イニシェリン島の精霊のレビュー・感想・評価
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中年の唐突な絶交から歯止めが効かなくなりすぎ
唐突に友人から絶交される、口を聞いてもらえなくなる。
小学生の時スイミングスクールに行くバスで話してた子が突然口聞いてくれなくなったなぁ…と思い出した。どうでもいいか笑
言われた本人は全く見覚えもないから困る。とにかくコリンファレル演じるパードリックの困り顔が最高で少し可愛らしい笑。何が駄目なんだと悩む時のナヨナヨした感じも良くて、絶交されたのそういうところだぞと思うところも結構笑えるシーンも前半多くて好き。
次第に良い人から変わっていき、ある出来事で完全に切り替わるのは凄い。俳優として演じがいがあるんだろうなぁ。
閉鎖的で退屈、人は皆批判的になる。それ故にコルムもあんな極端な絶交の仕方をしてしまったのかな。
ドミニクを演じたバリーコーガンはどこかコメディチックで最適解。変人、ひねくれた若者の役は彼一択なんじゃないか。それと彼の存在がいたことでパードリックの変貌を強調できていた。
もう引き返すことは出来ない
アイルランドの小さな孤島を舞台に友情が崩壊していく様を描いたヒューマンドラマ。静かに淡々と進む展開ですがマーティン・マクドナー監督らしい緊張感と不気味さがあり目が離せない。一度始めたらもう引き返すことが出来ない愚かな争いを絶妙に表現している。
2023-19
決してコメディではありません
閉塞した社会を強烈にデフォルメした
公開年のベストワンとした「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督作。そして今作もまた今年のベストの一本となる傑作。
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1923年、アイルランド本島から程近いイニシェリン島。親しい友人であったろう二人の男の仲違い。
対岸である本島で時おり響く内戦の爆音。
描かれることがない戦場にケン・ローチの作品を思った。
二人の男は、そしてこの島で暮らす人々は外の世界に無関心だった。内戦の意味すら分からなかった。
中盤以降でエスカレートする不条理の世界。
閉塞しきった社会、そして人を強烈にデフォルメした。
そう、閉塞した社会で狂気へと向かう彼ら。
無垢で無知な彼らに修復する術はなかった。
ラストでタル・ベーラの「ニーチェの馬」を思ったのは自分だけだろうか。決して周りを見ようとせず、目の前にあるものだけを憂い自滅していく人々。決して救われることのない人々がいた。
対岸の火の粉が降りかからないことをひたすら祈る自分にとっても本当に痛い作品だった。
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ちなみにアカデミー賞のほうは8部門9ノミネートですか。静かに暴れることを祈る。
2人の名演と美しい自然が印象的
コメディ…!?形容のし難いドラマ
コリンファレル見るのは久しぶり。
日常の風景からほのぼのとユーモアを交えつつ、進んで行くが、だんだんと雲行きが怪しくなっていき…という作品。
途中、劇場ではクスクスと笑いが起きていた。
笑えるというまでではないが、ネイティブで聞くとそのユーモアさがわかるのかな?
グッズなどにはcomedyと書かれているが、皮肉というか、意味深である。
内戦、人々の争いというのはそういうものであると感じざるを得ない。
優しい人でも、信じるものによって暴力的にもなるし、後にも引けなくなる。直接的な戦闘描写がほとんどないので、それがますます刺さる。
島の雰囲気、音楽、そして、登場人物に降りかかる様々なイベントが何を意味しているのか、想像が掻き立てられる。
コリンファレル、状況に翻弄される、いい意味でどこにでもいそうな役をうまく演じている。
平和で”退屈”であることが必ずしも良いわけではない、日本にもリンクしてくる作品である。
2023年劇場鑑賞17本目
精霊。。って。あの?人?
一方的に友情を、解除されることに、納得はいかないよね。
反省したり、うそだよね?と安堵したり。
ても、結局は仕掛けられたほうが、深い傷を負って諍いをやめることができなくなる。。
価値観の違い。
そこは、わからないでもないが。
突然、何も言わず。。って。ね。
今まで我慢してたのなら、きちんと話そうよ。
人の痛みよりも、ロバとか犬とかを心配したり、神父にいたっては激昂するという秩序もないという。。
パブの客は傍観者、何もしない。。
火をつける時は、「ちゃんと知らせたよね?」ということで、罪悪感なし。
「えっ?私今、何見せられてるの?」
「くだらない、子供かよ。」
と。
そこなのか?
狙いはそれなのか?
本土で、おきている内戦
その戦争の本質を問うている?のか?
大きな映画を前にして、これからも考え続けたい。
孤島でも喧嘩はいわば最小の内戦
この映画にヘタな説明は要らない
と感じたのは確かなのですが、なんだかダラダラと書いてしまいました🙏🏻
私にとっては、類い稀なるホラー。
自分が生きてきた年代も国も社会環境も違うけれど、コリン・ファレル演じるパードリックの立ち位置は、恐ろしいほど似ている気がして。
(あなた、いい人だけど、人畜無害の〝ただのいい人〟よね。)
『退屈なお前といる時間がもったいない。残りの人生はお前とは関わりなく過ごすことにした』
と宣言された時、自分のことのようにグサっときました。
自分の生きているコミュニティーと離れたところで戦争(現在ならウクライナ、映画の中では内戦)という大勢の人を不幸にする痛ましい状況が現在進行形であっても、日常を生きている自分にとっての存立基盤はやはりコミュニティーの中にある。その支えがある日突然、一方的に外される。
想像してみてください。ある日突然、理由も告げられぬまま、こんなことを言われたら…
・明日からは、会社に来なくていいよ。引き継ぎとかそういうのもいらないから。
・私たち(妻と子供)出ていくね。もう、連絡もしないでね。
ある種の閉じられた社会の中で生きている人たちを大まかに分類すると、こんな感じでしょうか。
①その中の文化風習をごく自然に受け入れて、特段の疑問を抱くこともなく生きていける人
②その社会が外から隔絶されていることに気付き、読書などを通じて、外の世界を知ろう、いつかは見てみたい(出てみたい)と思ってる人
③そこから出ることまではしないけれども、閉じられた社会であることは認識。自分を縛っているものからは距離を置いて、そこでも実現可能な、そして、そこには無かったものを得ようとする人
②の人は何かで行き詰まることがあっても、外の世界に希望を抱くことができるし、外の世界に行けなくても、違う世界の自分を想像することで、「ま、仕方ないか」と分かったうえでのそれなりの選択の結果だと折り合いをつけることは可能です。
けれども①の人にとっては、そこが世界のすべてなので、行き詰まった挙句、破滅的な行動をとることがある。
コルムは③でありながら、自身も①であったことからの突然の変節に対して代償が必要だと思っていたのか。それはパードリックに対しての代償?
①の人から生じた破滅的で物悲しくもある狂気と折り合いをつけるためには、代償が必要だと思っていたのか?
ロバのジェニーに対してのコルムの哀悼の気持ちは本物だったので、①への共感にもウソはない。
コルムのことを、そういうことだったのか❗️
とわかる気がしないままです。
退屈な街の退屈な人達の葛藤と人生
本土がアイルランド紛争に揺れる中、紛争の足音は感じつつも、平凡で退屈な日々が繰り返される小さい島で、気のいい男パードリックが友情を育んできた友人コルムに突然の絶縁を告げられるところから騒動が巻き起こる。少しコミカルな会話が繰り広げられる前半とダークな緊張感の漂う後半に分かれるこの映画、話に唐突感があると言う人もいるけど、少しコミカルな会話が繰り広げられたり、ダークな雰囲気の出てくる後半には、退屈な日常で感覚が麻痺した人達の極端な行動にハラハラしっぱなしだったりして、個人的にはオススメ映画のひとつになりました。
でもね、これよく考えると私達自身の物語でもあると思うんですよ。人生の中でホントに成功を収める事ができるのはホンの一握りの人達だけ。後は多かれ少なかれ平凡な人生を過ごし、墓に入ればやがて忘れられていくわけですよ。いや、深く考えさせられる映画になりました。
コリン・ファレルがホントにただのバカに見えてくるし、主役級の二人の演技がホントに素晴らしいです。
愚か者と暇つぶしをしてはならない
人生は悲しいほど不条理だ
ここでの精霊は妖精のようなものかと思っていた。
奇しくも1923年は
『コナン・ドイル』がお墨付きをした
「コティングリー妖精事件」の頃にも近しいし。
しかし原題にある「banshee」となると様相は違ってくる。
それはアイルランド民話に登場する
泣き叫ぶ女性の姿であり、
劇中でも
人の死に対し鳴き声を上げるとされており。
本作はそのタイトルが象徴するように、
理不尽な分断と離別と死に色濃く彩られ。
ここ暫くは会っていないものの、
賀状の遣り取りはあった知人から
ふっつりと便りが途絶えたとき、
念のため、翌年も賀状を送り
それでも返信が無ければ、
こちらからも仕舞いに。
自分から進んで止めることはないので、
何を契機にそうした思いに囚われるのかは判然とせず。
それまでの付き合いだったのだな、と
恬淡と思う。
しかし舞台となった
住人の多くが顔見知りであるような狭い島だと
事情は異なって来るだろう、
ましてや、つい昨日までは親しく会話をしていたのに、
突然に絶縁を言い渡されては。
切り出された側の困惑はもっともも、
言い出した方の理由も、実は自分くらいの年齢になると
理解できぬこともない。
カウントダウンを意識し出すのだ。
あと何年健康で生活できるのだろうか、と
やや卑近だが、
あと何回納得できる昼食や夕食を食べられるのだろうか、と
ついつい数え、時として苛立つことすら。
しかし、そのやり場は何処にも無く、
自身の中に澱の様に沈む。
毎日の様に昼過ぎから夜までパブに屯し、
他愛ない会話を繰り返し過ごす日々。
それに疑問を抱いた時に
人はどう動くか。
ここでは複数の鬱屈が語られる。
主人公の『パードリック(コリン・ファレル)』は別として、
彼の聡明な妹『シボーン(ケリー・コンドン)』も
思いを抱える一人。
なまじ才があり、見目も麗しいだけに
小さな共同体の中では浮いた存在。
技能を生かす場もなく、ましてや
結婚すら覚束ぬ。
彼女に取って故郷は、多くの意味で狭すぎるのだ。
近所に住む、
やや知恵の足りぬ『ドミニク(バリー・コーガン)』ですら例外ではない。
家では警官である父の暴力に怯えながらも、
時として深淵な言葉を吐き、彼なりの強い思いも。
『ドミニク(バリー・コーガン)』が『パードリック』に放った
友情の終わりを告げる一言で、彼女や彼の運命すら
連鎖を起こし変わって行く。
とは言え、物語の契機となった『ドミニク』の挙動こそが
どうにも不可解なのには違いない。
我が身を削ってまで、
長年の友人との間に溝を作ることの必要性が心底から理解は不可能。
ただそうした思いに囚われるほど、
彼も閉塞感を覚えていたのかもしれぬ。
一方の『パードリック』も、親しい人に囲まれている風に見え、
実は孤独なのだ。
が、自身はそのことに気付いてはいない。
それが傍目からはあまりにも哀しい。
途中から呆れてくる
わかったわけじゃないけれど
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