「〝普通のこと〟です。」正欲 humさんの映画レビュー(感想・評価)
〝普通のこと〟です。
インパクトあるタイトルでひき寄せられ、放つメッセージは何だろう?と予告からわくわくした。
数えきれないほどの個性が集まるこの世だ。
生きていれば他者の思考・嗜好・志向との相違を感じる。
それは普通のことで正解や不正解もない。
誰にとってもそれは「正欲」であり、生きようとする欲=「生欲」ということなのだろう。
登場人物のエピソードを巡りながら考えさせるメッセージ達はなんだか幾度も打ち寄せる海水に似ているなと思った。
決して生ぬるくなく傷を探してはしみ込んでくる。
波打ち際で立つ足元に目をやるたび、都合よく保身してくれる砂たちを繰り返し連れ去る。
〝普通のこと〟があなたに〝どうあるか〟。
根っこの部分に、他を害したり傷つけないことを絶対のルールとして、
〝では、どうあれば〟と聞いてくる。
その問いは、彼らの縦とか横とかななめが繋ぐ接点を巧妙に繋ぎながら最後まで力強く続く。
その最後である夏月の姿はとりわけ印象的だ。
佳道についての聞き取りをする寺井の正面で一切たじろぐことのない彼女。
自分を理解されることのない異端だとあきらめ他者との距離をとり生きることに疲れていた彼女が、似た感覚を持つ佳道と過ごすうちに自他の自然な感情や感覚を肯定できるようになったのを確信できる姿がそこにあった。
それは身についた寛容性だ。
自分らしさに向き合い心地よく生きる術がなし得たことだと思った。
同時に安堵がよぎり、この肩に入っていた緊張が解け血が回り出したようにふわりと体が温まった。
さらにそんな夏月のその背中をまたひとつ、すっと寺井の前で押してみせた言葉。
それは偶然と夏月の勇気が手繰り寄せたぬくもりの重みのちからだった気がしてならないのだ。
あたたかい背中にまわした夏月の指先が触れたのは他ならぬ自分の素直な感情。
人の温もりという安らぎに似た愛おしさがこちらにも漂ってきたのを感じながら夏月の前に開かれゆく長い道も見えた。
私たちのまわりにはいつもあのメガネがそこらじゅうに転がっている。
ふとしたきっかけで手にとるのは他者かもしれないし自分かも知れない。
その使い方次第では、過去から現在、海の向こうも身近に見聞きするものも起きる過ちはこの足元から簡単にまるくつながっているのだろう。
このしょっぱい波がざわめく間は剥き出しになった自分の素足をみつめることになるだろう。
日が暮れて遠くの灯台の薄明かりしかなくなっても、ただそこで、ひとりで。
コメントありがとうございます。
検察官の家族の一員だったらゾッとします。それぞれの役を演じる茶番の毎日は辛いです。
夏月の家族は、会話がほとんどないけれども、顔を会わせるだけでコミニュケーションが成り立っているんでしょうね。
コメントありがとうございます。本作は何かと特殊なマイノリティーの人たちについて描いてますが、これは私たち自身のことでもある気がします。彼らは一種のメタファーではないかと。誰しも人には言えない性癖があるかもしれない、ただ周りの目を気にして普通を装ってるだけなのかも。小児性愛みたいな性癖とかは論外ですけど、他人に迷惑かけない性癖に対して権力側が差別的取り扱いするのはいけないことですよね。
最近、本を紹介した記事でその登場人物の言葉が印象的でした。「僕はあなたたちの普通にとやかく言う気はないから、あなたたちも僕たちの普通にとやかく言わないでそっとしておいてほしい。」という性的マイノリティーの人物の言葉です。なんか本作に通じる気がします。
そうか、人間的強さとは、寛容性のことなんだ。とても納得です。
武張った強さは、弱いことの表れであることが多いし、ハラスメント野郎のほとんどは自分に自信がないから、立場を利用して攻撃する。
寛容であることは、他人を理解できることであり、攻撃しないこと。
そういう人を表す言葉は、確かに、『優しい』よりは『強い』の方が相応しい。
素晴らしいレビューですね。
こんにちは
共感とコメントをありがとうございます。
夏月と佳道は、二人の間で自然な感情を発揮しあうことで、自らに向けてきたネガティブな決めつけから脱して、自分を肯定し堂々と生きていくことに繋がりそうですね。多様性は、自分で自分を認めるところから広がるのかもしれないと思いました。
humさん、コメントありがとうございます😊
コミュ力不足の夏月にも、それを理解し、寄り添ってくれる佳道という存在があって、同じように佳道に寄り添っていく事で夏月も少しずつ変わっていく‼️良かったですね‼️
こんにちは。
共感ならびにコメントをいただきまして、ありがとうございます。
hum様のレビューを拝読させていただきました。いつもながらの素敵な文体で心なごませていただきました。波打ち際の表現は気持ちよかったです。
今作のような内容テーマで人同士が相互に理解してゆくのは大変であると思います。
ただ昨今の状勢を観ますに、いささか結果を求めるのに世の中は性急すぎやしないのかと思います。
始めるのは今でも、「孫子の代に解決できればそれでいいのに」とも思っております。
humさん、共感&コメントありがとうございます。
ラストで、寺井に対して見せた夏月の毅然とした態度が、本当に印象的でしたね。
そこに夏月の変容を見たhumさんのレビューが素敵です。私にはその視点が不足していました。お教えいただき、ありがとうございます。
ふわりさん、コメントありがとうございます。
水フェチ以外にもきっと想像を絶する個性派がぞろりと存在するんでしょうね〜。
私もメガネの扱いと思いやりをわすれずに寛容的に生きていきたいなぁとおもう作品でした。
夏月は、寺井に対して「なんで理解してくれないんだ」とは言わないんですよね。
相手の“分からない”を否定せず、それでも毅然と「それでも自分たちはここにいる」と言う。
それは仰る通り、本当の意味での寛容なんだと思います。
共感ありがとうございます。
孤独だった夏月は、佳道と暮らす内に寛容を身に付けていったんですね。あくまでも謙虚で自然体ながら強い意志を持つ、こういう人とは理性的な話が出来るのでは?と思いました。