劇場公開日 2023年9月1日

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「親不孝者の涙」こんにちは、母さん 町谷東光さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0親不孝者の涙

2023年9月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

笑える

単純

小百合ちゃん、御年78歳。日本の戦後映画界で60年以上にわたり活躍。今回が主演作123本だという、永遠の大根役者。
彼女の出演作を映画、テレビで何作見たか…分からないが、何十本かは見ている、見てきただろう。芝居がうまいと思ったことは一度もない。NHKドラマ「夢千代日記」はすばらしいドラマだと思うが、彼女が演じていると、薄い、浅いんだよね。
小百合ちゃんのどこが大根か? 舞台への出演経験がないから、だ。
観客に生身の自分をさらす経験のないまま60年以上を永遠のアイドル女優としてやってきた人だ。舞台出演がないのは篠田正浩監督の妻、岩下志麻もそうではあるけれど、岩下とは演じてきた役柄もかなり違うだろう…。
汚れ役をやらない、やれない…というのが小百合ちゃんの小百合ちゃんたる由縁だ。
永遠のアイドルがそのまま、婆さんになった。それはそれでいい。彼女の域に行ける、達する女優はいないのだから。いるとしたら薬師丸ひろ子くらいか? 薬師丸はもっと芝居はうまいし、幅もありかなり歌もうまい。再放送中の「あまちゃん」のすばらしさ!

さて、例によって本作についての知識はほとんどなしで映画館に行った。僕が住む地元・墨田区が舞台。いわばご当地映画であるという点が見に行った理由だ。
上映館は、下町の映画好きが集まるところ。日曜日の午後、かなり年齢の高い、館内の階段を上がるにもやっとこさっとこという人が多数であった。
山田洋次監督作にいい映画はもちろんあるけれど、同じ松竹出身の大島渚、篠田正浩のほうがアートっぽくて好きである。

僕にとっては日常的に見ている隅田川、向島の景色がそのままスクリーンに映って素直にうれしく、楽しかった。その点はいい。
ドラマとして見た場合、小百合ちゃんと同様、息子役の大泉洋の大根ぶりも相当なものだ。
大泉の同期入社サラリーマンを宮藤官九郎が演じているが、到底役者の演技ではない。
あれを、味がある…という言い方でほめるつもりは一切ない。

…といった感じで、物語終盤まで、いつもの山田作品という感じで、他人におすすめするほどのものではない。ここで星をつけるなら2つくらいだろう、と思っていた。

しかし、最終盤での小百合と大泉ー母子のやりとりを見て、目が、胸が熱くなってしまった。
サラリーマンとしての会社人生、私生活ともども悩みを抱えている大泉が、ひとり暮らしをする母親の元に戻って一緒に生活したい、と言うのだ。
その瞬間、小百合ちゃん演じる母親の顔がパーッと明るくなる。うれしそうな顔をするのだ。
5年前に89歳で独り暮らしのまま死んだ自分の母親のことが思い出された。ああ、お母さんは僕と一緒に暮らしたかったのに、その思いをかなえることができなかった、しなかった――。なんと親不孝なんだ…と。涙ナミダである。

このやりとり、場面だけで僕は十分に感動した。シニア料金1300円以上の価値のある映画だった。

帰宅後、両親の遺影に向かい、「ごめんね」と語りかけた。

町谷東光