大切にするべきではないでしょうか。
優しく平坦であることの良さは理解しつつ低評価
監督のこれまで作られた作品のファンだったのでいち早く劇場へ。
情景や人物描写の美しさは期待以上でした。
特に最後のライブシーンは素晴らしく、劇を締めくくるにあたり、かなり捲り上げた感じがあったように思います。
ですが、私はこの映画を高く評価できませんでした。
その理由をあらすじとともに以下に記載します。
【あらすじ】
主人公のとつこは人物の「色」が見える。つまらなく言ってしまえば共感覚やオーラのようなものだろう。
このことが理由で人とは少し違った世界の見え方をしているため、やや人間関係では不器用なところがある。
そんな中、学校で出会った美しい青色を持つきみに憧れを持ち、訳あってバンドを組むことになり、美しい緑色をもつルイをメンバーに加えて互いの心を自己開示をしながらこっそりと練習をし始める…というのが大筋。
評価できないと感じた点:
①どうしても物語に浅さを感じてしまうこと。
この映画の大切な要素として、悪人が登場しないという点がある。
とつ子の優しさや純真さも相まって、劇中を一貫して事件は大きくは起こらず、微笑ましいシーンの数々も私は楽しめたつもりだ。
一方で、物語としてどうしても起伏に欠ける構成とも言えるように感じた。
きみやルイは親には言えない隠し事があるのだが、物語としてはこの要素が弱く、見るものを引き込むには不十分な仕掛けであるように思う。
要は彼らは周囲や親からの期待に迎合出来ないのだ。
それは思春期に誰もが陥りがちな、一種の通過儀礼であり、この映画は現代の若者の、脆くて過敏な彼らの感受性を監督の視点から描いたものだと解釈した。
私はこの理解の上で、やはりストーリーには起伏が必要であったように思う。
上記の通り、穏やかで平坦なところがリアルっぽく感じられるのだが、それにしては台詞回しが芝居がかっていて妙に没入できない。
また、彼らの持つ暗い陰の成分が中途半端にチラつき、穏やかな物語が良さなのを理解した上でも全体がぼんやりしすぎている印象を持った。
②ルイに成分を詰め込みすぎて没入しずらい
バンドの唯一の男性メンバーであるルイに属性を詰め込みすぎではないだろうか。
小さなことに感じられるかもしれないが、かれが演奏する楽器としてテルミンを出す必要はなかったのではと思う。
音楽を大きなテーマとして扱う上で、楽器や音色の持つ意味について、もう少しパリッとしたテーマを打ち出しても良いのかな、と言うのが率直な感想だ。
乱暴な言い方かも知れないが、テルミンの音色は今作に意味をもたらさなかっただけでなく、むしろやや浮いている、ノイズになっているように感じた。
肝心なシーンで弾かれるテルミンが妙に魔が悪く、それなら単純にキーボードのほうが良かったなと思ったシーンが複数ある。
また、ルイ自体が物語上での舞台装置的な立ち位置を持ち、彼の言動が無理に芝居がかっている感じが終始見受けられた点も残念だった。
総じて、話もビジュアルも美しさを感じるが、映画としてはやや散漫出会ったように思う。
私が小賢しく老いたために、本作の良さだけを見つめられず、このように起承転結や小道具の意味を考えてしまっている可能性があるのが少し忌まわしいが、正直な感想として書き残したい。
素敵な青春映画
色について
終盤でトツ子が自分の色を認識した時、どうしてそうなったか分かりませんでした。
もしかしたら、バレエをやりたいけど、上手くできないからと辞めてしまったことに対して、自分のやりたいこと(バレエ)を通すことで分かったということでしょうか。
その理由でいくと、高校生の他の生徒達に色がついてるのは既にやりたいことを見つけてるのかな???
ルイが将来に向けて船旅に出る時、様々な色の紙テープが強調されてたのは、色んな目的で旅立つ人々の想いを色にしたのかもしれません。
映画は最後に歌で締められますが、音楽をやってない自分でも、音楽の良さを感じたり、良い締めくくりを感じることができました。
有難うございました。
美しい映像美と等身大の登場人物
色が見える、不思議な女の子の物語。
物語における、大きな起伏というものがない。そこにあるのは小さな起伏だけ。だけど、それが作品に上手くマッチしていて心を震えさせられました。
誰一人とて悪い人がいない"優しい世界"というものをそう感じました。心穏やかな気持ちで見れて、とても良かったです。
祈り光つづきをもっときかせて
主の元あるいわ聖母マリアの元、運命に導かれて進む物語。大好きな山田尚子×吉田玲子コンビだがキービジュアルに惹かれずあまり期待していなかったのだけど…始まってすぐに“最高かよ”と思った。
人を色で感じ取る不思議少女、讃美歌、聖書の言葉、白猫、古本屋、無邪気な文系美少年、テルミン、島に一つしかない病院、ジゼル、ロザリオ、中退する女子校のミューズ、スノードーム、ろうそくの灯り…それぞれが絡み合って混ざり合って表現されるダンス讃美歌…。
自分たちの大好きな物を詰め込んだスクラップブックのような雑誌オリーブのような作品。
物語でなく感性で心を揺さぶる手腕はいつもながらお見事。二人でしかできない仕事だと思う。
あと、サイエンスSARUもいつもながらあっぱれでした。
色々な青春があっていい
青春を題材にした小説・ドラマ・映画、正直大嫌いです。これらのストーリに共通するのは、決まって、クラスの中心的な人物、友達がたくさんいて、彼女もいる、毎日が充実している、こういう人が主人公になっています。そして、そんないい所ばかりの主人公でも、こんな悩みがあって、こんな所に苦労しています、というストーリーです。
なので、大嫌いです。そんな主人公、どんだけ世の中にいるのでしょうかね?
この映画は、なんと、そんな画一的な青春物語ではないです。主人公の女の子を見てもらうとわかるのですが、見た目も含めて、普通の女の子。友人も少なく、どちらかというと暗い性格。そんな女の子が、思い切って人生を踏み出すことから、物語が進んでいきます。
ただ、どうしても商業的にでしょうか?脇を固める女の子は、かわいい子、男の子はイケメンになっています。まあ、仕方ないですかね。
ありきたりの青春物語が嫌いな方、色々な青春があるんだな、と気づかされる作品です。
共感覚の少女に救われる優しい物語
主人公のトツ子は他人を見ると色がついて見えるという少女。
おそらく、音が色に見えるタイプの共感覚の持ち主。実際に存在する能力です。他人の発する声や音を色として感じているのだと思う。
ただ、トツ子はそれを共感覚などと具体的に考えているわけではなく、ぼんやりと不思議だなぁと受けとめている。ただ、世界をそういうものだと優しくおおらかに受けとめている。
この映画はトツ子の見ている優しく美しい世界を、彼女の目線で描いている。
だから、他のふたりの詳しい背後の設定や、心の中の葛藤は作品中にはあまり描かれていないのだと思う。トツ子はそんな所を見ていないから。
ただ、目の前にいる友達を、ただ、そのまま受けとめている。「きみちゃん(ルイくん)の色はきれい」と。
だから、特に友達の問題を解決しようとはしない。彼女はわかっているのだろう。「きみちゃんの色はきれい」だから「たぶん大丈夫」と。
他のふたりには悩みがあるが、トツ子のありのままを受けとめてくれる優しさに、自然と心が癒されていく。問題は解決したわけでは無いが、受けとめて立ち向かえる様子が最後に描かれる。
旅立つルイくんに向かって叫ぶ、きみの「がんばれー!」は、きみが自分自身にも叫んでいるのだと思う。
同じように今の自分と将来への不安を抱えるルイくんと、ありのままの自分を受けとめてくれるトツ子に出会い、立ち止まっていた自分自身に「がんばれー!」と言える強さを持てたのだろう。
祖母に知られずにどうやって退学できたのか、とか、退学できたとしても田舎町の小さなコミュニティで祖母に隠す事ができるのか、などを言うレビューもあるが、きみの祖母、そしてルイくんの母は彼らの悩みも問題も気付いていた様に見えた。知っていて彼らが話してくれるのを待っていた様に描かれていたと思う。
だから、最後のライブシーンで元気な姿を見て、きみの祖母もルイくんの母も喜んでいたのだと思う。
とても良い作品でした。今年見た映画の中でも一番良かったかも。
カラフル × フュージョン
丁寧に時間をかけて混ざり合い、融け合っていく物語。
きみのルイに対する色の変化は映像には出てこないものの、トツ子の反応から魅力的な色の変化が「視えた」ように思える。また、ルイの男性性と女性性の垣根を感じさせない多孔性ある人柄は「中間色」のように感じた。
物語としては魅力的なのだが、楽曲が少なく、ワンステージで終わってしまうのは少し物足りなかった(せめてアンコール曲が1曲欲しかった)。
また、エンドロール後がおわりでなく、"See you"なのが、ルイの旅立ち(門出)に対する再会を予見させていて、印象的だった。
映画タイトル通り、物語が動き出すタイミングは、きみの色に出会った時から始まるのも象徴的だった。
手のひらを太陽に♪
まず、映画終了10数分前から感じた、「きみの色」ロス感について。
なぜかな?他者への悪口、悪意から組み立てられるありがちな世界観がないところかな?
映画の人間関係の底が、悪意なき穏やかな所にあるという確証が、映画の世界にとどまりたい、終わってほしくないという、率直な気持ちにつながったのかな?
ふつう、映画ってこれでもか?ってくらいいろんな出来事が起こり、結局一度みただけでは消化できず最後には「やっと終った」が、率直な感想になることが多いのに。
ライブもよかった!観客として視聴しているとともに、
不思議なことに、あたかも自分がバンドのメンバーの一員として観客に視聴していただいているような感覚。
もっと何曲も、、、
トツ子はなぜ、聖バレンタイン祭に、そのメンバーとして参加したバンド しろねこ堂 の
お披露目ライブに親を呼ばなかったのかな?
メンバーのきみや、ルイ は、(育ての親的な存在の)おばや、母親を招待したのに。
その対比として、トツ子はなぜ?という疑問が。
逸れますが、私は発〇~です。結婚し、子供がいます。その後、発〇~と判明しました。
診断名は二つあります。うち、多動性~は、一般的に行動の多動を指しますが、思考の多動もあるのでは?と、思います。(ここが、「神の隠れる場所」を、著すことができた胆と睨んでいます)
トツ子は、親との連絡は必要最小限です。バス酔い確定のいろは坂修学旅行を回避するため、体調不良と偽り一人寮に残り、生徒が誰もいない寮に きみ を招きバレて親に連絡しせざるを得なくなり。ここだけです。
逸れますが、私は極力親に連絡したくありません。ここ10年来、実家の心穏やかではない出来事が原因です。実家のことを思い浮かべると、決まって頭が重くなります。
→あの若さで トツ子も?と、気になります。
以上の文面で、私が言いたいことを、なんとなくつかんでいただけましたでしょうか?
、、、トツ子も?って思います。
そもそも人が色で見える、ということは裏返せば、他人に「青、緑」(トツ子のセリフ)、赤など虹色プラスアルファ位、大雑把な差異しか感じることができない、ということでは?
→水彩絵の具で、鮮やかな赤、青、緑など鮮やかな原色を数回混ぜれば、とたんに灰色になります。
ひょっとしてトツ子は、私と同じように他者の複雑な人間関係から生じる複雑な差異を(まるで色を複数回混ぜるととたんに一様に灰色になってしまうように)言葉で表現できないのでは?それは、同時に自身にも降りかかります。私事ですが、自身に人格が薄いと感じています。
音楽も、然り。私は洋楽のエモーショナルなSoulが好きです。
なぜならほぼ歌詞の意味は理解できませんが、歌声、音階そのものにあふれる気持ちが伝わってくるからです。逆に日本語で、こと細かい心情を表現しました的な歌詞は、上記「他者の複雑な人間関係から生じる複雑な差異は、原色を複雑に混ぜるととたんに一様に灰色になってしまうように」その豊かな音色(彩色)とイコールで結ばれる、見合う適切な表現とは感じることができません。
最後に。映画を見た後、「週末批評」様の論説にも触れました。
、、、トツ子の顔は、長崎原爆後の浦上天主堂の被爆マリアのようにも感じられます。
また、山田尚子監督は、京アニ出身とのこと。
大変大雑把なくくりとなりますが、
身近に起こった理不尽な出来事(京アニ事件)を、長崎原爆に重ねることで、
二ーバーの祈り
「変えることのできないものについて、それを受け入れるだけの心の平穏をお与え下さい」
を、引き立てているのかと。
監督自身の心の平穏のために。私を含む、映画を見た方々の心の平穏のために。
少なくとも、みおわってから、私はいつになく穏やかな気持ちが続いています。
善人しかいない映画もいいね
音楽はやっぱり良いですね!!
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