劇場公開日 2023年6月23日

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「楽しめた者勝ちの時代劇のコスプレをしたコメディ」大名倒産 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5楽しめた者勝ちの時代劇のコスプレをしたコメディ

2023年6月23日
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鑑賞方法:映画館

浅田次郎の原作は未読である。江戸時代のコスプレをした現代的なコメディである。言葉遣いや所作など、いずれも現代劇であるので、時代劇を期待して観に行くと肩透かしを喰らわせられる。有名俳優が多数出演しており、概ね面白く見ることができたが、テレビのスペシャルドラマでも十分のような気がした。

江戸時代は米本位制とでも言うべき世界的にユニークな経済制度が行われており、天候に大きく左右されるほか、米を米問屋に売り捌いて現金化することで大名の暮らしは成り立っていたが、参勤交代や幕府の命令による各種普請工事などで出費を強いられ、どの大名も財政は火の車であった。これは家康以降の歴代将軍が大名が蓄財をして反旗を翻すのを防止するための策だったので、大名はどこも時代が下るにつれて貧窮して行った。有名なのは米沢の上杉家や薩摩の島津家などである。

時代設定は 1840 年となっており、明治維新まで 28 年、黒船来航まで 13 年ほどの時である。現在の貨幣価値に換算して 100 億円ほどの借金を抱えた越後の貧乏大名家が舞台である。年収が4億円ほどなので、年収の 25 倍もの借金を抱えている。同様の状態だった上杉家などでは、版籍を幕府に返上しようかと本気で検討していたと記録にある。映画の舞台は丹生山藩という架空の藩になっていたが、どう見ても村上藩である。塩引鮭が名物ということで、その作り方もきちんと再現してある。

借金の原因が慢性的な収入不足というのであれば、上杉鷹山のように質素倹約を旨とし、地場産業を盛り立てて米以外の現金収入を増やすという方法が正攻法であるが、これには時間がかかる。この映画ではタイムリミットが半年ほどなので、この方法は使えない。借金の原因を調べてみたら、御用商人による水増し請求と中抜きが実は主因であることが判明し、という流れが骨格になっている。

まず、時代劇らしさを感じさせてくれる風物や人物がほぼ皆無である。財務書類の検証をする際には「エクセルを持て」とかいう台詞が飛び出してもあまり違和感はないのではと思われた。侍は戦闘が本業であり、手下に命令する際に頼りになるのは自分の地声だけであるので、よく通る硬質な声で喋っていたはずで、それを感じさせてくれたのは唯一、勝村政信だけだった。今作での勝村は、ありがちないじられキャラではなく、武士のあるべき姿を演じていたのが実に新鮮で、こういう演技もできる人だったのかと目から鱗が落ちる思いであった。

佐藤浩市演じる先代藩主が果たしてどちら側の人物なのかという謎が物語を牽引していた。藩を倒産させたら、知行不行跡で家はお取り潰しとなって、藩主は切腹となるのは明らかであり、自分だけさっさと隠居して我が子に腹を切らせて責任逃れというのでは、ダース・ベイダーを上回る悪の権化に思われた。神木隆之介は安定の上手さで、杉咲花は「おちょやん」風味を多分に感じさせた。

ロケはほとんど京都近辺で行われたようで、建仁寺、詩仙堂、彦根城などが目についた。音楽は「あまちゃん」の大友良英で、陰りの一切ない音楽は流石というべきであった。時代劇らしさをほとんどかなぐり捨てた演出は、好みの分かれるところであろうが、楽しめた者の勝ちなのかも知れない。
(映像4+脚本4+役者3+音楽3+演出3)×4= 68 点。

アラカン