劇場公開日 2023年9月1日

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「空前絶後の小百合崩壊でもまだ手ぬるい」こんにちは、母さん クニオさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5空前絶後の小百合崩壊でもまだ手ぬるい

2023年9月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

幸せ

 「ぬるい」と言う言葉がぴったりな、御年91歳の日本の至宝映画監督である山田洋次の最新作。ぬるいから心地よいのか、ぬるいから中途半端なのか、と言えばその両方ですね。この先監督の作品に出合えるのか?の不安より、本作も含め圧倒的に完成度の高い作品群を同時代的に鑑賞出来たことを喜びたい。

 なにより本作は監督が超大御所に対し、スターの超大御所が主演していることが他と大きく異なること。すなわち小百合ムービーであると言う事を抜きに本作は語れない。実年齢との乖離が徐々に顕在化することによる違和感は90年代あたりから内包し、21世紀に入ってからの諸作はスター・吉永小百合を守り抜くスタンスが一貫し、観客の違和感は増大するばかり。主演女優が綺麗でありさえすればいい、なんて映画黎明期じゃないんですから。ひとり裸の王様状態がずっと続いております。

 本作にあたり伝え聞くところによれば「初めてのおばあさん役で・・」とか「お前、なんてセリフは初めて言いました」なんて天然ぶりを披露されて。山田洋次とのタックは「男はつらいよ 柴又慕情」「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」そして「母べえ」「おとうと」「母と暮せば」に続いての6作目。前3作においても、山田をもってしても払拭出来なかった小百合マジックを今回遂にある程度取り払ったところが何よりも見せ場でしょう。孫が大学生のお婆ちゃん、口を開けて大笑いしたり、フツーのセリフを言ったり、酒に酔うシーンから、好きな男の手を自ら掴む!なんて、空前絶後の小百合崩壊となっているのです。

 これに呼応し、山田も普段の大船調を封印し、どんよりと暗いシーンを展開、極端なアップもこれまでになく多用し、吉永のガードを崩そうと躍起。とは言え。映画なのに無駄なセリフが多く、吉永の芝居を自らの説明セリフで毀損してしまっているのが残念。あと数年で80歳とは見えないウィッグのガードまでは打ち崩せず、背負う孤独が滲み出ない。役者としては一流とは到底言えないレベルなのは従来通り。

 ここで本作を救済するのが芸達者・大泉洋なんですね。もとより大袈裟になりがちな彼が抑制効いた芝居に徹し、両超大御所お2人に挟まれつつも案配よくまとめた事は特筆に値するでしょう。これ見よがしの受け狙いはきっと山田が窘めたことでしょう。対する同僚役の宮藤官九郎が何故にここにキャスティングされたのかは存じあげませんが、天才脚本家として山田洋次の演出を身を以って体験したかったのでしょうね。大泉の抑制とは正反対に大仰な宮藤の演技が臭くうるさく、中間管理職である大泉への同情を観客に染み込ませることが出来たわけです。

 永野芽郁の終始へそ出しファッションが安っぽく、大手企業の部長の娘には見えない。サブストーリーを担う田中泯のシークエンスが全体に活きず、吉永達のボランティアも、行政への突き上げまでは程遠く、自己満足で終わってしまう。牧師役の寺尾聰はステレオタイプもいいところで、鈍感なのもありきたりで面白くない。

 東京スカイツリーが幾度となく登場し、その足元に拡がる下町風情がこのおとぎ話を成立させる。妻と離婚、娘と会話出来ず、大手企業を首になる、まるで悲劇の塊なのに、親子水入らずを花火で誤魔化すあたりの手腕は並大抵ではない。誤魔化していくしかないのですよ庶民は、山田の永遠のテーマじゃないでしょうか。観てよかったと心底思える佳作でした。

クニオ