ベルサイユのばらのレビュー・感想・評価
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タイパ時代の「ベルばら」だった🌹
歌ありBGMを頻繁に台詞に被せて来るので、何かのダイジェストを観せられている感じでした。新時代の「ベルばら」を作ろうとしているのに、マリー・アントワネットがプロパガンダ通りの、国が傾く程の贅沢の限りを尽くした人物として描かれていて、古さを感じました(アントワネットは倹約に努め、あの有名な言葉「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」も、ルソーの自伝にある言葉を用いて貶めたものと思われます)。本作のアントワネットは全く魅力的では無く、さほど重要人物では無いと感じたので、平野綾さんを起用するまでも無かったと思います。アンドレは良かったです。宝塚歌劇団や黒木瞳から離れて、原作通りじっくり作って欲しかったです。有名な主題歌「薔薇は美しく散る」が流れないのも、盛り上がらず酷いです。
PV?
劇場に観に行く機会を逃したので、ネトフリで視聴しました。
自分は「ベルサイユのばら」というと宝塚(安奈淳とか鳳 蘭とかの時代)が思い浮かぶか、1979年公開の実写のカトリオーナ・マッコール主演の「ベルサイユのばら」になる。
宝塚のきれいな「ベルサイユのばら」を観ていた小学生当時、なんとなく家族で行ったカトリオーナ・マッコールの「ベルサイユのばら」、その中でオスカルが自慰行為をするシーンを見て、小学生だった自分は衝撃を受けた。
そして、2025年版のアニメ「ベルサイユのばら」の話、これはPVなのか。
ミュージカル的ともいえるけれど、さらっと歌で話を進める。
その辺は宝塚のイメージがあるから 逆に物足りなさを感じるけれど、つまるところPVアニメに見えてしまう。
「ベルサイユのばら」を110分程度でまとめるのだからかなりの端折り具合でもある。
最近のアニメの傾向だと2部作とか3部作にしちゃうのだろうけれど、それをしなかったのはよい判断だと思う。PVのようにみえるのは、そういう判断からの構成演出のせいなのかもしれない。
よくまとめきった
ネトフリで配信解禁となり早速見ました。
漫画未読・昭和のテレビシリーズを劇場版公開記念youtube配信で見ました。テレビシリーズは10年前にも全話視聴。宝塚版未見。
約2時間の映画作品にまとめるために、思い切った取捨選択でしたね。
「ベルサイユは大変な人出ですこと」の名言が出るデュバリー夫人とのバトル。
ポリニャック夫人の暗躍。
ド・ゲネメ公爵、ジャンヌ等々、物語を盛り上げる素晴しき敵役のエピソードが、劇中流れる映像のみで表現。
オスカル、アントワネット、フェルゼン、アンドレの恋物語にフォーカスを当てるのは必然だったかと。ロザリーの出番も相当抑えられたものになったのも、止む無し。
時間的制約の中で劇場版での解釈も
・アンドレの目の怪我が黒騎士との戦いではなく、民衆の暴動からオスカルを守るため
・アントワネットの恋を密告する手紙でルイ16世にバレる事。その上でアントワネットの心情に理解を示すシーン。(テレビ版ではなかったかと)
・オスカルとアンドレの結ばれるシーンの違い(劇場版の方がとても自然ではある。テレビ版は無理があるがドラマチックではある)
・アンドレの亡くなるシーン
・オスカルの亡くなるシーン
個人的には許容範囲の演出と感じます。
一方個人的に違和感を感じる演出もありました。
・劇中歌が今風すぎて、とても違和感。ミュージカルのような演出は宝塚ファンに向けた演出で良いのですが、曲のイメージを個人的にはクラシカルにして欲しかったですかね。
・アントワネットとフェルゼンが結ばれるシーン、ハートがキュウピーンと光り、天にビームのように登るのはやり過ぎかと(笑
・女子漫画の古典的表現方法の「驚きの白目」「目元の縦線」に、少し笑ってはしまうも、これは良い演出だと思います。
・アランの無骨さは昭和版のほうが・・・・とはいえ、今の時代はこのくらいのマイルドさで良いのでしょうね。
違和感はあるのですが、私個人がおっさんなので作品のターゲット層ではないことは十分理解をしているので、これで良いと思います。若い女性ファンの掘り起こし、昔からのファンに向けているし、4人の恋模様がメインなので良いと思います。
現代の解釈に戸惑いを感じながらも、物語とキャラクターの芯がしっかりと立っているので本作品も楽しいし、感動します。「良い悪い」ではなく「好きか嫌い」か(それも2択という極端なものでもありません)
あとはオスカル役の沢城みゆきさん、素晴しかったですね。彼女でなければ今のオスカルは表現出来ないだろうと思います。様々なシーンでその時の感情がしっかりと伝わりました。
あわせて、アントワネット役の平野綾さんも、天真爛漫な少女からオスカルとの別れのシーンの重厚な演技素晴しかったです。
記憶を呼び戻された
遠い遠い昔、原作をコミックスで読み大好きになりました。
アニメも全部観てました。
今回の映画化には最初「うーん…」という気持ちで。
映画館に観に行く時間はあったのに、結局行かないままで上映期間は過ぎましたが。
本日、配信に上がっていることを知り、午後から鑑賞。
ああどうして私は封切り初日に行かなかったのか!!と自分を責めました。
皆さんがおっしゃっている通り、アニメではものすごーく改ざんされて釈然としなかった数々の名場面が、いろんなところに散りばめられていました。
自分でもびっくりするくらい、原作のセリフや描写を覚えていました。
二時間にまとめることは不可能なんじゃない?と思っていましたが、例えばポリニャック夫人に
話しかけて屈辱で泣くシーンなどがサクサクっと流れて!
おおお!と!笑
何よりも、オスカルとアンドレのあのシーンの
時の、オスカルの恥じらう顔の描写に、今回の作品の本気を感じました。
あそこ、原作にものすごく忠実でした、忘れ難いのですよ、あのオスカルの表情は。
と、ついつい熱く語りたくなるほど。
熱いお話とは対照的にエンドロールで字幕で語られるフランスの史実がとても淡々と恐ろしく、ああそうだった、この後…と。
原作のラストも思い出しました、フェルゼンの最期の描写の残酷さ。
この物語はあくまでもフィクションなのですが、ものすごく丁寧に歴史に基づいて描かれているので、歴史とか苦手な私でも、フランス革命のことだけは詳しくなりました。
また原作を読みたくなりました。
色褪せない作品だと改めて認識しました。
ミュージカル仕立てではありましたが、どの曲もきちんと合っていて、後ろにも原画の一コマ一コマらしきものもたくさん流れていて大満足です。
訂正。
マリーアントワネット が話しかけて屈辱を覚えるのは
ポリニャック夫人ではなく、デュ・バリー夫人でしたね
大事なことなのできちんと訂正させていただきます。
感動しました
心の自由に従って、哀しく、誇り高く、美しく、咲き乱れたベルサイユのばらたち
原作は池田理代子の名作漫画。
それを基にしたTVアニメや宝塚による舞台も有名。
キャラも絶大な人気。特にオスカルは、アニメキャラとしては『あしたのジョー』の力石に続いて2人目となる葬儀も行われたほど。
一世を風靡した名作が、令和の時代に再び幕を開ける…。
あまりにも有名な作品やキャラは知っているが、作品をしかと見るのは初めて。
さあ、フランス革命時を生きる人々の激動の人生と華麗なる愛の世界へ。
国内情勢揺れる18世紀後期のフランス。
王位継承者・ルイ16世の妃として隣国オーストリアから嫁いできたマリー・アントワネット。時に14歳、両国の政治的同盟の為の政略結婚だった。
マリーは近衛士官のオスカルの美しさに目を奪われる。が、オスカルは、将軍であった父から“跡継ぎ”として教育を受けた男装の麗人であった。
マリーはオスカルに全幅の信頼を寄せ、オスカルも親衛隊長として忠誠を尽くす。
ルイ15世が崩御し、ルイ16世が即位。マリーも王妃となる。そんなある時、スウェーデンから伯爵フェルゼンが訪問。
オスカルはフェルゼンに想いを。が、フェルゼンはマリーを。マリーも王妃という身でありながらフェルゼンに。
許されぬ想いを抱くのはもう一人。オスカルの従者アンドレ。
そんな彼らを、時代の荒波が押し寄せる…。
原作は10巻から成る大長編。
それを2時間の尺にまとめるのは無理。ダイジェスト的なのは否めない。
原作漫画やアニメ、昔からのファンには物足りないかもしれない。
が、要所要所のハイライトや見せ場は設けられ、私のような初見者や新しい世代が見る為の“入門編”としては最適。その為にも作られたのだろう。
前半は4人の関係や人間模様が華麗に展開。
「パンが無ければお菓子を食べればいい」という発言で困窮の人民を尻目に贅沢の限りを尽くした事で知られるマリー・アントワネット。
若くして嫁ぎ、宮廷内の周囲からの視線や世継ぎの出産のプレッシャーで孤独を感じていたマリー。それが贅沢三昧の嗜みへ。オスカルは危惧する。
そんな時出会ったフェルゼン。勿論国王を愛してはいるが、心から惹かれるものは無かった。
フェルゼンに対して初めての恋。自分の自由な気持ち。
フェルゼンもマリーを愛す。結ばれぬ許されぬ恋である事は承知。フェルゼンはマリーを愛する為、独身を貫く。
オスカルもまたフェルゼンに結ばれぬ許されぬ想いを抱く。彼の想いはマリーに向けられ、王妃の想いを近衛隊長であるオスカルが想いを抱く事は出来ない。
アニメ史上に残る名キャラと言っていいオスカル。
女性としての容姿端麗、美しさ。男性として育てられ、誇り高さや勇ましさ。聡明でもあり、儚さも滲ませる。女性から見ても男性から見ても魅力的。その魅力に納得。田島令子の声優としての当たり役だが、今の時代なら美しさと強さを併せ持った沢城みゆきはベストなキャスティング。
美しきキャラたちが織り成す人間関係の中、身も心も一番のイケメンはアンドレと言えよう。
オスカルの乳母の孫。オスカルの従者だが、オスカルとは幼馴染みや兄弟姉妹のように育つ。
常にオスカルの傍に。オスカルへ、彼もまた結ばれぬ許されぬ想いを抱いている。
ある時暴徒からオスカルを守り、片目を失明。やがてもう片方の目も視力が…。
現世でオスカルと結ばれぬ事に苦しみ、オスカルを連れ立って来世へ旅立とうと…。それほどの深い愛。
アンドレの想いを知らないでいたオスカルだったが、やがてその想いに気付く。彼の苦しみが私の苦しみ、彼の喜びが私の喜び。私のアンドレ!
ある運命の前夜、二人は遂に結ばれる。将来も誓い合うが…。
4人各々が持つ哀しみや想い。
後半になるにつれ、オスカルとアンドレのラブストーリー。前半比重の大きかったマリーとフェルゼンは蚊帳の外…。
ミュージカル調の演出も賛否分かれているよう。が、宝塚歌劇にもなっている訳だし、これはこれで。
登場人物たちが歌い出すのは後半の一曲ぐらいで、オリジナル楽曲の数々が登場人物たちの心情や作品世界を彩る。
流麗な映像美も相まって、たっぷり堪能。
が、2時間ずっとミュージカル調演出×4人の織り成すラブストーリーだけだったら飽きが来てたかもしれない。
後半は寧ろ、史実絡むドラマに胸熱くさせる。
国内情勢はさらに不安定に。
人民たちの暮らしは困窮と貧困のどん底。日々の暮らしも、食べるものも、明日をも知れぬ。
その不満や憤りは王室へ。王室は衛兵隊で鎮圧。
各地で着いた火種は遂に、大きな炎に。フランス革命の始まり。
オスカルは人民やフランスをもっとよく知ろうと、近衛隊を辞し衛兵隊へ移る事を願い出る。マリーは当初反対するが、オスカルの意志は揺るがない。それは二人の決別も意味していた…。
オスカルが配属された隊は、貴族出身で女の隊長に反発。
兵は皆、人民出身。兵たちもその家族も苦しんでいた。
隊内で起きた不祥事をきっかけに、互いの信頼が築かれていく。オスカルは隊に、“心の自由”を説く。
人民と王族が遂に衝突。立ち上がる人民に、王族は武力で制圧。
人民を守る筈の軍が人民に銃や砲を向ける。無慈悲に攻撃を…。
フランスは誰のものか…? 権力を貪る一部の王族や貴族や軍のものか…? それとも人民か…?
オスカルも決断迫られる。権力の犬として付くか、人民と共に闘うか。
心の自由に従って。迷いは無かった。
アンドレ、そして隊と共に。
自由、平等、友愛。
人民と愛するフランスの為に。
だが、その闘いの中で…。
どの国にも壮絶な歴史がある。
日本なら戦前~戦後の大転換、韓国なら民主化。
自国や隣国ならまだしも、歴史的に有名でも18世紀のフランスの革命などなかなか知り得ない。
それをただ学校の授業で習っても興味持てない。実際私も習った筈なのに、ほとんど覚えていない。
しかし、こうやってエンタメとして見せる事で改めてよく知れる。
一見は美しきキャラたちが織り成す恋愛模様だが、その根底にはフランスの歴史をしっかり昇華。
池田理代子女史の手腕と作品が今尚愛され続ける理由が分かった。TVアニメの方も見てみたくなる。
ノンフィクションの歴史を背景に、フィクションの物語やオスカルなど架空のキャラも。
が、モデルは居た筈だ。名も無き英雄たち。
本当に誇り高き英雄、人民たち。
彼らを忘れない。
心の自由に従って。哀しく、勇ましく、美しく。
咲き乱れたベルサイユのばらたちよ。
タイトルなし
原作、アニメの大大大ファン!
イメージ壊れるちゅうねん!と思い劇場に足を運べなかった作品
Netflixで配信が始まったため観賞しましたが…
これが物凄く良かったんですな!
私の中ではオスカル様の声は田島令子しかあり得んかったけど、沢城みゆき素晴らしかった
全く違和感なく惹き込まれたし
本当に原作に忠実に描かれてて、聞きたかった台詞も聞けて満足やった(オスカル様とアンドレのラブシーンは、えっ!?そこまでやってくれるん?って思う程笑)
最初はミュージカルにする必要ある?って思ったけど、必要あります!
只今、映画館で観なかった事を激しく後悔中…
やっぱオスカル様の最後の台詞は「アデュー」より「フランス万歳!」の方がええな
今日の16時が配信開始なので、さっそく見ました
私がものごころついたころには漫画の方は完結していて、小学生でテレビアニメを見て、劇場版アニメを見て、実写版映画を見て、宝塚のベルばらを見て、それから何十年経ったのでしょうか。
今作の『ベルサイユのばら』アニメ劇場版が再び作られるというので、今日がネット配信開始日で、自宅で鑑賞しました。
何が変わって、何が変わってないのか、大きく変えられたらいやだけど、作画のテイストは変わらず(より繊細になっていました)ほっとしましたが、誰に遠慮することなく、「くさむらに名も知れず咲いている花ならば~」と、歌いながら、思い出に浸りつつ、なつかしいベルばらの世界に浸ることが出来ました。昔みたベルばらとストーリーが少し異なっているのは、映画の枠に収めるため、よくあることなので、細かいことは気にしません。大筋があってればOK!
ほぼほぼ最高の気分で見てたのですが、すごく違和感があったのは、音楽でした。
まず、アニメの主題歌が、いつまで経っても流れてこない!!
今作の音楽は私には合わなかったなあ。
従来のベルばらだと、フランス革命当時の音楽でも革命に合ってる音楽や、ベルサイユ宮殿の中に流れている音楽、街に流れている音楽が、チェンバロの演奏とか、当時の音楽を効果的に使っていたんですが、ディズニーアニメを意識してるのか、ディズニーアニメのミュージカル風になっていて、これはこれで、今の若い世代の人たちには受けるのかもしれませんね。
ただ私は、音楽は昔のバージョンの方が好きだなあ。
エンディングの最後の、最後のおまけでいいから、「薔薇は美しく散る」と「愛の光と影」も、今作の主題歌「Versailles – ベルサイユ – 」を歌った絢香さんに、歌ってほしかったなあ。
「ベルばら」は伝説の作品で、「薔薇は美しく散る」と「愛の光と影」は私たちの世代の人は気が変になりそうなくらい作品に感動しながら、主題歌をくり返し歌って、ベルばら愛を育てて来たんです。あの主題歌がないと、ロス感があって、さびしい、というか物足りないんです。
少女時代にベルばらが大流行してオスカルやアンドレの恋の行方に夢中になっていたころは、フランス革命は海の向こうの歴史物語で他人事でした。最近は日本国内で米の値段が高騰して、台湾有事で沖縄の子供たちを疎開させる可能性を日本政府が検討しているとか、不安を感じることが増えてきました。政情不安の時代はこないでほしい。フランス革命のようなことを起こさなくても、皆が幸せで暮らせる世の中であってほしいです。
ベルばらにおける最も重要な哲学を描き切った作品
恋愛映画だと思われがちですが、人間愛。
人権問題、自己実現、未来への希望、精神、生きることについて描いた作品。
この一本だけでも楽しめます。
何度か人を連れて観に行きましたが、各々が自分の感性で楽しんで観てくれました。
ラストの駆け抜けるシーンは、固唾をのんで見守ります。歴史を整理するのにもお勧めなので、歴史苦手な方にも観ていただきたいです。
間に合って良かった~オスカルの帰還~
自分はベルばらリアタイ世代(中学生)で、その後は離れていて、予告を見て懐かしさに鑑賞2回して(ミュージカル部分に引っ掛かり確認の為)中途半端なミュージカル風演出とアントワネットを軽視したエピ選択に腹を立ててこちらに酷評を投稿した者です。
その後暫くしてからもう一度鑑賞し、『言い過ぎた』『良い所も沢山あったのに、悪い所しか書かなかった』『製作者へのリスペクトと配慮が足りなかった』と後悔するも、同じ作品のレビューは出来ないからと諦めて放置していたのですが、最近削除出来る事を知り、削除させて頂きました。以前の投稿で不快になられた方には謹んでお詫び申し上げます。
今更改めて書くまでもないかと思ったのですが、新たに書きたい事もあり、再投稿させて頂きます。
正直、ミュージカル風表現とアントワネット軽視に対するマイナス評価についてはあまり変わっていません。
自分がミュージカル大好きなせいで拘り過ぎなのかもですが、歌付きBGMと登場人物が歌っているらしいミュージックビデオと完全なミュー表現が混在していて集中が途切れるのが勿体無い感じで星0,5マイナスです。(オープニングと仮面舞踏会の使い方は好みだったのですが)
そして、何よりちゃんと描いて欲しかったデュバリー夫人とのやり取り。アントワネットの王族としての矜持を最大に表す、オスカルの『生まれながらの女王』という言葉に説得力を持たせる唯一の見せ場だったのに。これがあるからこそ、二人が袂を分かつシーンにも深みが生まれると言っても良いくらい重要なシーンだった。全部やらなくても、経過を噂話で説明して、「今日は~」から「フランス王室は娼婦に負けたのです」までだけで良かったのに。
そして、ヴァレンヌ逃亡事件はナレーションベースで良いのでフェルゼンの献身と絶望を入れて欲しかった。理代子先生が、フェルゼンが生涯独身を貫いた事に言及して欲しいとお願いして、果たされたわけだけど、それもこのエピがあるとないとでは重みが違うと思った訳です。ここで星1つマイナス。
一方で、画面の美しさは本当に脱帽でした。50年前にはネットもなく建物や室内の詳細も殆ど分からない、多分美術書と観光案内書ぐらいしか資料もなく、隔週刊の毎号連載も相まってけして満足ではなかったであろう背景が美麗に甦り、衣装も繊細で美しく、大昔のマンガ少女としては、この上なく満足です。
何よりオスカルがオスカルだった!過剰に男性的でもなく、無理して男っぽく振る舞ってもいない、環境と育ちで男っぽくなってるけど、そこにアイデンティティがあるのではなく、武門の名家の跡取りとしての誇りであの振る舞いなのだというのが分かる。だから、「今宵~」での恥じらいには思わずキュンとしてしまうし、終盤での名台詞の数々にも納得してしまう。正しくオスカル様でした。
いくら宝塚などでコンテンツとしては継続してるとは言え、50年も前の作品を劇場映画として制作するのは殆ど賭けだったと思います。製作陣の勇気に敬服します。
余談になりますが、実は本当に言いたい事がここからあります。
以前の投稿で、TVアニメの方は男性による原作の改悪と書いたのですが、実は序盤の5話程度で「なんじゃこりゃ、いくら1年続けるからオリジナルエピソードが必要と言っても、荒唐無稽過ぎない?そもそもオスカルが『女の子守りなんて出来るか!』とか言うわけないだろ!長浜監督ぅ~💢」とか思ってリタイアしたんです。そして終盤で、視聴していた友人から「凄いことになってる」と言われて覗いて見て、本当に酷い事になっていて「出崎監督ぅ~💢」となってすぐにリタイアしたのですが、ちゃんと視ていないのにあまり断言するのもいかがなものかと、ユーチューブ配信を視てみました。31話以降ですが。
そしてあまりの酷さに目眩が。結局、両監督とも戦前戦中生まれの、女は愚かで弱くて男に守られる者、男に啓蒙されるもの。なんですね。そしていらないリアリティーを乱暴に添えて来たり。
オスカルとアンドレの愛の行為を、少女マンガのロマンチックな場面からお外に持って行く必然はなに?もしかして男のロマン?
オスカルがアンドレに命令してくれなんて言うわけないだろ!これも身分の高い女が男に従うという、男のロマン?
そして、あろうことか一番大事なオスカルの名台詞も、フランス万歳もないんですよ!もう悪意があるとしか思えない!出崎監督●ろす!(いやもう既に…)
すみません。興奮し過ぎですね。
実は、パンフレットや公式ブックで理代子先生が「原作に忠実に作ってくれた」というのを目にする度、「本当に~?あんなにアントワネット軽視なのに。まあ、アーシュラKルグィンもゲド戦記の試写会では拍手してゴロー監督と握手したけど、本国に帰って、『こんなはずじゃなかった。ハヤオがやってくれると思ったのに』て呟いてたそうだし。公式の場で文句は言えないよね」とか思っていたのですが…。
あんな酷い改悪をTVアニメでされてたから(実写のフランス映画も酷かったらしいし)それを思えば、本当に今回の劇場版アニメは、可能な限り忠実だったと言えますよね。
読者として全然追いかけてもいなかった、寧ろその後ちょっとアンチ気味だった自分ですらこれだけ頭に来てるのに、作者である先生の当時の悲しみを思うと涙が出そうです。
先生がお元気なうちに、ベルばらを、オスカルを先生の元に還してあげられて良かった。それでもう、マイナス分は帳消しになりました。
しょうもない超長駄文失礼しました。
追補:勢いに任せTVアニメについて言い過ぎておりますが、あくまで原作に対してどうであったかという意味での批判であり、作品そのものの価値を否定するものではありません。
当時はアニメが原作と違うのはむしろ当たり前でしたし、当時の価値観や、1年に渡っての制作における必要性(視聴率等も含めて)等、制作サイドが創りたい物を創るのが正しく、『原作に忠実に描く事が正義』では当然ありませんでした。
私自身原作通りに描く必要は(アニメに限らず)ないと基本的には当時も今も思っておりま す 。(レミゼもオペラ座の怪人も近年ならゴーストアンドレディとかも原作通りという訳ではないけど名作ですし)
今回はただ、多分自己投影していたオスカルに一番言わせたかった台詞、描きたかった姿を変えられた理代子先生の、当時の気持ちを勝手に推測(妄想)した結果、先生の「原作に忠実に描いて頂いた」という言葉に納得した痛い昔のファンの妄言と思し召しください。
TVアニメ版ファンの方には不快な思いをさせてしまい、お詫び申し上げます。
4/23追記
ベルばらの良さゼロの残念なミュージカル映画
2時間という尺の都合上、漫画の世界観を出し切れないのは仕方がないと思うが、突拍子のなさ連発の恋愛シーンで想像以上にがっかり。
まるで、原作を読んでいないメディアミックス作品を掻い摘んだ制作者達が「ベルばら」をイメージだけで作ったかのようだ。
原作漫画の「ベルサイユのばら」はフランスの社会情勢を踏まえたうえで織り成されるキャラクター達との関係性、キャラクター個人の魅力を丁寧に描いたからこそ出来上がる素晴らしい愛の物語であったのに…。なにもかも端折られすぎていてまるで別のキャラクターを見ている様。
原作を端折るにしてもそのやり方がまさかのミュージカル方式……。
オープニングからダイジェスト映像と共に主要メンバー4人が歌いだし始める…。
さながらディ〇二ープリンセスのように心情を歌に乗せてミュージカル調で発表するが、問題は肝心の曲がダ、ダサい……!!!
尺の都合上か、原作で端折った部分を映像と歌に乗せてミュージカルぽく表現するのが多発してたが、なにからなにまで曲が微妙にダサいのが難点。せめて、もっと良い曲にしてくれ澤野弘之…。(EDの絢香はよかった)
あの複雑なキャラクターの心理描写を数分の歌にするだけなんて無茶だったのでは?
要所要所を映像にしたからって何も胸を打つものはない。名シーンまでの複雑な過程があるからこそ、それは名シーンになるのだ。
例を挙げるとすると、フェルゼンとオスカルの恋なんて唐突すぎる。2人の友情の育みがあったからこそ出来るオスカルの初めての淡い恋心だったのに2、3会話しただけで恋なんて芽生えるわけないだろがい!とツッコまずには居られない。
まぁ、マリーアントワネットとフェルゼン、オスカルとアンドレの恋も然り。
恋愛に繋げるには、過程が分からなすぎて薄っぺらな恋愛映画に成り下がった。
マリーアントワネットなんて端折られすぎて、「天真爛漫、高貴で美しく、人を惹きつける魅力のある女性」という良い部分は薄れ、「物事を深く考えられない浪費家の女性」という嫌な部分しか残ってなかったのが悲しい。
これはめちゃくちゃ偏見だけど、涼宮ハ〇ヒのイメージが強いcv平野綾だと尚更性格悪そうに見える
オスカルに注力していた映画なのでいっそのこと、フェルゼンとマリー・アントワネットの恋愛シーンもさくっと終わらせてもよかったのでは?
酷評だらけですが、良かった点も、もちろんあります。
ラストシーンのオスカルのバスティーユ牢獄陥落までは丁寧でよかった。
漫画だとわかりにくい、戦法の表現の仕方だとかオスカルの隊への指示はかっこよかった。
革命運動の過程も省略されているので、市民やオスカルが戦う理由が分かりにくいのは惜しいところだが、軍神のように戦い散るオスカルの姿は良かった。
原作が素晴らしいだけに、2時間映画にはとてもじゃないが収まらなかったね。
オスカル様かっこよすぎるあいしてる😭😭
最強スタッフによる次回作への期待とオスカルの遺言
1.齢五拾を超えた男、即成ベルばらファンとなる
昨年末、「ベルサイユのばら」が新たに上映されるという報を受け、「少女漫画とはいえ50年超にわたり人気を誇った作品ゆえ観る価値があるのではないか」との思いから映画館に足を運ぶ事といたしました。以来、約二ヶ月の間、二桁回数ご覧になられている熱烈なファンの方々には及ばぬものの、映画6回鑑賞、原作2回通読するという結構な即成ベルばらファンになっていました。
その間に原作におけるベルサイユのばらの魅力を
1)オスカルという「自己の真実のみに従い一瞬たりとも悔いなくあたえられた生を生きた」高潔で誰もが称賛してやまない主人公
2)マリー・アントワネットを絶対的な悪と位置付ける事なく、史実に沿った様々な逸話を紹介しながら彼女の実像に迫っていること
3)アントワネットの各逸話に登場する強烈な個性を放つ人物たち
4)身分や立場の違いが大きな障壁となる恋愛劇
と自分なりに整理しました。
2.令和版ベルサイユのばら
1)大胆な選択と慎重な調整を重ねた脚本
さて今般、数十年の沈黙を破って映像化された令和版ベルサイユのばら。これまで映像化された作品との決定的な違いは「その制作に関わった殆どの方々が本原作の大ファンであった」ということにあると思います。
まず、この大傑作をどの様にして2時間弱の尺に纏め上げるのかという不可能事とも言える無理難題に対して、スタッフの皆さんが下した結論は極めて大胆で、先に私が指摘した本原作の魅力2および3、アントワネットの逸話及びそれに関わる登場人物をバッサリと切り捨てるというものでした。
これはベルばら大ファンであったスタッフの方々からすれば、身を切るような痛みを伴う様なことではあったことは容易に想像できますが、尺が限られている以上、英断でありこれ以上の最適解は無かったものと私も考えます。
また、アントワネットの描写を大幅に削除したことでストーリー展開の面白さはやや損なわれたものの、かえって原作者が最も訴えたかった「どのような逆境の中でも自己の信念を貫き通す」というオスカルの人間像、具体的には忠勇義烈な近衛士官が様々な葛藤を経て市民側に参戦するに至った経緯を浮き彫りにすることには成功したのではないでしょうか。
原作からの変更された点についても、スタップ独自の発想で安易になされている場面はなかったと思います。尺が短くなったことによるストーリー全体の調整は、まるで美術品を修復する作業の様に非常に丁寧かつ慎重さをもって行われており、原作に対する敬意(Respect)を超えた忠誠(Loyalty)を感じましたね。
変更のあった点で最も印象に残っているのは、オスカルがアントワネットに最後に謁見するシーンです。暴動寸前のパリ市民に対する軍の派遣について二人の政治的立場の違いは決定的になります。その後、原作においてはフェルゼンの話になるんですが、映画版においてはアントワネットが王権神授説を唱え自らの決断を正当化することをオスカルも「誇り高き人、揺るぎなき自信、生まれながらの女王」と称賛する場面へと変更されています。ここでは原作において「デュ・バリュー夫人に否応なく言葉をかけた際に泣きくれるアントワネットに対するオスカルの台詞」を少しアレンジして敢えて挿入していると思えました。
ストーリー調整の一環なのでしょうが、それ以上に、描ききれなかった原作の魅力の一つである「アントワネットを絶対悪としない」ということを、オスカルの口をして語らしめたものと私は解釈しました。
2)映画ならではの魅力 迫力ある戦闘シーンと美しい映像
終盤の迫力ある戦闘シーンと映像の美しさについては映画ならではのものでしたね。
テュイルリー宮広場での小競り合いにおいては、全幅の信頼を置くオスカル隊長の指揮の下、パリ市民軍側に参戦する誇りと喜びから士気旺盛なフランス衛兵隊に対し、国王軍側は士気も低く貴族の指揮官の鼓舞する声も虚勢にしか聞こえません。バスティーユ襲撃においては、衛兵隊の「進撃」に歓呼するパリ市民と、それに応えるかの様に効果的な砲撃を加えることで形勢を逆転して「白旗」を掲げさせるに至った衛兵隊の歴史的活躍を見事に再現していたと言えます。
映像の美しさについては、ベルサイユ宮殿内や、ゴールドの装飾と赤の生地によって彩られるパリ・オペラ座などは勿論のこと、些細な場面、例えばジャルジェ家のソファーに描かれた薔薇の刺繍が非常に細かな線の重ねによって立体感を帯びて描かれていることなどに感嘆しました。一枚一枚の絵に込められた魂、しっかりと見させていただきました。
3.最強スタッフによる次回作に期待
残念だったことはIMAX版の上映がなかったことです。本作品はミュージカル的演出も多く歌詞の中に重要な登場人物の心理描写を多分に含んでいます(オペラ座のシーンは圧巻でした、私の耳朶は2月以降Enchanting Masqueradeに占拠されましたw)。加えて、迫力ある戦闘シーン、美しい作画、アニメ作品であることなどIMAX版に適した条件が揃っていました。
ということで、再上映の際は「ベルサイユのばら ディレクターズカット IMAX版」に期待しています。
そしてなにより、ベルサイユのバラを映像化させたら今回揃ったメンバーは最強のスタッフです。多くの往年の熱烈なファンの方々同様に、私も原作全編のネット配信や三部作映画を期待しています!
4.オスカルの遺言
バスティーユ襲撃においてオスカルが被弾し戦死は避けがたい状況となります。スクリーンの中の衛兵隊員と共に我々観客も涙する中、彼女は我々に「自由、平等、友愛が人類の堅き礎とならんことを」という重いメッセージを残しました。
本作品にあるように王権神授説を唱えた絶対王制も、いとも簡単に崩壊しました。政治体制・思想に絶対的なものなどありません。
個人主義や人権の普遍性といった啓蒙的自由主義・民主主義を拒否する人々・勢力・国家が台頭する現代においては、本作品が描かれた半世紀前以上に重い響きをもつものとして受け止めました。
やっぱり凄いな、この作品!
ベルサイユのばら、万歳!!!
原作派の感想です。昭和の少女たちは実写版映画・TVアニメ、再演され...
原作派の感想です。昭和の少女たちは実写版映画・TVアニメ、再演される度に改悪されるヅカばらで、ずっと裏切られ続けてきました。私が今回の映画を知ったのは昨年夏頃だたのですが、どうせまた裏切られると思って全く期待していませんでした。ただやっぱり気になるので封切初日観に行きました。前半はポップス調の歌についていけないものの(今は大好きです)、目まぐるしく展開する映像の中に原作の絵を見つけたり、人物だけではなく背景の美しさに目を奪われました。ジャルジェ家に飾られている絵画にも意味を持たせていたり、フェンシングの技や衣装考証もシッカリなされていて原作とは違っていても制作人の原作愛とこだわりの強さを感じられました。また後半のテュイルリー宮広場やバースティーユーでの戦闘シーンもその当時の戦闘隊形もきちんと調べてあるようで迫力あるシーンになっています。そして何よりもオスカルもアンドレも原作通りでした。主題歌にあるように”運命に立ち向かい誇り高く生き抜いた”なのです。結局後半泣きっぱなしでした。あれも入れてほしかった、このセリフもモノローグも入れてほしかったとも思いますが、尺を考えれば仕方のないこと。採算とれるかわからない50年前の少女漫画ですから、1作で作らざるを得なかったのでしょう。そのために監督・脚本家さんをはじめとした制作に関わられた方たちのご苦労を考えると本当に感謝しかありますん。それなのにアニばらファンにのユーチューバーが嘘を並べ立て悪評をばらまいたために映画館に観に行かなかった方が多いのは本当に残念です。ただ応援上映に参加してにて20~30歳代の若い方が多かったことが救いです。彼らが今後の50年を繋いでくれると信じています。ネットフリックスでの世界配信も決まりましたが、通える上映館がある限り映画館にも通います。
喰わず嫌いせずに観るべき映画作品
50年以上愛される名作の完璧なアニメ化!
50年以上愛し続けた「ベルばら」のアニメ映画化に最初は不安しかなかった。宝塚歌劇、実写版映画化、テレビアニメには、期待を裏切られ、心に消えない傷を受けてきたから。それでも、「ベルばら」の劇場アニメを原作者池田理代子さんが「原作に忠実」と評価されたと聞いて、見ずにはいられなかった。ここまで原作の根幹に迫る作品だったとは・・!作画が壮大な美しさ。声優陣の演技が素晴らしい。心に響く楽曲の数々。このアニメ映画に関わられた全ての人々に感謝したい。2時間という尺に合わせて、魅力的な登場人物やエピソードがカットされてはいるものの、「ベルばら」の魂は十分に伝わってくる。このアニメ映画化により「ベルばら」は100年を超えて愛される作品になったと思う。若い人に一人でも多く見てほしい映画だ。初めて鑑賞した帰り道、感動のあまり涙がこぼれてならなかった。50年待たされたけど、生きているうちに本物に出会うことができて良かった。既に10回を超える鑑賞回数になったけれど、上映可能な限り映画館に通うつもりだ。
むしろ原作を未読のほうが
令和のこの世にベルばら?と興味を引かれ、予備知識も無く鑑賞。あまりに有名な男装の麗人オスカルは知っていても、原作を読んだことはなく、子供の頃女子が夢中になってたなー程度の認識。それがかえって功を奏し、とても楽しめた。
冒頭から花びら舞い散る絢爛豪華な映像に魅せられ、テンポ良く進むストーリーに最後まで引き込まれた。駆け足で描かれた各エピソードの裏に膨大な展開があるのは容易に想像出来るし、それ故に本作を観た後、この物語をもっと知りたいと思える、そんな魅力がキャラクターたちから伝わってきた。制作側の意図も多分その辺にあるはずで、その目的は果たせたのでは。
お目めキラキラお星様や、ショックを受けた時の青ざめと目の上の斜線?みたいな漫画表現が効果的で楽しかったし、賛否両論のミュージカルシーンも、雰囲気を盛り上げる描かれ方で、自分的には好印象。確かにダンサブル過ぎてフランス感は希薄だけど、イマドキ風で受け入れられ易いんじゃないかな。
筋金入りのファンには不評のようだけど、私のような初心者にはとても魅力的で、原作の世界へといざなってくれる佳作だったように思う。
一度見てから決めて!
観るほどに泣く 劇場での鑑賞がおすすめ
4回鑑賞。観るほどに泣く。まだ観たいくらいです。
さまざまな葛藤を乗り越え、自らの信念に従って誇り高く生き抜いたオスカルの姿…これをずっと見たかったのです。
原作にある数々の名シーン、心打つセリフをそのまま再現してくれて、本当に感激しました。
そして圧倒的な映像美と素晴らしい音楽,バスティーユ進撃時の迫力のある描写(これは圧巻)。劇場のスクリーンで観るべき作品だと思います。少しでも興味のある方、まだ上映している映画館に行かれそうな方、配信を待たずに是非足を運んでいただきたい。
今回、映画を観て、ベルばらが不朽の名作であることを再認識できました。
このあとの願いは、原作の全ストーリーのアニメ化です。
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