Sin Clock : 特集
【予測不可能の“激ヤバ映画”】「さがす」「凶悪」で
食らった人に贈る、たった一晩の人生逆転―― 主演は
窪塚洋介、18年ぶり“単独主演”の狂気的な色気を浴びる
ひと目見た瞬間に吸い込まれた。窪塚洋介という俳優の類まれな魅力に――。
2月10日から公開される「Sin Clock」は、窪塚洋介の約18年ぶりとなる邦画長編単独主演作だ。物語は、どん底の日々を送る男が偶然に導かれ、人生逆転の大犯罪に挑む姿を描く……。
本編の約94分間、窪塚をはじめ登場人物の“危険すぎる色気”を浴び続ける映画体験。多くの観客の胸をえぐり話題となった「凶悪」「さがす」などに匹敵する、予測不能の“激ヤバ映画”が誕生した。
この特集では、今作に期待を寄せていた映画.com編集部が実際に鑑賞し、心の底から“食らってしまった”体験談を記述していく。すこしでも気になったら、今すぐ映画館で鑑賞することをおすすめする。
【目次】
[窪塚洋介の色気を浴びる]どうかしてるほどの魅力に注目
[予測不能の物語を浴びる】圧倒的熱量、生々しいほどのカタルシス
[奇跡を浴びる]本人と役がシンクロした映画の良さ
【窪塚洋介の色気を浴びる】かっこよすぎるんよ…
どうかしてるほどの“内側から崩壊する魅力”に注目
まずは鑑賞して初めに目に飛び込んでくる、この男の魅力を語っていこう。
●18年ぶり長編邦画単独主演、一世一代の賭けに出る“くすぶり男”役に
「池袋ウエストゲートパーク」「GO」「ピンポン」で魅せた、ケタ外れのカリスマ性。そして近年はマーティン・スコセッシ監督作「沈黙 サイレンス」や、堤幸彦監督作「ファーストラヴ」など、数々の話題作で名状しがたい存在感を発揮している窪塚洋介。
そんな彼が、長編邦画としては約18年ぶりとなる単独主演作で演じた役どころは……世界を救うヒーローではなく、熱狂的な支持を集めるスターでもなく、社会の底辺にタッチしそうなほど“くすぶる男”だったという点が興味深い。
主人公の高木(窪塚)は理不尽な理由で会社をクビになり、妻子からも別れを突きつけられる。タクシー運転手として働きながら、客の罵声に耐える冴えない毎日を過ごすが、ひょんなことから“人生最大の賭け”=数十億円の絵画を盗み出す大犯罪へ挑むことになる――。
●深夜2時、ジャージでビールを飲む それだけで観客を“吸い込む”
内側に爆弾を抱える男を演じさせたら、おそらく窪塚洋介の右に出るものはいない。今作の大きな見どころは、窪塚の“狂気的なまでの色気”だ。
早朝まで開いている渋い居酒屋で、窪塚扮する高木が同僚たちと食事するシーンがある。くたびれたジャージ、退勤後の気だるげなムード。高木がクッとビールをあおる。腑抜けた表情でキュッとタバコを吸う。
まるで香水みたいな色気だ。“しがないタクシー運転手”という設定なのだから、色気など出さなくてもいいのに、全身から醸し出てしまっている。こんなタクシーに乗ってみたいと心から思う。「大人になった『ピンポン』のペコだ」と考えがよぎった。大げさに聞こえるかもしれないが、「“格好良さという概念”に手と足がついているみたいだ」とも本気で思った。
【予測不能の物語を浴びる】たった一晩の人生逆転――
新鋭が圧倒的熱量で紡いだ、生々しいほどのカタルシス
次に“物語の面白さ”も目をみはるものがあった。展開や結末の刺激……新鋭・牧賢治監督の圧倒的な熱量により創出された、ストーリーの巧みさを語っていこう。
●ストーリーの面白さが見逃せない 偶然が重なり“必然の犯罪”へ…
注目してほしいことは、ありえない偶然=“シンクロニシティ”が何度も重なり、結末へと突入していく点だ。
高木(窪塚洋介)はある日、タクシーに大物政治家・大谷(螢雪次朗)を乗せる。酔っ払っていた大谷は、数十億円もの価値がある幻の絵画につながる手がかりをうっかり漏らした。
高木は、驚異的な記憶力を持つ番場(坂口涼太郎)、裏社会に通じる賭博狂の坂口(葵揚)ら、同僚ドライバーたちと手を組む。なぜこの3人なのか? 彼らはみな、“3カ月前”に仕事をクビになった、“3月3日”生まれの男だったからだ。
3という数字に奇妙な共通点を持つ彼らは、欲に群がるヤクザ、アウトロー、闇ブローカー、ホステスらを巻き込んだ絵画強奪計画を画策。完ぺきなプランだったが、3がもたらす想定外の“偶然の連鎖”に翻弄され、高木の思惑をはるかに超えた結末へと走り出していく――。
●結末に「そうくるか!」と拍手 あなたの予想を衝動的に超える脚本の妙
最低な人生は、たった一夜で最高の人生に逆転できるのか? 闇社会に足を踏み入れた高木たちの物語は、一切の無駄を削ぎ、研ぎ澄ませたスリルがみなぎる一方で、観客の度肝を抜こうという“ひりついた気配”も横溢する野心作である。
目を凝らさねばわからぬほど微細な伏線の向こうに待つ結末。その衝動的な展開は、あなたの予想をはっきりと裏切り、どうしようもない感覚を心に流してこんでくるはずだ。
もう一つ特筆したいことは、現代社会の問題を容赦なくえぐるテーマ性である。高木たちは好き好んでくすぶっているわけではない。今の日本は、一度ドロップアウトしてしまったら、再起するための機会はほとんど与えられない。
その“一度ドロップアウトしてしまった”高木、番場、坂口。心のどこかで人生再起を望みつつ、しかしそのチャンスを得られず、結果として“犯罪を選ばざるを得なくなっていく”のだ。彼らを追い込んだのは自分自身か、それとも社会か? こうしたテーマ設定に、今作「Sin Clock」が社会的にも重要な作品である理由が隠されている。
【奇跡を浴びる】本人と役がシンクロした映画の良さ
物語を超え、今を生きる我々に殴り込みをかける力作
この物語に“キレイゴト”は存在しない。あるのはただ、持たざる者たちの生死を賭けた熱気と、罪の匂いだけだ。最後に、奇跡とも言える今作の要素をお伝えし、特集を締めくくっていこう。
●「バードマン」「レスラー」etc… 今作は、“本人と役がシンクロする奇跡の映画”の系譜
観れば観るほど、窪塚洋介と、演じた高木がダブって見えてくる。窪塚自身は酸いも甘いも飲み込んで血肉としてきたからこそ、若き日とはまた別種のカリスマ性を帯びた。一方の高木は、年を重ね、理不尽を経験し、漂着した“ここ”で望まぬ生活を送らなければならない、そんな哀愁がみなぎる。
これは論理ではなく、あえて感覚で表現するが、窪塚本人と役どころがかっちりとシンクロしている――10年に1本の“ハマり役”といっても過言ではない。こうした“本人と役が重なる映画”は、観るものに強く影響する作品が非常に多いのだ。
例えばかつて「バットマン」で脚光を浴びたマイケル・キートンが、“かつてヒーロー映画で人気を博した俳優”に扮した「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」。アカデミー賞で作品賞を含む4部門を制した。
そして、栄光と転落の俳優人生を歩んだミッキー・ロークが、老いたプロレスラーの傷だらけの復活を演じた「レスラー」。こちらはベネチア国際映画祭の金獅子賞、ゴールデングローブ賞の最優秀主演男優賞・最優秀主題歌賞に輝いている。
今作「Sin Clock」も同様だ。演技というにはあまりにも切実な“表現の数々”は、きっと言葉ではなく、心で理解できるはずだ。
●「凶悪」「さがす」etc… 逃げ場のない映画感で“危険な作品”を堪能して
死刑囚の告発をもとに、ジャーナリストが未解決の殺人事件を暴いていく「凶悪」(白石和彌監督)。
「指名手配中の連続殺人犯を見た」と言い残して姿を消した父親と、必死に父を捜す娘の姿を描いた「さがす」(片山慎三監督作)。
深夜に殺人が行われる銭湯を舞台に、ひょんなことから人生が大きく動き出してしまう人々を映した「メランコリック」(田中征爾監督作)。
これらのような刺激的な邦画への人気は根強い。深淵がこちらを見つめているような“ヤバさ”を求め、私たち観客は手に汗握りながら、胃の裏に冷たい汗をかきながら、画面を凝視するのだ。
「Sin Clock」もまさに“あの感覚”を多く感じられる、激ヤバ映画の系譜。若き新鋭・牧賢治監督をはじめ、製作に実業家・藤田晋氏(2022 FIFAワールドカップをネット中継した「ABEMA」など)が名を連ね、キャストには橋本マナミ、ラッパーのJin Doggと般若、お笑いコンビ「チョコレートプラネット」の長田庄平、テーマソングと劇中曲をそれぞれ提供したオルタナティブロックバンド、GEZANやAwichら、危険な匂い”をブーストする面々が集ったことからも、筆者の主張がよくわかると思う。
窪塚洋介の色気。衝動的に予想を裏切る物語。そして、演者と役どころの奇跡的なシンクロ、危険なムードに満ちた作品性……。ぜひ逃げ場のない映画館で堪能してほしい。きっと、非日常の体験を全身で味わえるはずだから。