「事前情報がない方がより味わい深いスリリングな会話劇」対峙 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
事前情報がない方がより味わい深いスリリングな会話劇
舞台はアメリカのどこか郊外らしき土地にある小さな教会。子供たちが合唱の練習をしているが、初めて訪れた女性司祭がピリピリした雰囲気を醸しながら会談場所の部屋を事前にチェックし、椅子の配置などを整える。やがて一組の中年夫婦が緊張した面持ちで到着し、少し遅れて別の中年夫婦がやってくる。司祭はほどなく去り、部屋には2組の夫婦が対峙する――。
貴重なお金と時間を費やして映画を観るなら、自分の好みから外れたものを選ばないよう予告編などで事前情報を仕入れてから鑑賞するのはもちろん真っ当なこと。だが、緊張感に満ちた会話劇が好きな人なら、2組の夫婦にどんな関係性があり、何の目的で会談を行うのかを知らないまま臨むことで、秀逸な脚本によりそうした事情が言葉のやり取りだけで少しずつ明らかになっていく過程をよりスリリングに味わえるだろう。
本編の9割方がこの室内だけでリアルタイムに進行し、回想シーンなどを一切挟まない構成なので、舞台劇の映画化だろうかと想像したが違った。俳優でキャリアを築いてきたフラン・クランツによる初脚本・初監督作で、ドキュメンタリー映画などで知った事実から着想したという。つまり、このような“対話”が創作ではなく、現実に行われてきたということ。
異なる立場の者同士が直接対峙して言葉を交わすことの困難さと、それを敢えて行うことの尊さが、SNS全盛で他者を容易に攻撃できてしまう現代だからこそ、観客の心に一層深く突き刺さるのかもしれない。
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