ゴジラ-1.0のレビュー・感想・評価
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残念ながらゴジ泣きはできませんでした
やたら説明台詞の多い整備兵、巨大生物(ゴジラ)に襲われているのに棒立ち、大声で叫びながら逃げる・・冒頭の大戸島で繰り広げられる壮大なコントを観た時、この映画はだめだ・・と直感したがはたしてその通りだった。
俳優たちは悉く内省的なお芝居はさせてもらえず、とにかく喚きちらす様演技指導されるから、今回昭和が舞台であるにもかかわらず皆が皆現代人のように、というよりも西洋人の下手な俳優のように過剰演技させられる。
(昭和俳優たちがやる男は黙って背中で語らせてもらえません(笑))
この監督は俳優たちの演技や舞台や背景や小道具、観客たちを一切信用してません。
(寧ろ観客に至っては相当馬鹿だと考えている節がある)
今このキャラクターはこう思っていています、だからこんな(過剰な)感情表現しますって感じでまるでキャラクターに実在感がない。
テンションが高いままで一定だから俳優の演技にメリハリが一切ない。
だから、山崎映画の俳優たちは皆一様に大根役者のように見えます。
また、山崎映画はノスタルジーなものはとことん綺麗です。
ノミやシラミが一切いなさそうな上辺だけ汚い風のドヤ街(道は塵一つない)、復興している東京(ここも道に塵一つない)、出てくる登場人物たち皆が皆昨日買ってきたばかりの服を着ています。
これは三丁目の夕日の頃から何も進歩していないし、アニメ映画のこの世界の片隅にの方がずっと汚く感じました。
彼らには彼らの生活があるし、いつもよそ行きの服ばかり着ているわけではないのです。
ラストのヒロインがあの惨事からほぼ無傷で生還した際は思わず笑ってしまいました。
四肢欠損、顔面崩壊を予想していたら、それこそ転んだと言われても信じてしまいそうなくらい綺麗で‥タレントの所属事務所への忖度を感じる闇深いラストでした。
あと、戦争(あと自民党)批判したいのは分かるが、今回のキャラクターたちは戦争の被害者の前に当事者でもあることを完全に忘れている。
戦前の価値観もメンタリティも今とはまったく違うものだったろうし、戦時中は国威発揚の新聞記事を読んで一喜一憂していただろうし、軍国少年はそこらじゅうにいただろし、戦地に行って戦争行為をしたものもいただろう。
「国が隠ぺいしていた!いつものやり方だ!」というとても安っぽい台詞で片付けられないほど戦争とは他人事ではいられないと思います(戦争を他人事としていられる現代人だから言える台詞だと思う)
精々自嘲気味に「ま、いつもの大本営発表だな(笑)」くらいは言うでしょうが、あの当時の人間があの台詞を連呼するのはかなり違和感がありました。
もっともっと面白くする要素はいくらでもあるし、素晴らしい素材もあるのになぜこうなってしまったのか‥なぜ極限状況の人間をもっと真面目に描こうと思わないのか‥
とても残念な気持ちで映画館を出ました。
いいゴジラだった⋆͛🦖⋆͛
小さい頃からガメラだった。
ゴジラの意味は何かと言うと、ほぼ天災に他ならないやん。ガメラは何かを守るために戦うで。そこが、大きな違いかなあ
怪獣なんだからシェーはせんで欲しい。
メカ何とかはアホらしい。
でも、どんなにやられても放射能混じりの咆哮で何とかなっちゃうのってどうなの?
ガメラはどんなに傷ついても、昔から女子供に優しいおっちゃんや。
というわけでゴジラは苦手だった。全クリだと思うけどね。
ゴジラで良かったのは、ヘドラ、ビオランテ、ハリウッドの怪獣大進撃(笑)。敵が真剣であるほど良かったね。
今回はゴジラはシンと同じ天災として日本にやってくる。まだ、モスラも自衛隊もないから、当然ゴジラをやっつけてくれる者は居ない。しかも、完成形でやってきてものすごい威力だ。重巡高雄もまるで敵わない。東京に上陸して銀座を壊滅させるが、大戦でもあそこまではやられなかった。
今回は新機軸が満載だった。いいアイデアだった。そらそうだと思ったよ。
あれだけ強力な熱線(「°ːːːːː°)「をやれば自身にもダメージありそうだと思っていた。(ましてや、それで空を飛ぶなんてアリエナイ)機雷で爆発させるのも面白い。最後の震電による特攻も頭を吹き飛ばすことが出来た。熱線をだす寸前だったので自壊した。
その前に相模湾1500mに沈めるというのも気に入ったが、日本海溝にして欲しかった。深海魚のくだりから深海には強いと予想出来たやん。その10倍にしなきゃ。
それより何より遠くからの高雄の20cm砲、出来れば大和、武蔵級の46cm砲を撃てばやっつけられたのではないかなあ。近くに突然現れて!!!!!!!!!!という展開だった。
人間ドラマは神木くんには重すぎたかなあ。トラウマの原因がはっきりしないし、当時の軍人があんなにセンシティブとは思えない。じゃあ誰がとなると、なかなか思いつかないけどね。
追加~松坂桃李くんならいい味でやれたような気がする。ラーゲリでいい感じにやつれていたしね。
時間軸が初代ゴジラとは違うようだ。敷島という名前もアトムぽいし。この延長には初代ゴジラは出てこないね。
でも、期待以上の出来だと思いましたよ。拍手👏
山崎貴要素オールスターズ×ゴジラ
感想
山崎貴作品でこれまで描かれきた様々な要素をゴジラ映画に全て取り込んだ体感型お祭り映画だった。
山崎貴作品要素の中でも『永遠の0』要素が人間ドラマパートの主軸になっていたので、『永遠の0』の続編を見ている様な気持ちにもなった。
ゴジラの戦闘パートは期待以上に楽しめた。本能のままに立地条件問わずに暴れ続けるゴジラは、民間人視点の戦闘シーンという事もありシリーズ屈指の恐怖感を体感できた。
冒頭の島パートはジュラシックパーク味を感じて、劇中表現の恐竜は的を得た表現だと思った。ラストの倒し方も説得力ある倒し方で納得できた。
総評
山崎貴作品の歴史とゴジラ愛を体感できた作品。ご都合主義要素はかなり多めだが、ゴジラの戦闘パートの圧倒的な激しさで満足出来た。
続編を匂わせるラストから、続編を作る気があるのかが少し気になる。
ゴジラの咆哮は肺腑をえぐるようです!
映画の一番ラストで、ゴジラが咆哮します。本当に肺腑を抉られるような恐怖に襲われました。主人公の神木は特攻隊から逃げて、ゴジラと戦う時も逃げました。一面、本当に情けない人間です。でも、戦争で死ぬことから逃げることがそれほど悪いことでしょうか?ゴジラと戦わなかったことがそんなに悪いことでしょうか(機銃で打ってもゴジラには効かなかったと思う)?私はどんな生き方をしようと、彼がそう決断したことに何も言いません。彼はそんな不甲斐ない過去があるからこそ、自分自身にきちんと決着をつけるのですから、完璧な人生だと私は思います(彼の内部で戦争を終わらせています)。人生においては逃げても良いし、臆しても良いと思います。それが人間だからです。最後に彼は死を決意しますが、その土壇場で生きるという選択肢を勝ち取ります。しかも、何ということでしょう、亡くなったという彼女が生きていたというクライマックスは、あまりのサプライズに涙が飛び散るようでした。そのほか、浜辺美波のミッション・インポッシブル並みのアクションには仰天しました。このゴジラの映画は70年を記録しているわけですが、独特な音楽の旋律は脳に染み付いているようで、その曲調が流れると不思議と懐かしさが込み上げてきます。さて、このゴジラは一体なんの象徴なのでしょうか?人類の怒りの無意識層が生み出したもの?核戦争が生み出したもの?と考えてくると、やはり戦争という悪魔の象徴なのかもしれません。
追記 個人的にはこの映画のゴジラの顔、可愛いと思ってしまいます笑。あと、ゴジラの復活の予兆がありましたから続編は間違いなしでしょう。
有楽町駅で国鉄車両にかみつくゴジラ
「ゴジラ-1.0」と「ALWAYS 三丁目の夕日」という山崎貴監督の作品の二つを切り離して考えたり評価することは難しいと感じる作品だった。
【ALWAYS 続・三丁目の夕日】で山崎監督が描いた ゴジラ登場シーンを彷彿させる今回のゴジラ映画には 1954年のゴジラ第1作でえがかれた 有楽町での国鉄車両を咥えるというシーンも登場するのだが、これまでゴジラ作品を見てきたファンにとっては胸にジーンと来る演出だった。
ゴジラがアメリカの水爆実験から生まれたという ゴジラ本来の出生の秘密もストーリーの中にちりばめられている物の、戦中にある島でゴジラが居たという形はちょっと疑問に感じるところでもあった。
ゴジラの ギザギザ背びれも ちょっとやりすぎではないかと感じる形で 今回の映画のように初代ゴジラ登場時の残虐性を見せるのであれば ゴジラそのものの容姿ももっとシンプルであっても良かったのではないかと感じさせるところがあった。
ゴジラファンにとっては その時代のゴジラに直面する人が その時々の対ゴジラ戦闘対策で立ち向かう姿は 毎回楽しみではある物の、戦後のこの時代性において 日本に本当にこんなに戦艦があったのか? 日本を占領するGHQがまったく日本を突き放す歴史性はチョット疑問符が付くところでもあった。
主演の神木と 浜辺の関係はちょっとベタな感じを与えているが、 対ゴジラの作戦本部長を吉岡秀隆に演じさせて その風貌が ALWAYS ・三丁目の夕日の茶川に似ていて そのまま登場させているところは 笑いを誘ってくれていた。
めちゃくちゃ良かった
恐れ、責任、逃避、懺悔、慈愛、愛、哀しみ、怒り、後悔、勇気、友情、責任感、闘争心、異形のものへの恐怖、圧倒的圧力。
全ての感情が揺り動かされやばかった。シンゴジラを越すゴジラは作れないだろうと侮っていた。これは凄い。心揺さぶられた。大画面の圧倒的迫力なゴジラ。劇場で観ておかないと!
特撮が好きなのもあるが、最高でした。素晴らしい。
ゴジラ見に行ってこんな感じになるとは思わなかった。
ゴジラ、めっちゃ怖いが、めっちゃかっこいい。
マイナスの意味 (ネタバレ注意)
戦争から立ち直ろうとする日本人の再生をかつてない迫力のゴジラに絡めて描く人間ドラマが秀逸な本作ですが•••
終戦時のゴジラは大戸島近辺の伝承に残る土着の怪物として存在する。全長で15m前後か?
その一年後ビキニ環礁の核実験で被曝、全高50mサイズに変異巨大化します。
今回のゴジラもしっかりと核の被害者ですね。
銀座襲撃時に放射線を含む「体表皮を撒き散らす」との報道シーンが有りました。
熱線放出の凄まじい爆風で大量の瓦礫と共に吹き飛ばされる大石典子(浜辺美波)
とても五体満足では助からないと思える状況でしたが、ラストでの不思議な生還劇。
病院からの電報を受け取り、敷島に伝える際の隣人•太田澄子(安藤サクラ)の『不穏な』表情。
病床で「貴方の戦争は終わりましたか?」と
微笑む典子を『無言』で抱きしめる敷島。
そして典子の首筋に残る不気味な黒色の痣。
放射線被曝+αの恐怖を感じさせます。
ゴジラ対策に関わった人々のみならず、
銀座被災から生き残った人々の未来にも暗く重い暗雲がのしかかる『マイナス』状況なその後の日本が暗示されている映画•••
決して安直なハッピーエンドではないと感じました。
モンスター映画ですね❗️
またこのテーマを劇場で聴けるとは思わなかったな〜😭、劇中にも暴れ回るなかでBGMがかかったりして熱かったです。
久しぶりの映画で内容も気になってたけど戦争からのゴジラって中々ハードやね、戦争が終わったのにまたって💧でも「死人を出さない」のセリフに少し感動しましたね。
ゴジラは元々生息してて例のビキニ環礁でもっと巨大になるあたりは設定をちゃんと活かしてくれてましたね。
今回は今までで一番恐怖を覚えたゴジラでした、特に海中を泳いで向かってくるシーンなんかは頭が半分以上出して向かってくるから目つきなんか獲物を見るような怒ってるようなで怖かった😣。
昭和・平成・ミレニアムと徐々に娯楽性が強くなり、原点回避にしてもどこかカッコよく、愛らしく見れた部分のある過去作とはちょっと違う感じもしてある意味面白かったな👍。
ちょい気になるシーンは最初ゴジラを恐竜のようなと例えてたがあの時代に恐竜のフォルム等は歴史的にわかってたのかな?っと、アキコちゃんの持ってたぬいぐるみがポケモンに見えてしまった(笑)
と気になりましたが、ゴジラとしても楽しめるしモンスターパニックとしても良いのではないかと思いました。
最恐のゴジラとなんだか冷めた人たち
特攻にまつわる葛藤は永遠の0、吉岡秀隆さん、佐々木蔵之介さんのキャラ付けは三丁目の夕日という感じで山崎さんの過去作品ぽいなーと思わせる内容でした。
個人的に永遠の0が好きでないので、まさか最後に特攻しないよなとハラハラしましたが流石に回避してくれて少しホッとしました。
東京を破壊し尽くす怖いゴジラという感じで良いのですが、お話としてはモヤモヤするなとかんじます。ざっくりいうと熱さが足りないです。
ゴジラを倒すために民間人が立ち上がる!熱い話じゃないですか。でも、決起の場で彼らが語るのは誰かが貧乏くじを引かなきゃ..とか生き残れない前提の戦時下よりはましだな..とかちょっと後ろ向きすぎませんか。
特攻するかしないか葛藤した末に特攻しない!生きて抗う!という神木くんの話も熱いはずなのに生きる道を選ぶ理由が橘さんが許してくれたから..にしか見えず残念。貪欲に、端から見たら恥知らずだとしてもアキコと生きる道を選ぶ。その意思が橘の心を打ちゴジラを打ち砕く!こっちでしょどう考えても!
圧倒的ゴジラを設定することには成功していましたが、それを打ち倒すほどの情熱が神木くんたちに設定できていない。
傑作と呼ぶには少し足りない-1の作品と感じます。
こういうのが見たかった
ゴジラ怖い。
大戸島に突然現れたときに震え上がるほど怖かったので、敷島がすくんで機銃を撃てなかったのが実感として分かって同情した。
世界各地に「ゴジラ」というイキモノは生息しているが、核実験で放射能を帯び、異形に化した個体がいたと解釈しました。
異形となったゴジラも破壊ぶりが半端ないし、ゴジラの撮影が至近距離だったり、下から腹を見上げるところだったり、今まで見たことない撮り方で、怖さと迫力が増した。
今まで見たゴジラ映画では最高。こういうのが見たかった。
なんで時代設定を戦後すぐにしたんだろうかと思っていたが、当時の状況をうまく使っており逆にこの時代であることの必然性を感じた。
子供を失って気力をなくしていた主婦が、他人の幼子を育てることでいきいきと力量を発揮し始めるところ、旧海軍の生き残りが「誰かがやらなくてはいけないなら」といきいきと元の職能を活かしはじめるところ、人は能力を発揮できる場面をもつことで生きる張り合いが生まれる、という描写に胸熱。呆然とした時期を過ぎ、力を注げるところを見つけて頑張る。戦後の元気な日本の原点を見たようでした。
もとから地球にいる怪物「ゴジラ」が核実験で放射能を帯びた異形となり太平洋を進んでくるが、すでに米ソの対立が始まっておりお互い相手を刺激したくないので米軍は何もできない、自衛隊も発足前、民間の力でゴジラ退治するしかない、と言ったところで出てきたのが廃棄待ちしていた戦艦、駆逐艦、戦闘機、そして帰還兵、という戦いの勘が残っている人材もいる。何もない日本で知恵を絞って出したゴジラ討伐作戦で機材を提供するのは、明らかに軍事工場を民生品製造に転用した、製造業者。幻の「震電」までが満を持しての登場。
戦後すぐでなければこれだけのものが集められたか。
そして直前でメンバーを外された水島がどんなふうに参加してくるのかと思えば、助太刀いたす、って民間の船を集結して「ダンケルク」かい!
水島はチャーチルばりに演説したのかどうかわからないけど、たくさんの小型船が水を切って駆けつけるさまは感動的。(短時間でどうやって船に牽引索つけたのかという疑問はありますが)また、震電にアレがつけられたのも予想通りながら、うれしい。
ストーリーは想像通りだが、オキシジェン・デストロイヤーのように唐突に必殺武器が出てくるようなことなく、たくさんの物事が詰め込まれているが、理にかなった形で生じており、脚本が相当練られているのが分かる。大雑把な怪獣映画ではなく、どこに出しても恥ずかしくない立派なエンタメ映画になっていると思う。
想像通りだけど、典子が生きていて、敷島の戦争がようやく終わるハッピーエンドがとても良い。
(釣られた電車の車両から落ちそうになるサスペンスは、流行りなのだろか? 「ミッション・インポッシブル」と「PATHAAN」でも見ました。)
やっつけたゴジラに対してその場の全員が敬礼するところは、日本人特有のものでしょう。敗者の健闘への敬意であるとともに、偉大なる自然が産んだ存在に対する畏怖の念もこめてのものと思う。
この描写を入れることで、ジャパニーズ・ムービーらしくなる。
世界に出す際はインパクトが出ると思う。
しかし。
東京には黒い雨が降って敷島はじめ多くの人がそれを浴びた。
相模湾でゴジラと対峙した船の面々も、熱風とともに熱線をもろに浴びている。
典子の首には黒い痣。
銀座にはグラウンド・ゼロの大きな穴が開いている
次なる災が予想され、実は完全なハッピーエンドでないところも含めて、スゴイエンタメ作品と思う。
三丁目が破壊され、永遠の0で反撃する、山崎映画の到達点
神木・浜辺コンビ目当てで観ましたが、予想以上に絶望させられ、予想以上に応援でき、ラストに涙ぐむ映画でした。出し惜しみせず、割りと冒頭にゴジラ登場。まだ小型だけど、食べるつもりもなく、人を殺戮する暴れっぷり。観客としては20mm弾が無意味だと分かっていても、打てなかった敷島(神木隆之介)の絶望に同情。大砲は多少効いても、戦艦すら玩具の如く壊され絶望。都心で暴れた末、放たれた熱戦に絶望。典子が爆風で吹き飛ばされ、ドン底の絶望へ。べーやん(浜辺美波)ここで死んじゃうの...? 野田(吉岡秀隆)の海神(わだつみ)作戦は不確実性が高い気もするのが、やれる事はやる心意気を応援。『幻』の戦闘機・震電を蘇らせる監督の趣味も嫌いじゃない。『永遠の0』の宮部久蔵が蘇ったような活躍に手に汗握った。敷島の脱出も、典子の生存も、予定調和ではあるが、良かったと思える程感情移入させてもらえた。
ミステリで最後に必ず犯人が明かされるように、ゴジラ映画である以上、大まかな展開は予想できてしまう。ヒロインが無惨に吹き飛ばされる姿には動揺したが、やはり最後は大団円。予定調和を完全には脱していなくても、たっぷり絶望させてもらえた、well-made な disaster film に拍手。a町並みや戦艦・戦闘機のVFXも秀逸で、山崎貴監督の1つの到達点に感じた。
怪獣映画ではなく人間ドラマでした
第一作から全部のゴジラ映画を観ている、昭和生まれの感想です。
タイトルは「ゴジラ」ですが、人間が主役のドラマでした。戦闘機特攻から逃げて戦後を迎えた主人公、自分の中で戦争が終わっていない人々。アメリカには負けたが、今度は負けたくない、自分に区切りをつけたいという思い。第二次大戦直後を舞台にした人間ドラマで、大きな困難が「ゴジラ」という形で現れ、それに立ち向かう。なので、いわゆる怪獣映画ではないですね。ゴジラは引き立て役です。
主役の神木隆之介さんはCMでのふざけた姿ばかり見ていたため、こんな真剣な演技をするとは思っておらず、とても印象に残りました。
また、ゴジラが銀座を壊す場面で橋爪功さんが出ていたような気がするのですが、エンドロールに名前が出ていたのかどうか、見逃してしまいました。群衆のひとりでしたが、ご本人だとは思うのですが、もったいない使い方じゃないでしょうか。
突如として現れるゴジラ、立ち向かって行く人間(自衛隊含む)。しかし、ゴジラはゴジラの都合で自由にやってきて暴れる。結局、倒す事は出来ずに去って行くゴジラ。
人間ドラマが描かれるとしても、ゴジラの預かり知らぬ、あまり関わらないところで人間達が勝手にやっているもので、ゴジラと人間の二軸でストーリーが展開して行く。これまでのゴジラ映画はそんなイメージでした。このマイナスワンは、従来よりも人間が主軸で、ゴジラは添え物だったように思います。
また、時代背景的に仕方ないですが、こんなに自衛隊が出ないゴジラ映画は初めてのような気がします。怪獣映画と自衛隊はセットだと刷り込まれていたので、何か物足りない感じがしました。いつもの、自衛隊が出撃するテーマ曲も無かったですし。
ただ、ゴジラと対決する方々は元軍人でしたから、自衛隊とは遠い繋がりはあるのだとは思います。
それから、ゴジラがなぜ東京を目指すのか、その根源的な疑問にはまたしても回答無しでした。日本人は誰でも知っている象徴的な場所としての東京、銀座なのでしょうが、もっと明確な理由づけがあっても良いのではないでしょうか。
ゴジラの描かれ方も、無敵の怪獣ではなくて、放射線で異常発達した巨大生物になってました。それゆえ、深海の水圧を利用した撃退方法が発案・実行されたのだと思います。芹沢博士のオキシゲン・デストロイヤーのような科学兵器や、自衛隊の火力ではなく、自然の力を利用するのは三原山の火口に落としたのと合わせてもたった2回です。
無敵のゴジラが主役の従来の東宝シリーズ、政治的なディティールを描いたシン・ゴジラ、アメコミなハリウッドもの、そのどれにも属さない人間ドラマが主軸のマイナスワン。
どれも面白いですが、何度も見たいのは従来の東宝シリーズです。商業的に難しいのかもしれませんが、2000年前後の恐いゴジラが戻ってきてくれるのを期待してます。自衛隊の装備としては、釈由美子さん搭乗のメカゴジラ、陸自のスーパーXなどが活躍した時が面白かったですね。そういう視点で見ているため、マイナスワンは少し物足りなく感じるのだと思います。
と、ここまで書いてきて気がつきました。マイナスワンは、映画ゴジラを原作とした別作品なのでしょう。小説を原作として作られた映画に、原作ファンが違和感を感じるのと同じなのかもしれません。そう考えると諸々の不整合はどうでも良く、本作だけの世界観で楽しめます。
最後のシーンで、ゴジラ細胞が海中で動き出していました。これは2作目があるということですよね。まさか、なんとなく匂わせただけで、次の展開は考えてないとかそんな適当なことでは無いですよね。次回作の展開が読めないので、楽しみに待っています。伏線を張ったのですから、回収もしっかりお願いしますね。
ちょっと卑怯かつ、珍しく真面目なレビュー。本当にシビれました!
今回ちょっと卑怯なレビューの書き方になるんですよね。
公開初日に観に行く予定だったのですが、都合で三日遅れの鑑賞になってしまいました。
「一体、どーゆー作品なのかな?」と純粋な期待と興味がありまして。
皆さまの評価を先に伺いに行きました。それを踏まえてのレビューになります。
概ね高評価だったので、これは安心して観に行けるかなと、ひとまずは安堵しました。
とは言え、プラス1500円のIMAXで観るべきなのかは迷いました。
なので、まずはDolby Atmosでの鑑賞を選びました。
お客さんの入りは上々で、珍しく劇場のシート半分が埋まっていました。
結論。
「もう一回IMAXで観たい!てか、観に行くべき!」でした!シビれました!見事に胸に刺さりました!
間違いなく今年一番の秀作でした!
意地悪にVFXパートのアラを探しながら観ていたのですが、本当にリアルに違和感なく目に入って胸に刺さってきたんですよね。
正しく、効果的な特撮の使い方だと思いました。
初っ端の、主人公・敷島が駆るゼロ戦の帰投シーンから、特殊撮影への期待がるみる膨らみました。
白組いつもながらすげぇ!
観に行く前は、戦後間もなく解体された軍の兵員、兵器をどう扱って、どう立ち向かうのかな?とか、米軍がどう絡んでくるのかな?とか。トンチンカンなことを考えていました。
コテンパンにやられた軍が機能するはずもないのは自明の理。
ならば、大変悔しいのですが、米軍の介入は?となりまして。
そして、米軍が協力できない旨の設定も、何となくなく飲み込めました。
そこで民間のパンピー有志を募って戦うことを決めたくだりは、かの名作『インデペンデンスディ』以来に見た胸熱設定でしたので、非常に燃えたし、シビれたんですよね。
率いるは、純く…じゃなくて我らが吉岡秀隆演ずる・野田だったわけですよ。
吉岡さん、ファンなんですよ。佐々木蔵之介さんも。
豪華キャストの演技を見るだけでも、十分に価値のある作品だと思いました。
勿論、主役の神木龍之介のキャスティングはドンピシャだと思いました。死んでしまうことを純粋に怖いと思い、生に執着して死に損なった過去。そこからの死(ゴジラ)と向き合った苦悩を見事に演じきっていらっしゃると思いました。
浜辺美波は、まだあどけなさの残るヒロインとしてビジュアルが映えていると感じました。萌え~♪
安藤サクラも、一見意地悪そうなのに、人の好いおばさん役を好演でした。ちなみに安藤さん、今年だけで何本目?と思い、いつもながらwiki先生にぷち師事しました。
すると6月初っ端の『怪物』から約半年間、本作までの5作品連続でご出演じゃないですか。要するに1ヵ月ごとに1本の新作にご出演。レプリカントがいらしゃるのかな?と思うほど八面六臂の大活躍。『BAD LANDS』では主演を務められたのですよね。全てが未見です。←破蛇をつつきましたよっと。
(全く存じ上げなかったのですが、お父様があの奥田英二で、旦那様が柄本佑だったのですね。義父は柄本明だし。びっくりだ!)
ほんのワンカットのために橋爪功を起用でしたし。(ネット調べもしてみたのですが、合っていますよね?)勿体なっ!作戦に絡んでくる旧軍部の頭固いお偉いさんor老獪な財閥の長あたりのキャスティングでもよかったんじゃね?←また出ましたー…いつもの悪い癖の自分的if設定が(笑)
『シン・ゴジラ』での矢口のヤシオリ作戦の時以上に、野田のワダツミ作戦開始の演説がこれまたシビれたんですね。
あれを見るためにも、もう一度劇場に足を運ぶ価値があると思うほどの名シーンでした。
演説系(笑)シーンの中でも白眉と言っていいと思うほど感動しました。
茶…もとい!吉岡さん、しょぼくれた見た目と相反してかっちょよかったんですよ。
どーしても茶川さんを重ねてしまうのですが(笑)
作戦が絶対に失敗するとわかってても、見ごたえ十分の決戦シーンだったです。
その作戦自体が、今までのゴジラ作品の中でも、ひときわリアリティある考証だったので、そこにもシビれました。
あと、何にシビれたかというと、あまり詳しくないジャンルなので、語ると簡単に落ちると思うのですが、最後の切り札が“震電”だったところに「ヒャッホー!╰(*´︶`*)╯」しました。
先の大戦での不運な未完の名機だったわけですよね。ド素人ながらも、それくらいは知ってるもん!
それを民間側の最終兵器として見せ場を盛り上げてくれたのは、大変よかったです。震電飛び交うVFXやっぱり凄かったし。
いずれも特殊な物を何一つ使っていなかったんですよね。現状ある物使って、あとは知恵と勇気だけが武器ってかっちょいいじゃないですか。燃える展開じゃないですか。
実は最後の最後で敷島が脱出したくだりは、なんとなく読めていたんですよね。
橘が整備中の震電のシート後方に赤い“横文字”のマーキングがあったんですよ。
あれ、きっと米軍からパクったか、模倣した脱出装備に違いないと思ったんですよ。横文字だったし。
珍しく細かいところまで見ていたです。はい。
「戦時中、戦闘機に脱出装置すら装備させなかった」云々の語りがあったじゃないですか。
そのことへのアンチテーゼ&ハッピーエンドへの布石だと思って。
本作のゴジラ、明らかに人間を目標にして襲ってきてたんですよね。殺る気満々だったじゃないですか。
あれは本当に怖かったです。
ゴジラの描写で斬新だったのは、尻尾から背中にかけて、うにょん!うにょん!と青く光る鰭が生えてくるシーン。あれ、とても綺麗でしたし「一体何が起るねんな!」と、怖かったです。傷ついた部分の再生シーンも、とても不気味でした。
そして音楽の使われ方が非常に秀逸だと感じました。ゴジラのテーマが、とてもドンピシャと効果的に使われていたと思って。ゴジラの登場と相まって、絶望感に満ちて本当に怖かったです。
メインテーマとして、エンドロールで使う資格は十分以上にあった作品でした。
そうそう、本作はわけわからんテーマソングは無かったんですよ。
あれ、殆どの作品でそう思うけれど。いらんのよね。邪魔。
作品の世界観に全くそぐわない時は、マジ勘弁って思いますもん。余韻台無しですわ。
エンドロールと言えば、本作、監督名が画面中央でストップしたんですよね。
アレって、どうしようもない“駄作あるある”じゃないですか(笑)
本作は違いましたね。山崎監督、本当に素晴らしく凄かったです。心の中で思い切り“サイレントオベーション”しましたからね。スタンディングはちょっと恥ずかしかったの。ごめんなさい。
本作を語る上でどうしても触れなければならないのは『シン・ゴジラ』との比較なんですよね。
庵野さんには大変申し訳ないのですが、本作を観た後でのシンは、“ヲタク”向けゴジラと思えるようになりました。
あくまでも、コアなマニアに向けて発信されたみたいな。
どうも広く一般に受け入れられないように思えてきて。観た当時は大変素晴らしい名作だと思ったのですが。←貶めてるわけじゃないですよ!
対して本作です。こちらはヒューマンドラマパートが、幾層にも丁寧に描かれていたので、ゴジラ抜きにしても、見ごたえがありました。
別にゴジラが主役じゃなくてもいいんじゃね?と乱暴に断じていいほどに。その分、間口が広いと思い。
大人が観ても子供に観せても楽しめる、そんな作品に思えました。
敷島と典子・明子、さらには、近所のおばさんの関係の距離感が絶妙だったんですよね。『三丁目の夕日、時々ゴジラ』みたいな。
お互いに全く赤の他人の四人を軸に織りなされた愛情ドラマとして、かなり泣かせに来ていましたから。そこへ蔵之介さん、吉岡さん、山田さんたちが食卓を囲むシーンなんて、本当に胸ほっこりしました。「えっ?これってゴジラ映画ですよね?」ってオツムの中で再確認しましたもん。
そういう意味では、本作、ハッピーエンドでいいんですよね?
最後のカットでゴジラの復活を匂わせるような描写がありましたけれど、あれって「次作は後進にバトン渡しますよ」って解釈でいいんですよね?
とりあえず本作はハッピーエンドで完結してるって認識でいいんですよね?うん。
ただね、「ちょっとなぁ…」と思ったことも少々あって。
もう一方の主役のゴジラの造形問題。これ、他のレビュワーさんもご指摘のように、最後まで違和感が拭えなかったです。
腕長すぎじゃね?胸板の筋肉も厚すぎじゃね?ササミの喰い過ぎじゃね?
あとね、せっかくの浜辺美波が演ずる典子が一旦途中退場しちゃうじゃないですか。もう少しお話に花を添えてあげてもよかったように思いました。白状すると、美波さんをもっと見たかったんです。
(///ω///)
まぁ、あそこは敷島が死を賭してでも、国の危機、そして典子から託された明子を救いたいと思うようになったプロットとして、重要な位置づけだったんだろうけれど。
ちなみに、珍しく映画観る前に購入したパンフレットが1100円。やや高価でしたが、それに見合う価値が十分にあって、大変読み応えがありました。
そして、グッズ売り場がマジ大変なことになっていたんですよね。定番のポストカードやクリアフォルダから始まって、Tシャツ、パーカーまで50種類以上ほどもあります。その上過去作品の書籍まで置かれていたので、マジお腹いっぱい。グッズ眺めているだけでも楽しかったです。マニアさん、財布の事情が破綻しそう。
私が欲しいと思ったのは1980円のメガネケースでした。財布の事情で買えなかったのですが。続けてIMAXでの鑑賞をソッコーで決めたもので。
あー、なんてもったいない映画なんだ
あー、なんてもったいない映画なんだ
見終わったとき、凄く釈然としませんでした。
前作、シン・ゴジラが、こういう作品を見たかったんだ。
すげえな庵野!見直したよ、あなたがゴジラを撮ってくれて良かった!と思える作品だっただけに。
今作がポテンシャルなら、充分タメをはれる作品になったのに・・・。
もしかしたら傑作だったシン・ゴジラに別角度から迫る事ができた神作品になるポテンシャルを秘めながら、残念な作品になってしまったと思う。
なぜそう考えるか。
とりとめのない書き方になると思うが、そこに至った考察を申したい。
ものすごく回りくどく、とりとめのない長い文章になってしまいますが、思いを全部吐き出したいと思います。
ネタバレで、見た人でないとわからない書き方しています。
また、前作シン・ゴジラを見て、これまでゴジラ映画を見て来た上で書いてますので、わからない文章になっています。
ご容赦を。
まずゴジラというコンテンツは、核の怖さ戦争の悲惨さ、荒ぶる神、天災というものを内包した稀有な作品でコンテンツだと思います。
最初のゴジラ。白黒のゴジラはそれを持っていた。
特撮であり怪獣映画。日本の誇るゴジラ作品という映画を生み出した非常に稀有な作品だった。
単純にすごくて面白かった。
ゆえに後継の作品。ゴジラは何回も描かれてきた。
でも続編を、次をと毎年描かれるにつれて、内包した怖さ・神性は失われチープ化されていく。
またゴジラ映画かとチープ化されて行くところ、そうじゃないと揺り戻しのように、すごくゴジラの怖さ・神性を持った作品。
新たなゴジラが描かれる。でも大人の鑑賞に耐えうる作品は、特撮=子供の世代がたくさん見に来てくれて興行収入が大きい作品と離れてしまう。
収入を大きくしようとする弱年齢層向け(が全て悪いとは言わないが)陳腐化チープ化し、大人が納得するすごい作品を作ると、興行収入が減ってしまうという、すごく悲しい特撮という土壌にいるコンテンツがゴジラでもあった。
その中で、大人の鑑賞に耐えうるすごい作品、リブートからの神作、稀有な作品がゴジラ対ビオランテであり、シン・ゴジラだった。
初めて映画館で見た作品がビオランテということもあり、ゴジラの凄さに魅了され、過去作品から現作品まで見続けた人間として、シン・ゴジラはものすごい作品でした。
現実対虚構 日本対ゴジラ 嘘は唯一つ、ゴジラという存在だけで、とんでも兵器が出るわけではなく、日本という国住まう人たちが全力で現実に挑む。
シン・ゴジラを劇場で見たとき。
すでに完成されたコンテンツ。ゴジラという怖さをはじめから知っていて、初めて白黒ゴジラを見た人たちだけ味わえた、ゴジラというとんでもないものに初めて遭遇する体験。
それを味わせてくれた、最高に面白い作品がシン・ゴジラでした。
もしケチを付けるとすれば、「次のリーダーがすぐに決まる」と語られるように、一人にヒーローが解決に導いていくのではなく、はぐれものや学会の異端児と言われる人で構成される巨災対ですら組織で立ち向かう。
その描き方であれば矢口が何かしらのトラブルで身動きできない状況を作り出し、それでも組織でヒーローが居なくても立ち向かえるというシーンを入れてほしかった。
牧という教授が何を好きにしたのか?おそらくゴジラに自分の意思を取り込ませるために羽田湾おきの海で、自分自身をゴジラに取り込ませたんだろうと思いますが、ゴジラの遺伝子情報のくだりで、人間の遺伝子情報も取り込んでいるという描写を入れてほしかった。
また牧教授が残した暗号から導かれる物が、完全生物であり荒ぶる神を、神の座から引きずり落とし、倒せる生物に変えるアイテムという事を「これは行けますよ!」というセリフではなく、きちんと描いてほしかった。
アパッチの40mmが機関砲から発射されるシーンで、蓋が付いたままの筒から発射されているようにしか見えず、そういったCGのチープさが惜しかった。
最後の矢口のまだ終わっていない=シン・エヴァをきちんと描くよと庵野監督からのメッセージで特にシン・ゴジラに入れる必要はなかったかな、と。
-1.0を語る前にシン・ゴジラを語りましたが、ほぼ完璧に近いゴジラという作品で、前作はすごかったという思いをまず言いたいです。
では本題の-1.0について。
-1.0=マイナスワン=負の状態だと思います。
そこに神木隆之介演じる、敷島という人間が負を表す人間として物凄く好演していました。
特に予告編でもすこしでましたが、あの慟哭。
絶望のシーンは説得力があった。
なぜか?
敷島はお国の命令で日本を守るために死ににいけと、守るために特攻隊として死ななければいけなかった。
でも死ぬのが怖かった。臆病だった。時制がら母が立派に死んできなさいと託すのではなく、生きて帰ってきてと送り出した。
臆病さ。母の思い、自分の弱さもあり、特攻せず機体のトラブルということにして、おめおめと生きてしまう。
整備兵は機体トラブルではなく死にたくなかったんだなと見抜き、それでも「お前みたいな人間が居てもいい」と肯定される。
その晩、ゴジラが上陸し、整備兵の救う、守る機会と守る力があるにもかかわらず、怖さから戦えず、生きることを肯定してくれた整備長からも、お前のせいだ!救える力があるのに逃げたせいでみんな死んだんだと罵倒されてしまう。
シーンが変わり自分の家に戻ってくるも、追い打ちをかけるように、帰りを待っていた人は死んでしまい、隣人からも恥知らずとなじられてしまう。
結局、自分の弱さ故に守れなかったというジレンマ、立派に戦っていれば救えたんではないかという自問自答。
逃げてしまった人間が、生きていていいのか。
あのとき守っていれば、死んだかもしれないが、自分の力を発揮できていればこんな事にならなかったのではないか、と苦悩する。
成り行きとはいえ疑似家族をつくり、もしかして自分も生きていいのかな?許されていいのかな?と両親の位牌に語ったあとにゴジラが銀座に上陸し、また守りたい人を守れず、生き延びてしまう。
「赦しちゃくれないのかよ」と絶望し、慟哭するシーンはつき刺さりました。
それでも、と心に決め今度こそはと(アキコを、守れなかった人を)守るために震電に乗り込み戦い勝利する。
負のマイナスの状態で打ちのめされ死んだ方がマシだと思える状況にあっても、立ち上がり前を向き、戦う。
今度こそ守るんだ!と。
戦後直後で守る力も、守ってくれない国も関係なく、今できる持てる力を発揮し、負から正に転ずる。
何もないなら、あるもので戦う。
戦う兵器、戦う武器がないなら、そこにある自然の力で(急激な水圧な変化という普遍の力で)戦いを挑み、相手がどんなにすごい生物でも、「生物であれば倒せる」という可能性があるという、こう来た方と思わせる戦い方・作戦。
天才科学者の自分の死と引き換えに救うのではなく、超常的なヒーローが挑むのではなく、負けて生き残った人たちが、それでも!と立ち上がって皆で戦う。
負のマイナスでも出来ることだってあると謳う、なんという人間讃歌か、
戦後まもない中で描かれるゴジラは、これまでにないゴジラでした。
また特撮、映像としても凄くいい作品なんですよ、CGとは思えない緊迫した海での戦闘など、限りある予算の中でものすごく良い絵を撮っている。
特に、迫りくるゴジラを木造船で逃げながら戦うシーンは鳥肌モノです。
そう。
ゴジラというコンテンツで、シン・ゴジラの次に作られ比較される作品なのにすごいなと思える作品になった、・・・はずだった。
若年層の自殺者がとても多く、閉塞感が蔓延し、未来の展望を持てない子供に対して、大人が「そうじゃない!」と背で・生き方で語ることもできなくなった今の情勢下で、負でもマイナスでも、出来ることはある!と語りかける名作なれる作品・・・になれたのですが。
描き方(台詞回しやドラマパートや説得力のもたせ方)がね・・・
アキコから父ちゃんと呼ばれるシーン。
父ちゃんじゃない、じゃない言ってしまう。これだと敷島が、父としたっている娘に対し、軽薄な人間に写ってしまう。
敷島の生き残ってしまった苦悩から出た言葉とするなら「父ちゃんと呼ばれるような人間じゃない」と言わせれば良かったのになぁ。
あと伏線が雑で、震電のシートがアップされるシーン、電報が届くシーン。
これで、ああこれは打出装置だな、これは生きているな、とその先の展開が安易に分かってしまう。
思いがけず、予定より早く上陸をしてしまうゴジラ。出港しようとする港の所に出てくるのにも関わらず、いつの間にか雪風は出向している。
どうやって安全に出港できたん?
人死にがでない作戦とすると言いながら、4隻中の2隻は沈んでますよ??
また国が周りが助けてくれないなら自分たちでゴジラをなんとかしようとする作戦会議。
世界が狭いというか、登場人物の周りしか映さず、周りの政府の姿勢をきちんと見せていない。
すべて伝聞調で周りの人たちのセリフとしてだけ描かれる。
主観の描き方で客観の描き方を挟んでいないので、なぜ集まって、なぜ困難な戦いを自発的に行おうとするのかの説得力が弱い。
ヒロインの蓮っ葉な生きるためなら何でもやるという薄汚れた服装の女性だったのが、いつの間にか良妻賢母のような、家族をささえていつの間にか身ぎれいな服装の女性に変貌していて、過程がない。
また銀座のシーンで、電車の中から川に落ちて助かるシーンも無理やり感満載で、その後やっと助かったのに、ゴジラの進行方向にいつの間にか居て、敷島が助けに来るシーン。
なぜそうなったが描かれず、消化不良になっているところで、屈指の失った慟哭をみる残念さ。
最後の病室で「戦争は終わりましたか?」という敷島=-1.0を描いたの最後いいセリフなのに、守るために戦いに身を投じている。それを知っていて病室で生きて戻るの待っている描写が無いのでセリフが浮いてしまっている。アキコもお母ちゃんと寂しさで泣くぐらいだったのに、敷島の方を見ていて、セリフが一個も挟まない。病室に駆け込んだときに一言おかあちゃん!と言わせていればあのシーンはもっと生きたのに。
いい作品なんですよ。でもこれはちょっとなぁと、それだけに残念さが際立ってしまう。
神作品になれるのに構成力やシナリオの見せ方で誰が見ても、明らかに失敗している。
ゴジラの爆風で吹っ飛ばされ、それでも生きていたけど、これくらいのご都合主義・赦しはあってもいいと思わせる、マイナスからプラスに転じる話なのに。
最後のもしかしたらゴジラが生きているかもしれないというシーンと、ヒロインの首に残った、G細胞おかげで生き残ったが(単純に被爆したと暗に示しているだけかもしれませんが)、このあと幸せな未来が無いのではないかと思わせるシーン。
蛇足じゃね?いい感じで終わったのに不吉感を残してスッキリさせないのは。
色々書きましたが充分面白く、オンデマンドが発達し好きなところで映像コンテンツがみれる時代でも、映画館に足を運んでも見てよかった作品でした。
あと私自身の蛇足ですが、2D4DXで見ましたが海のシーンの戦闘が多く、何度も水しぶきでメガネが水浸しで見れなくなりました。
4DXと見ると更に面白い臨場感を味わえるだけに、4DXでこれから見るメガネを掛けた諸氏はメガネ拭きの準備を。
雑文失礼しました。
唯々、伊福部昭は偉大であった。
初期の2作以外、つくづく山崎貴監督とは合わないと、実感してしまいました。
人間ドラマが冗長で焦点が甘く、生きろという言葉の上澄みだけで、泣かしにかかる様に感じてしまう演出は、熱演も無駄になってる気がしました。
所謂、ドラ泣きからゴジ泣きって事で、
なんか観客を舐めてる気がしてしまうのは、相性なのでしょうか?
GHQやらソ連の事は色んな方が指摘されてる通りだし、
民間主導のワダツミ作戦って、
そもそも誰がお金出してるの?とか、
震電が出てきた時、テンションが上がったのに、整備シーンで装備を半減してそんな所に爆弾積んで、ただでさえピーキーだったと言われた震電飛ぶの?とか、気になってしまいました。
ワダツミ作戦開始とともに、
伊福部昭氏の旋律が流れた時には、うぉーとなりましたが、助け船がアッセンブルしてきて、あっという間に牽引ロープで繋がった時には、苦笑しました。
割と好評なVFXですが、大戸島の呉爾羅は、まあ掴みとして良いのですが、
銀座の上陸時、引きの絵の横移動のゴジラの足の動きで、一気に冷めてしまいました。
足のパーツだけ動いてる感じで、
モーションキャプチャーとか使ってるの?とか、いっそ現存する東宝スーツ使ってCG補正するとか出来ないのかなあって思いました。
主役?のゴジラですが、
ギャレゴジの体に平成VSの顔に、ミレニアムの背ビレって感じで、特にあの顔にあの背ビレは似合ってないって感じたし、
新生丸を追いかけるシーンで、逼迫した状況の演出なのに、ゴジラ可愛いって思ってしまいました。
背ビレのギミック的な動きからの放射熱線、
核爆発、キノコ雲、黒い雨の流れは、
波動砲の様で、この背ビレギミックで、クライマックスで盛り上げるつもりなのねと思ってしまうのは、ひねくれてるからでしょうか?
同じ山崎ゴジラなら、三丁目に出たゴジラの方が好きですし、話の内容と合ってる気がします。
ヒットしてる様ですし、山崎氏は続編に意欲もある様なので、このまま大森一樹氏の様にゴジラ撮るのかなあって正直、気が滅入ってます。
お願いだから、浜辺美波をビオランテ化するのはやめてね。
いくら、G細胞に侵されてたとしても。
長文、失礼しました。
ゴジラ愛ゆえのツッコミでした。
あっでも、ガメラの方が好きです。
山崎貴は怪獣ごっこをした事がないのか?
特攻忌避をして生き延びてしまった男の(戦争の精算=敗戦)を重要な軸として描く人間ドラマを見せるフリをして
いざ、怪獣が暴れ回ると敗戦を受け入れられない(戦争の精算=自分なりの決着)を夢描く臆病者の寄せ集めを
民間主導と謳い、闇商売でもしたのか恰幅の良い元海軍将校が激励鼓舞する
(敗者の戦争ごっこ)
皮肉なら認めよう
再び酷い目にあって皆が怪獣を道連れに海底深く沈む光景に(海ゆかば)でも流れるのであれば
それは一つの反戦と感じろと言われたら、そう思うのも許容しよう
虚しく主人公が二度目の特攻から舞い戻り
(貴方の戦争は終わりましたか?)と問われた場面で終わらない悲しみを描いたのなら
そこには1954年に作られた空想科学映画に対する現代の返信ともなったかもしれない
山崎貴にそれを望むのは無理だと分かっていても
ゴジラを大スクリーンで見たいという生理的欲求は私を初日のIMAXへと誘ったが、そこに居たのは東宝マークを隠れ蓑に、VFXという魂の入っていない単に(怖い画)が、これもまた借り物となりつつある伊福部昭の余りに有名なテーマ曲を流してもらって映し出されるばかりなのだった
特に主人公をはじめとする男性の大半が
(戦争帰り=敗戦体験者)
そして銃後の日本に残された女性が3人
(身寄りが無い=敗戦の犠牲者)
として、なんの肉付けも無く薄っぺらい台詞を言わされているのが
(ドラマはあまり深掘りしなくても構わないのが東宝特撮映画の在り方)
だと考えている私には
見苦しい気取りにしか思えなかった
この新しいゴジラはVFXが当たり前となった世代にとっては抜群に面白い特撮映画だろう
観客動員のターゲット年齢から外れている(空想科学映画)を期待していた私には
ゴジラはスゲェけど
怖くはなかった
魂の入ってないゴジラを見ていて
なるほど、庵野秀明の(ゴジラごっこ)であった「シン・ゴジラ」(2016)で
ゴジラ役を野村萬斎が務めた意味が分かった気がした
子供の頃に道端でやった怪獣ごっこ
ゴジラもウルトラマンも仮面ライダーも
みんな本気で、なりきっていた
そんな事を思い出し、考えてみる時間を作ってくれたという意味では
新作のゴジラもまあ、貢献はしてるのかな?
大人向けゴジラ。何でゴジラは現れた??
私個人としては非常にツボを突かれた作品でした。
近年のゴジラ作品は例えアメリカ製だろうが庵野作だろうがアニメだろうが、いやそもそも昔から子供たちが楽しめるような作りになっていたと思う。
が、今作は違う。
子供を対象にしていないと思いますね。
怪獣プロレスは無いし創造科学のメカが出てきて対抗するわけでなし。
終戦直後の当時にあるものだけでゴジラと戦うんだが、普通に普通の作戦だよ。
でも震電の登場は胸熱でした。あの当時の戦闘機で1番好きなデザイン機なので(笑)
いや今作を楽しめる子供達もいるだろうが、どっちかというと大人向けだよね。ドラマが濃くて最後の方は涙が溢れてきたよ。神木浜辺の朝ドラカップルも良い役者だわ。
反戦とか、反無駄死にとか、簡単に未来を諦めてはいけないとか、許せない相手を許すとか、隣人だとか、人情だとか、今の日本がどんな状況からここまで来きたのか思いを馳せらせるそんな作品だと思う。
そして今作のゴジラは本当に人間に対して怒ってた。食として人間を食い殺すのではなく明らかに怒りの対象として殺戮破壊をしているように描いていた。何をそんなに怒っているのか?その怒りの根源も想像させられます。
粗探しをすれば、まぁチラホラつっ込み入れたくなる場面や構成もあるが、そういうのは他の人のレビューに任せます(笑)
あと何やら色んな映画のパロディ的なシーンも散りばめられていてそういう楽しみもできました。
今年はなかなか映画館に行く事ができずあまり本数観ていないのですが、このゴジラ−1.0は今年最高の作品だとおもいます。
ゴジラシリーズの中でもトップクラスの作品ではないでしょうか。
初代ゴジラⅡ・・・ですかね
戦争の呪いを描いた作品、という意味では初代ゴジラを別のアプローチで描いた初代ゴジラⅡと言うこともできると思います。
言われている役者の演技ですが、主役さんの演技は確かに芋だと思います。ただし、ゴジラ映画においてこれはマイナス要素になりません。なぜなら日本のゴジラ映画はB級映画だからです。今までの日本ゴジラはB級の域を出たことはありませんし、出る必要もありません。これは初代ゴジラから続く系譜、血統のようなものだと思います。
ちなみに一番演技が上手かったのはアキコちゃんでした。
ゴジラという怪獣の出来ですが、造形は頑張っていると思います。いわゆるマッシブなゴジラで平成ゴジラやハリウッドゴジラの様な形です。
動作は微妙です。とくに歩行シーンは足を下ろすたびにピタッと静止して、まるでロボットの歩行を見ているようです。だからシンゴジラは歩行シーンから逃げたし、ハリウッドゴジラは超すごかったんだなと理解できました。
ネガティブな評価をひっくり返すのがクライマックスである作戦シーンです。と言いますか、この映画、ゴジラと人とのバトルシーンがメチャクチャ面白いです。だいたい海戦なのでロボットウォークもありませんし。これまでのゴジラは対怪獣がメインで対人シーンはクソつまらないというのが通常でしたが、こんなに面白くできるんだなと感心しました。
ドラマですが、冒頭の通り主人公の戦争の呪いを中心に回らせています。シンゴジラが役者の演技から逃げてぶつ切りをスピーディに回す手法をとったのに対し、本作はしっかり演技させています。ちなみに演技はあんまりうまくありません。あんまりうまくありませんが、やる必要があったのだと思います。それは主人公が特攻機に乗るシーンを撮るためだろうと勝手に思っています。
特攻機に乗る主人公はやたらとキョロキョロします。そして主人公が見ている景色を丁寧に描きます。街の様子、整列した艦隊、そして圧倒的な強敵ゴジラ。ああ、これって実際の特攻隊が見た景色なんだろうなと思いました。それを理解させるために人間描写が必要だったんだろうと思いました。
戦争の呪いから解き放たれた主人公は新たな呪いをかけられます。生という呪いです。彼のガールフレンドも同じ呪いにかけられています。
ストーリー上、彼らは劇中で死ぬのが自然でした。数多の罪を背負った主人公もそうだし、主人公を再び飛行機に乗せるために爆風で吹っ飛んだガールフレンドもそうです。しかしその自然は不自然に捻じ曲げられ結果両方が生き残ります。序盤主人公が生き残ったことを責めた女性は最後死のうとしたことを責めまして、呪いの転換とも勝手に受け取りました。
彼らはやがて完全復活するであろうゴジラのいる日本を生き続けなければなりません。多分これがこの映画の我々に向けた最大のメッセージです。
ところで、最後の作戦を発表し、集まった元兵士たちの進退を個人に任せた際、多くの人が残りました。多分こういうのって多数の人が去り主人公などの一部の人がポツンと残って少数で戦うというのが鉄板だと思います。でもそれを破って大体の人が作戦に身を投じました。多分この監督、日本を信じてるんだろうなと思いました。
総じて、ゴジラ-1.0という映画、B級です。でもとても面白いB級映画で、個人的にはシンゴジラを大きく引き離してゴジラ映画最高傑作です。劇場で見た方が良いと思いますよ。
旧帝国海軍vsゴジラ
ゴジラを退治するのに、重巡高雄、菊水作戦の生き残り雪風や響、新鋭局地戦闘機震電、零戦など旧海軍が戦闘に加わってカッコ良かった。いっそ、ミズーリや長門、出来れば大和級も出して欲しかったが、見どころ満載でした。艦艇の主砲でゴジラを斉射なんて凄くないですか?
また、西武園行ったことがある方はわかると思いますが、ゴジラのアトラクションに乗ってるみたいで感動ものです。
浜辺美波さんも可愛くてよかった。途中、ヒロインをあっさり殺してしまうなーと思っていたが、まさか、ほぼ無傷で生きていたとは。(なぜだか説明が欲しかったが)娯楽作品なので許せます。
総じて、迫力もあり、カッコよく、気分を高揚させてくれる楽しい作品でした。
シン•ゴジラを知る前に観たかったゴジラ映画(家族で見られるゴジラ映画)
タイトル通りですが、シン•ゴジラを観る前に観たかったゴジラ映画ってこんな感じったたなと思い出しました。
今作はゴジラの描き方が本当に恐ろしい。最初のチェイスではジョーズの逃げ場のない感覚がありました。ゴジラは災害であり、人間の感情や都合に振り回されない理不尽さがあります。
災害としてのゴジラと、モンスターとはいえゴジラが生命として息遣いを感じられるこの恐怖感、絶対に映画館で見た方が良い作品です。
本作は怪獣ものとしてだけではなく、人間ドラマとしても成立しています。
ゴジラに関わる人間の苦渋や悔恨、辛い時期や決断の時があり、キャラクタ達を頑張れ!と応援したくなる気にさせてくれます。
ゴジラに対して敷島少尉が立ち向かう理由がきっちり立っており、敷島少尉目線での喪失と挽回、さらに進んで回生の伏線回収は見事でした。
お話としてご都合主義なところは多々あり、最後の最後は私としてはあまり好きではありませんでしたが、どこにでも出せるエンターテイメント的な映画だと思います。
→岡田斗司夫さんの解説みましたら、のりこの首筋の黒い筋はもしかしてゴジラ化してるのか…?という怖い想像が出来ることを知りました。
完敗です。⭐️5です!
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