怪物のレビュー・感想・評価
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誰が怪物だったのか、誰にも決められないと思う
あらすじ
郊外の町で暮らすシングルマザーの早織は、息子の湊の様子がいつもと違うことに気づく。
学校で何かあったのではと問いただすが、担任の説明と子どもの言葉は食い違い、何が真実なのか分からないまま事態はこじれていく。
親、教師、学校、それぞれの思惑が絡まり合う中で、大人には見えない子どもたちの世界が少しずつ顔を出す。
誰が「怪物」だったのかははっきりしないまま、問いだけが残される。
感想
いろんな問題が詰め込まれていて、どれも誰かにとっての正しさで、誰かにとっての苦しさだった。
親は子どもを守ろうとして、担任の先生は自分を守ろうとして、学校は学校を守ろうとしていたんだと思う。
子どもたちは、分からないまま、不安なまま、それでも最後にはお互いの気持ちをちゃんと大事にしていた気がする。
全部がはっきりとは見えないままだったけど、大人の正しさでは触れられないものが確かにあった。
誰が怪物だったのかは分からないけれど、それぞれが守りたいものの形だけは残っていて、そこにこの映画の問いがあったように思う。
片時も目を離せなかった
惜しいなあという思う作品
まず、自分は「視聴者のご想像にお任せします」的なエンドは嫌いです。
それがいいんだよと反論をくらうと思いますが。
それするんだったら、本編以外で何も語らないで欲しい。
理解できなかったところを後から、
監督やら出演者やらのインタビュー記事などで補完されて、
わかった気になってもね、と。
物事の見方は一つではないという事は当然なんですが
各人物の印象的な言動が、各エピソードを強調する為のもので、
人物像として一貫性がないというか描写が不十分ではないかと感じました。
時系列が前後する作品って、何度も見返して理解しようとしてしまいがちですが
逆にツッコミどころが増えてしまいそうなので止めておきます。
出演者の演技力や全体に流れる不穏な空気感は良かったので中盤までは楽しめたのですが
最後まで楽しめたかというと、この点数かなという印象です。
善悪は単純に判断することはできない
良い脚本で、よくできた映画だと思う。でも、プロモーションが的外れじゃない?
「怪物」とは、(映画の中の)悪者ということだろう。映画の前半では、保利先生が問題教師で、「こいつのせいで、子供がつらい想いをしている」と思わせる。そして、「ラスボスはこの校長か」と思わせる場面もある。でも、映画が進むと、その考えは修正を迫られる。
この映画で伝えたいのは、『「この人は悪い人」と簡単に決めつけてはいけない』ということかもしれないと、見終わってしばらくしてから思った。
映画だけじゃなくて、普段生活していても「あいつが悪い」と、人格を否定してしまうことがある。事件などのニュースを見ても、「犯人をきちんと罰してほしい」と思う。でも、その人に怒りをぶつける前に、ちょっと立ち止まって「実は誤解かも」「特別な事情があるかも」と考えてみた方が良いよ、ということなのでは。
映画の中に出てくる「怪物、だーれだ」という遊びは、限られた情報だけで本質をつかむのは難しいということを象徴しているように思った。映画「羅生門」とこの映画を比較する人もいるが、少し違うと思う。「羅生門」は、どの人が嘘をついているかがわからず真相は藪の中、という話だが、この映画は情報が断片的なだけで、嘘は入っていないと思う。その意味でよくできた脚本だと思う。ラストが明るく終わるのも良かった。
この映画のプロモーションには、『それは、よくある子供同士のケンカに見えた。・・・そしてある嵐の朝、子供たちは忽然と姿を消した―。』『怪物探しの果てに、私たちは何を見るのか―』などとある。これを読んで「観たい」と思った人は、期待外れと思うのではないか。
この映画は、「子供のケンカ」や「子供が姿を消す」ところは見どころではないし、「怪物探し」が行われる映画でもない。プロモーションが的外れで残念に思う。
怪物はいなかった
ポスターの「怪物だーれだ」という記述から、怪物を探しながら観たが、怪物なんて存在しなかった。
たしかにそれぞれの視点では、「母親」や「教師」は怪物だった。けれど、全ての視点を見た時、怪物なんていなかったのだということがわかった。同じ事件なのに、それぞれの視点ごとに全く違う解釈になるのがすごかった。
オチは子どもたちは死んだのか?
おもしろかったが難解な部分もあり個人的に分かりずらかったのでこの評価。
大風呂敷を広げたものの…
うーん
ラストまではものすごく良かった。子育てしてる人にぜひみてほしい!
でも、最後の着地がなんかなー。
謎解きまではほんと見入るものー。
誰も何も悪くないのに、、、、ここまで事件になっちゃうんだーって言う、人に嘘はついてはいけないし、言葉って言うのは、言ってしまったら取り返しのつかないことになるというのを、自覚させられる映画でした。
でも、最後がなー。もっとこうなんかなー惜しい。
浅はかな考え方でした。
国宝みて、喜久夫の子役が気になって気になって、
みました。
公開した時に予告の情報が無くて気になっていましたが、劇場で見れませんでした。
3つの構成で描かれます。
・母親・教師・子ども
偏見や噂に惑わされる。大人も子どもも。
嘘が事実になってしまうのは最も怖いことだと思います。
子どもは放火したのか、校長は本当の犯人なのか、
最後瀕死の依里くんはなんですぐ走り回れたのかな。
もうだめだったのかな。
男だから、女だから、男らしく、女らしく
そんなのなくなればいいね。
わからないことが多かったので、
解説の動画を見させていただきました。
シネマリンさんです。
正直私は博識ではないため、
銀河鉄道の夜やノアの方舟などが出てきて感心しました。難しかったです。
盛り込み過ぎて主旨が分からない
時間軸を交錯させながら、また視点を変えることで、事実の不確かさを表現してる。
しかし、一貫性が無い。
例えば、本当は良い先生だったという終わり方をしてるのに、初期の表現では、親の抗議に対して飴を舐め見せたり、太々しい態度を取る。
この一貫性の無さは、単に立場を変えた見方だけではあり得ない。
現代が抱える問題を取り敢えず羅列した感じ。
モンスターペアレント・学校内の虐め・学校の隠蔽体質・教師の暴力…etc
実は、この作品の主旨は、子供のころから抱える同性愛なんだな。それを様々な問題を提議するような振りして上手くカムフラージュしながら、隠された、しかし強烈なメッセージにしている。
洗脳とはそのように行われるものなので(それと分からないように)その点においては、非常に優れている。
LGBTを推進する団体からの要望で作ったのでは?と思うほど、よくわからない作品でした。
役者さんたちは良かったので、星二つにしました。
ありそうで、所々無いと思う話…
怪物はいなかった
あまりあらすじを知らずに観たのですが、思いがけない展開でした。
「みんなが怪物」という意見もあると思いますが、自分の結論は、「怪物はいない」です。面白かった。
母親の気持ちには共感できますし、盲目なモンスターペアレントというほどでもなく。校長の嘘も理解はできます。社会的にはダメだけど、夫婦で納得できているなら個人的にはよいです。
ただ、いくつか引っかかる点もあります。序盤の教師達の口先だけの謝罪のシーン。何だかコントのようでした。いくら周りに仕向けられたからと言っても、保利先生があんな風に謝罪するでしょうか。飴を食べたのは何だったのか。校長の棒読み謝罪は面白すぎます。
いじめについては、あれだけあからさまにやっているのに子供は誰も本当のことを言わない、大人は誰も気付かない。違和感があります。
また、子供達の「保利先生を陥れる嘘」は自分を守るためだと思いますが、ちょっと理由が弱い気がしてます。色々ありましたが、中でも湊と猫の件を話した女の子…納得できません。
それから、あのくらいの年齢で本当に同性愛を自認するものなのでしょうか。これは知識が無さすぎて分かりませんでした。そもそも、個人的にはその設定は無い方が良かったと思っています。
と、いくつか挙げましたが、それでもよくできた映画で観て良かったと思います。スタンドバイミーを思い浮かべながら観ていました。みんな子供だったはずなのに、大人になると忘れてしまいますが、子供だけの特別な世界ってありますよね。
依里の放火の罪もあるので、この結末になってしまうのは仕方がないと思いました。線路につながる柵が無くなったように、湊と依里が苦しいしがらみや生きにくさから解き放たれて天国で幸せになってほしいです。
最後になりますが、高畑充希さんの演じる彼女の軽薄さにはもう清々しささえ感じました。保利先生、周囲の人に恵まれなさすぎです。
怪物は誰なんだろうと考えながら見ていました。 初めのうちは、教師?...
怪物は誰なんだろうと考えながら見ていました。
初めのうちは、教師?学校の先生達?と思いながらも、身進めていくうちに、いやお母さん?いや湊?いや依里?
しかし、この人が怪物という
単純なストーリーではなかったです。
みんなの弱い部分がぶつかり合って初めて怪物が生まれるんだと
それぞれの視点からみるストーリーは全く違くて、
でも、どの人にも共感できました。
受け取り方や感じ方は人それぞれで、
何を大事にしているかとか、その想いの強さで少しずつずれが生じていくんだなあと
何かに対すると思いが強くそれがぶつかりあい怪物が生まれるんだなと
たとえそれが悪いことではなくいいことであっても
そういえば数ヶ月前に都内の銭湯に行った帰りの電車で黒川くんを見かけました。その当時はどこかでみかけたことあるなあくらいでしたが、後々怪物に出ていた子だと知り、この映画を見るきっかけとなりました。
素敵な俳優さんです。
見る人によって
3者の視点、そして真実とは?
怪物ってタイトルがどんな内容かも想像もしないで視聴。
只、宣伝の些細な事から子供を思う親、教師の話かな?って観てました。
3つの視点で一つの出来事を描いていて、シングルマザーの視点、一生懸命仕事をする担任、最後に子供の視点から真実を描いている。
「怪物」と言う題名で、学校が描かれているので、怪物=モンスターペアレント?って観始めて思いましたが、途中、子供達がする怪物ゲームで「かいぶつはだーれ?」でこの作品の誰が怪物なのかを考える話なんだと分かりました。
始めの母親パートでは母親が正義で、責任逃れの仕事の学校に母親同様に怒り心頭。
しかし、担任視点になると、少し発達障がいぽい担任は担任なりに一生懸命やっている。
子供視点で、実は母親も担任も事実を見ておらず、イジメはシングルマザーの子供がシングルファーザーの子をイジメていた訳ではなく、クラスの複数の子供からイジメられていた事が解る。しかもいじめられっ子が同性愛者で、その事をシングルファーザーの父から「頭が豚の脳みそ」と虐待され、父を殺す為にビルに火を点けた事が解る。
シングルマザーの子供ももしかしたら自分が同性愛者かも?と思いつつ、亡き父がラガーマンで父の様に生きる事を母親から強要され、その憧れの父も不倫中に亡くなった事を母親は隠しているが知っているので、母親の言葉に走っている車から飛び出してしまう。
秘密基地で遊ぶ子供達だが、嵐の中に担任と母親が土砂崩れの中に助けに行くが、最後のシーンで嵐が治まった所を二人で駆けて行くが、他の人のレビューでは二人共死んであの世の描写との見方があるが、私はそのまま嵐の中を生き抜いたと思って観ていた。
最初から流れる吹奏楽器の音も伏線として回収されていて、納得した。
いじめられっ子が同性愛者である事がその雰囲気でイジメられるのか分からなかったが、現実としてありそうだし、シングルファーザーの頭の固い父親がそれを矯正しようと暴力に訴えるのも解る気がした。
それぞれが自分の視点でしか事項を見ておらず、最後に子供の視点で真実が明るみになるのは推理小説のタネあかしの様で驚きだった。
怪物は誰?
そんな問いを鑑賞中ずっと考えながらしていた自分がいた。
その答えは「皆怪物だ」ということ。
誰だって弱い部分もあるし、隠したい過去も意地汚い部分もある。
それでいいし、「こうあれ」と矯正する事そのものが悪だし、決めつけや偏見は必ず良い結果を産まない。
ただしいじめっ子のクソガキ共と事勿れ主義の教師陣、中村獅童演じる依里パパてめぇらだけは許さん。
邦画は暗いものが多くて見るに堪えないし、実際前半は苦痛だったけど、全てが明らかになるとこうも印象が変わるものかと思うし、終わり方が鮮やかで心地良かった。
大半の方は2回目を見たくなるのだろうけど、1回でいいかな。
また気が向いたら見る。
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