「中年男二人の喧嘩だろうと、国同士の争いだろうと」イニシェリン島の精霊 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
中年男二人の喧嘩だろうと、国同士の争いだろうと
突然、親友から絶交を。
思い当たる節ナシ。俺、何かした…?
似たような経験ある人もいるだろう。
若い時や子供だったら、絶交して仲直り。
でも、これが中年だったら…? 私情や相手の感情が複雑に絡んで、拗れに拗れ…。
1920年代のアイルランド。小さな島・イニシェリン島。島民誰もが顔馴染みで、これと言ってニュースも無い平和だが退屈な毎日。
牧羊家のパードリックの唯一の楽しみは、親友で演奏家のコルムとパブで酒を飲みながらお喋りする事。
だがその日突然、コルムから絶交を言い渡され…。
昨日まではいつも通りだったのに…。
それが、今日いきなり突然。
身に覚えないけど、何か気に障る事したっけ…?
ああ、そうか。これ、何かの悪戯か。
ところが、マジ絶交。
一体突然どうして…?
理由も分からなきゃ腑に落ちない。
理由らしい理由は言わないが、強いて言うなら、
お前が嫌いになった。
馬だかロバだかの糞の話で2時間。お前の退屈で下らない話にうんざり。
人生は限られている。老い先も長くはない。自分の思想や音楽に時間を費やしたい。
だから俺に近寄るな。話し掛けるな。
もし話し掛けたら、自分で自分の指を一本切り落とすとまで…。
幾ら何でもそんな異常な事しないだろう、ただの脅しだろうと思っていたら…((( ;゚Д゚)))
それくらい決心は変わらない。
理由は一応分かるような、分からないような。納得いくような、いかないような。
自分の貴重な時間、自分の好きな事やりたい事に捧ぐのはいい。私も日々の生活の中で、もっと映画鑑賞出来る時間が設けられたら…。
でも、友人らと会食して他愛ないお喋りするのも好き。
だから、どっちの言い分も…。
なので尚更、う~~~~~ん……………。
主にパードリックの視点から語られる。
突然親友に絶交を言い渡された彼の情けなさや哀愁と言ったら!
それがコリン・ファレルの八文字眉毛にドンピシャ!
何か同情もするけど、滑稽に見えてくる。それとちょっと鬱陶しさも。
色々言われたのに、その都度その都度コルムの前に現れたり、話し掛ける。
未練たらたら。元カレか!
コルムが他の人と親しげに話しているのを見たパードリックの何とも言えぬ表情(八文字眉毛がますます絶好調!)とその哀しい背中。
親友が自分じゃない誰かと楽しげに話しているのを見たら、誰だってジェラっちゃうわな。
情けなさ、滑稽さ、男のジェラシー、哀愁…コリン・ファレルにこんなにもだめんず役がハマるとは!
冷たく感じるコルムだが、一概にそうとも言い切れない。
彼の側から見れば…、確かにパードリックってちと面倒臭そう。馬だかロバだかの糞の話を2時間なんて、そりゃあコルムでなくとも聞きたくない。
自身のオリジナル曲“イニシェリン島の精霊”を奏でている時の安らぎ。
パードリックは気のいい男かもしれないが、コルムは思慮深い大人なのだ。
一切何もかも拒絶という訳じゃない。
あっちがしつこく話し掛けてきたら、仕方なく話してやる。勿論その後は…((( ;゚Д゚)))
パードリックが暴力クソ警官に殴られる。その場を助ける。
絶交を言い渡したけど、相手が困ってたら手を差し伸べる。
近寄りがたいような、情滲み出すような…。ブレンダン・グリーソンの名演。
何だよ、やっぱ友達じゃねぇか!
でも、それはその時だけで、変わらず絶交。
もう、訳が分かんねぇよ!
パブでコルムが他の人と話している所へ、酔った勢いに任せて…。
しっかり者の妹シボーン(ケリー・コンドンが印象的)や“新しい友達”のドミニク(バリー・コーガンが巧演)の手助けを借りて、丸く収めようとするのだけれど…。
突然拗れ、さらに複雑に拗れた人間関係ほど修復難しいものではない。
中年男二人の絶交ブラック・コメディが、ヒリヒリするような展開へ…。
未だ『スリー・ビルボード』が強烈インパクト残るマーティン・マクドノー監督。
『スリー・ビルボード』ほどの強烈インパクトは無く、ましてやメチャ地味な内容だが、視点や人物描写などハッとさせられるものも多く、語り口も不思議と引き込まれ、またまたその手腕に唸らされる。
島の風景が美しい。だが絶景というより、何処か寒々として、主人公二人の関係性を表しているかのよう。
作品のモチーフに、アイルランドの精霊・バンシーがあるという。人の死を泣いて叫んで予告する。
次第にその影が忍び寄るのは、うっすら肌で感じる。
が、日本人からすればいまいち分かり難く…。
結局絶交の理由も曖昧なままで、ちとモヤモヤ感が…。
きっと本作は、それを求める話じゃない。
てっきりドミニクがキーパーソンとなり、島でバカ扱いされるドミニク。パードリックもちとバカ思考があり、彼と友達になりたいドミニクが、仲を引き裂いて…。
なんて退屈で下らない話を予想した私こそバカの骨頂。
終盤にもなって、ようやく本作の真意が分かった気がする。
島から自由になりたいシボーンは本土へ。
ドミニクとは親友になれなかった。
親友を失った事をきっかけに、どんどんどんどん身の周りが寂しく…。
極め付けは、愛ロバの死。その死因は…。
もうそこに気のいいパードリックは居なかった。
コルムに言い渡す。明日の2時、お前の家に火を付ける…。
端から見れば中年男二人の些細な痴話喧嘩かもしれない。
が、当人たちにとっては大問題。突然の不和から、修復不可能な諍いへ…。
それは暗示されている。作品内でも何度も挿入。この島にも砲撃音聞こえてくる本土の内戦。
諍いや争いなどは、何がきっかけで起こるか分からない。
あっちには是でもこっちには否で、その逆も。
世の中、当人たちにとっては信念基づくが、不毛な争い続く。
絶え間なく続く国と国の争いだろうと、内戦だろうと、男二人の喧嘩だろうと。
分かり合う事は出来ないのだろうか…?
話し合う事は出来ないのだろうか…?
ラストシーンの二人の会話が、それら問題を提起する。