正欲 : インタビュー
稲垣吾郎×新垣結衣が覚悟を必要とした“衝撃作”「今だからこそ、つくる意味がある作品」
「桐島、部活やめるってよ」の朝井リョウ氏が作家生活10周年を記念して書き上げたベストセラー小説を、「あゝ、荒野」の岸善幸監督が、稲垣吾郎、新垣結衣ら豪華キャストを迎えて映画化した問題作「正欲」(第36回東京国際映画祭では、最優秀監督賞&観客賞を受賞)が11月10日から公開を迎えた。
近年「半世界」「窓辺にて」などで高い評価を受ける稲垣が演じるのは、横浜地方検察庁に勤めるエリートの寺井啓喜。息子が不登校になり、教育方針をめぐって妻と度々衝突するようになった彼は、次第に家族との関係が不穏になっていく。
対して、新垣演じる桐生夏月は、彼女の“新境地”との呼び声も高い役柄。広島のショッピングモールで販売員として働く夏月は、自分の心を押し殺した日々を生きてきたが、中学の同級生・佐々木佳通(磯村勇斗)との再会を通じて、自分の中の“秘密”を解放していく。
稲垣も、新垣も、自分が演じる役柄に真摯に向き合いながらも、それでいてどこか肩の力が抜けたような、自然体の向き合い方が非常に印象的な俳優だが、そんな2人が「覚悟は必要だったが、それでもやりたかった」と語る本作。観客それぞれが持つ価値観、善悪の感情を根底から激しく揺り動かすような、衝撃的な作品「正欲」をどう受け止めたのか。(取材・文/壬生智裕)
●オファーを受けた時の思いは?
――映画を観て、これはなかなか引き受けるのに覚悟がいる作品じゃないかなと思ったのですが、オファーを受けた時はどう思われました?
稲垣:この原作を映画化するのかという驚きはありましたね。朝井リョウさんの作品といえば群像劇。いろんな人物が登場する物語がそれぞれに交錯して、それがクライマックスに向けてうまくまとまっていくさまがお見事というか。すごいなと、いつも感心させられちゃうんですけど、この作品もいろいろなお話があって。それが映画として2時間ぐらいにうまくまとめられていたので驚きました。
おっしゃる通り、それなりの覚悟が必要な作品ではありましたが、チャレンジしたいな、という気持ちの方が大きかったですね。
新垣:オファーをいただいた時はまだ脚本はなくて。企画書とプロットを読ませていただいたんですが、その時点で惹かれるものがありました。その後、脚本を待つ間に原作を読ませていただいたんですが、やはり映像化するには難しいことがたくさんあるんだろうなとは思いつつも、今だからこそ、つくる意味がある作品だと思いましたね。
今回は監督とも何度も話し合いを重ねて、意思疎通をとらせていただきました。原作があるものはいつもそうですけど、長い物語の中から、どこをピックアップするかということがすごく重要だったりするので。そういう中で、映画で描きたいことは何なのかと話をさせていただいて。それで意思疎通を図ることができたので、お願いしますという気持ちで受けさせていただきました。
●稲垣吾郎が抱いていた“役への意識”「大げさでなく、静かに演じきろう」
――稲垣さん演じる啓喜は、エリートゆえに他人に対して厳しくあたってしまうところがある役柄でした。それは普段の稲垣さんの優しい感じ、ひょうひょうとしたイメージとはまた違った役柄のように思えるのですが。
稲垣:そういう意味ではいろいろな役をやらせていただきましたよね。(『正欲』が出品された)東京国際映画祭には4回出させていただきましたが、当たり前ですけど、その4つはどれも全然違う役だったんですよね。今までは人を翻弄(ほんろう)する役だったり、ちょっと特殊な個性があるような役が多かったので、確かに今回の役は今までとはちょっと違う役柄だったかもしれない。市井の人を演じるということで、今回はなるべく大人しく、地味に。大げさでなく、静かに演じきろうと。その難しさはありましたね。
●新垣結衣、自身の役を「ひたすら想像して、考えるしかなかった」
――宣伝のキャッチコピーでは「新垣さんの新境地」と言われていますが。
新垣:役が変わったり、作品が変わったりすれば、それはすべて違う人物ですし、取り組み方としてはどれも新たな気持ちではあるんですけど……。ただ、今の私だからこそいただけた話だと思いますし、私もこの作品に惹かれたんだと思います。それは自然なことだったような気がします。
稲垣:きっと観る方は皆さんビックリされるんじゃないですかね。新垣さんもそうですけど、キャストの皆さんそれぞれが今まで観たことがないような表情を見せているので。
――役づくりも大変だったのでは?
新垣:夏月が抱えている“とある指向””に関しては、いろいろと探してみたんですが、何か具体的に参考になるものはなかったんですよね。だから想像で埋めるしかなかった。
夏月のように、つながりたいのに、つながれなかった気持ちって、相当なものだろうなと思うんです。私が35年間生きてきた中でも、生きづらいなと思う瞬間ははありましたけど、環境も状況も違いますし、それが夏月と同じものとは言えない気がして。ひたすら想像して、考えるしかないなと。そういう思いでした。だから役づくりに関しては、いろんな方に意見を伺いながら、つくりあげたという感じですかね。
●役に入り込むタイプ? 切り替えがハッキリしているタイプ?
――よく役者さんって役に入り込むタイプと、切り替えがハッキリしているタイプがあると聞くんですが、お2人はどうですか? 特にこういう作品だと、なかなか発散できずに、内に内にと入り込んでしまいそうな。引きずってしまいそうな役柄のようにも感じるのですが。
稲垣:それは僕も興味あります。特にこういう役だからこそ、それはどうだったんだろう。新垣さんに聞いてみたいですね。
新垣:私は、ある程度年を重ねてきてからは、カットがかかったら切り替えられるようになりました。やっぱりずっと気を張っているのは疲れちゃいますからね。でも若いときは集中してずっとそこに一直線でのめり込んでいました。経験も浅くて、他に方法がわからないからそれしかしできなかったんですよね。だからカットがかかっても切り替えられなかったし、引きずっていました。
稲垣:なるほど。そういうタイプだったんだ。
新垣:だから今回の撮影中も切り替えてはいたんだと思うんですけど、ただ先ほども言った通り、今回は多くのことを想像することが重要だと思っていたので。わりと四六時中、台本や原作を読んで、夏月はどういう風に考えているんだろうと。本当に夏月のことや、作品のことを常に考えていましたね。でもそれは引きずっていたというのとは違うかもしれないですが。
稲垣:やっぱり切り替えるというのもお仕事だからね。年齢とともに、そこのさじ加減をうまく計算していくのもプロだと思うんですよね。確かに役に入り込んで、というのは僕もやってみたいし、うらやましいなと思うけど(笑)。案外切り替え、切り替えで。それはもう10代の頃からそうやって仕事してきちゃったから。
――稲垣さんは特にバラエティ番組などにも多く出演されてきたわけですからね。
稲垣:そうなんです。そういうのが許されない環境でやってきたから。その切り替えで短期集中というのもありますけど、ただもちろん、いろんな俳優さんのやり方がありますし、何が正しいということはないんですけどね。
●稲垣吾郎&新垣結衣に共通していたのは“自然体”
――お2人とお話をしていると、自然体というか。流れに身を任せるようなマイペースさを感じます。
稲垣:そうですね。新垣さんは本当に自然体だよね。スタッフの方と話している時も、こういうインタビューの時も、そんなに変わらないし。それでいてちゃんと自分の芯というものは持っている。それは大切なことなんですけど、だからといってそれを他人に押しつけるわけでない。淡々としているというかね。それは僕もあまり変わらないかもしれないけど(笑)。
新垣:それは私もまったく同じように稲垣さんに感じています。ご自身のペースを持っていらっしゃる方だなと思いますし。すごく冷静な部分もあるし、かといって堅いわけでもなく、流れにのって、人に押しつけない。適度な距離感というか、それが柔らかさに繋がっているなという感じはありますね。