劇場公開日 2023年3月10日

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ひとりぼっちじゃない : インタビュー

2023年3月10日更新

井口理(King Gnu)が感じた演じる喜び 伊藤ちひろ監督が紐解く俳優としての魅力

井口理、本作の演技に「普段自分が歌っている瞬間と近いものを感じた」
井口理、本作の演技に「普段自分が歌っている瞬間と近いものを感じた」

世界の中心で、愛をさけぶ」「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」などで知られる脚本家・伊藤ちひろが、10年の歳月をかけて執筆した初の小説「ひとりぼっちじゃない」。不器用で、コミュニケーションがうまくとれない歯科医師・ススメの日記形式の物語で、彼が抱える自意識や鬱屈や生きづらさが、苦しくなるほどの熱量で、びっしりと書き込まれている。

伊藤が初監督を務め、自ら同作を映画化した「ひとりぼっちじゃない」が公開中だ。伊藤監督が脚本を当て書きし、ススメ役を託したのは、ロックバンド King Gnuの井口理。映画初主演とは思えない圧倒的な存在感で、ススメという人間を生々しく演じ切った。本作がどのように作られたのか、井口と伊藤監督に話を聞いた。(取材・文/編集部)

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歯科医師のススメは、マッサージ店を営む女性・宮子(馬場ふみか)に恋をする。しかし、宮子は部屋に鍵をかけず、突如連絡が取れなくなったりする、つかみどころがない女性だった。それでも彼女と抱き合っていると、ススメは自分を縛っている自意識から解放される気がしていた。自分でも自分のことが分からないのに、宮子が理解してくれていることに喜びを感じる一方で、自分は彼女を理解できていないと思い悩むススメ。ある日、宮子の友人・蓉子(河合優実)はススメに、宮子の身に起きた驚きの事実を告げる。

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「この、何者でもない、物語の主人公には成り得ない、何の変哲もない僕みたいな人間」(原作より)――。そんな自己評価を下しているススメは、他者の視線を気にするあまり、心のままに振る舞うことができず、自分というものを理解できないでいる。ススメは、宮子の存在を通して、徐々に自身の輪郭をつかんでいくかのように見える。

「宮子さんは、僕ですら分からない僕を理解してくれて、どんな人間なのかを、教えてくれる人だよ」。しかし、相手を理解しようとする営みであるといえる“恋"によって、ススメ自身もまた、変質していく。ふたりの間に起こる謎めいた出来事は、相手の真意を察すること、真に理解し合うことの不可能性を暗示しているかのようだ。

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――まずは、伊藤監督に質問です。原作を執筆するに至った経緯や、思い入れの強さを教えてください。

伊藤監督「私、もともと小説家になりたくて。脚本家をやらせて頂いているなかで、『小説を書きませんか?』と、出版社からお話を頂く機会があって。何を書こうかなと思ったときに、すごく自意識に絡まっている男の人の物語を書いてみたいなと考えて、この小説を書きました。執筆にかけた10年は長すぎて、自分とススメを切り離せないことが、すごく辛かったこともありました」

――10年の間に、脚本家としてほかの作品にも携わっていらっしゃいますが、常に心の片隅にはススメがいたという感覚なのでしょうか。

伊藤監督「私は、脚本の執筆に入ったら、その作品のことしか考えられなくなってしまうんです。だから、小説を書いている間、ほかの作品に入ってしまうと、ススメの気持ちをキープしておくことができずに1回気持ちがゼロにリセットされてしまうので、余計時間がかかってしまったのだと思います」

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――原作は、ススメと歯科助手・川西のエピソード、ススメと宮子のエピソードで構成されています。映画では、後半のエピソードが中心になっていますが、どのような方針で、脚本を作り上げられたのでしょうか。

伊藤監督「脚本家の仕事では、原作小説から脚本にすることが多かったので、いつもと同じ感覚で作業していきました。今回大きく違ったのは、最初に井口くんにススメを演じてもらえるというお話ができていたこと。当て書きできて、すごく良かったです。本作では、ススメを含め登場人物たちが、あまり言葉を発しないじゃないですか。語っている数少ない言葉すらも、本当か嘘か分からないところがある。観客は主人公であるススメに最も集中して見るわけですから、細かい表情や動きで、彼の人間性を感じ取ることになる。井口理という人間が、どういう表情ができる筋肉を持っているのか、どのように感情が仕草に現れるのか、資料などを見て知っていきました」

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――井口さんは、原作の文庫版にあとがきを寄せられています。原作を読んだ感想や、魅力的に感じた部分を教えてください。

井口「まずオファーを頂いた段階で、まだ脚本があがっていなかったので、先に小説を読ませて頂きました。やっぱり主人公が自意識に駆られているあの状態ってなかなか……あんまりこういう作品ってないなと思いました。それと同時に、自分も普段生きているなかで、自意識に駆られている部分がすごくあったので、そういうものをうまく演技に落とし込めたらいいなと思いました」

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――井口さんは、伊藤監督のロケハンに同行し、役を作り上げていったそうですね。

井口「ロケハンに行ってみて、自分のなかであとになって、『役づくりって、たぶんこういうことだな』と分かったことがあったんです。例えば歴史上の人物について勉強するときに、教科書を読んだだけだと、その人のことは分からないじゃないですか。その人が訪れた場所や、住んでいた場所に行くことで、どこか身近に感じられたりする。例えば、『ここで飯食ってたんだ』『恋人もいたのかな』と考えることで、自分のなかですとんと分かることがある。それが役づくりなのかなって、少しずつ分かってきました」

井口「小説を読んで思ったんですが、自分がすごく感情移入できるというのは、その人がリアルにそこに存在するということじゃないですか。その人がどう生きているか、丁寧に考えることは、今後も大事にしていきたいなと思いました」

――ご自身と、演じたススメとの共通点はありましたか。

井口「僕は、共通点だらけだと思っていました。映画では描かれていないですが、小説のなかで、ススメが書店で本を手に取るけれど、『この本を買う自分って、どう思われているんだろう』と悩んで、なかなかレジに持っていけないシーンや、電車で隣の女性が笑っていて、『自分のことを笑っているんじゃないか』と思うシーン。僕は日常のなかで、こういうことがめちゃくちゃよくある。この仕事を始めてから余計、そう感じることが増えたのかもしれません。誰かが自分のことを見て、気付いているんじゃないか、とか。こうした日常の些細な共通点が、僕とススメをつないでいる部分だと思います」

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――井口さんは撮影前、原作のススメと同じように日記を書かれたと伺いました。役づくりに生きた部分はありましたか。

井口「そもそも役づくりをしようと思って、日記を書いたわけではなかったんです。伊藤監督がもともと、考えたことをノートに書き留めるという話をしていて、僕も真似てみようかな、くらいの感じで始めたんです。結果的に、日記を書いているススメと自分がリンクすることになりました。ススメは、言葉にしない表現もすごく多かったので、自分のなかで『ここは、こういう感情をもって芝居をする』と、内面を理解する助けになったのが、日記でした。もう読み返したくはないですが」

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――原作では、大量の独白を通して、ススメの自意識が描かれています。他者にどう見られているかを気にし過ぎて、うまく振る舞えなくなってしまう部分には、共感できる人も多いと思います。

伊藤監督「そういう風に楽しんでもらえるといいなと思っていたので、嬉しいです。せっかく日記形式になっているから、普通の物語では語られない部分が描けたらいいなと。読んでくれた方がちょっと共感できて、ちょっと楽になれるといいなと思っていました」

井口「僕は、小説の導入が好きなんですよね。ススメという人物を描いている前半部分が好きです」

――映画の冒頭も、ススメの日常を追いながら、彼がどういう人なのか分かる描き方になっていますね。

伊藤監督「そうですね。原作では、『前半が好き』とおっしゃってくださる方も多かったのですが、映画は後半部分を中心に描こうと思ったため、冒頭で彼のキャラクターが伝わるように意識しました」

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――原作に綴られているススメの葛藤、心の揺れを背負うという意味で、井口さんには高い表現力が求められたと思います。また、伊藤監督の次回作「サイド バイ サイド 隣にいる人」にも出演されています。改めて、井口さんの俳優としての魅力を教えてください。

伊藤監督「すごく独特な“何か”を纏っている人だと思います。役者として、いろんな人を演じなければならないから、唯一無二のムードを持っていることが良いかどうかは分からないですが、そういった個性があるからこそできる表現はあって、『一緒に作品を作っていきたい』と思わせるものがある人だなと感じます。もっと井口くんのことを知っていけば、本人の独特な雰囲気を全て排除した、めちゃくちゃ普通の人の役もできるかなとも思うし、可能性をたくさん持っていますね」

伊藤監督「私は、『この人が演じれば、こういう感じになるのではないか』とある程度想像しながら脚本を書いていて、キャストが正式に決まってから、声質などに合わせてセリフを少し変えたりすることもあるんです。井口くんは、私が書いたことを受け止めながらも、期待を超えてくれる人だと思っています」

――伊藤監督は、本作のプロデュースを務めた行定勲監督作「劇場」の井口さんのお芝居が印象的だったそうですね。井口さんは、人気劇団の主宰で、カリスマ的な魅力を放つ小峰を演じました。

伊藤監督「私は、まだ自分が映画監督をやると思っていない段階で『劇場』を見たので、純粋にすごく良い芝居をする人なんだなと思っていました。役柄に存在感があって、カリスマとしての説得力もすごくあって。やはり独特な、纏っている“何か”がある気がします。危うさとか、不安定さとか、そういうひとつじゃないものが、雰囲気として全部出ている方ですね」

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――第35回東京国際映画祭のティーチインで、「もともと芝居は向いていないと感じていたが、本作で役者としてスタートを切れた」とおっしゃっていました。役と向き合うなかで得られたものはありましたか。

井口「あの言葉は、すごく役者として成長できたという意味で言ったわけではないんです。音楽に共通する、例えば自分がライブをしていて楽しいなと感じる瞬間と似たものを、本作の撮影で感じることができました。共演者の方との芝居で、自分がやったことですごく良い表情をしてくださって、その逆もまたしかりで。普段自分が歌っている瞬間と近いものを感じた、だからこそやっていけるかなと思いました。いままで、そう感じたことはなかったんです。手応えともいえないのですが、共通したものを見つけられたことが、すごく大きな収穫になりました」

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――伊藤監督は、「相手の心を見通せず、妄想や苦悩が広がっていくばかりで、なかなか答えに辿り着けない」という、誰もが経験する“あの感覚”を、映像として描こうとしたとおっしゃっています。ススメの姿を通して、そうした困難に加え、それでも他者と向き合おうとする姿までもが描かれていると感じました。

伊藤監督「映画を作りながら、タイトルにいろんな意味が込められていると考えたんです。自分が思っていることがちょっとズレてるのかなとか、世間からはみ出しているのかなとか、不安に感じている方がいたら、『皆、意外と内面はこんなもんだよ』と思ってもらえるような作品になるといいなと思いました」

井口「僕自身、演じる側でしたが、ススメの結末までを演じたことで、自分も救われたような感覚がありました。もしかしたら、本作がそういう不安を感じている方の小さな居場所になるのかなと。そうなってくれたらいいなと思いますね」

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