「孤島には産業と言えるものはなく、店の女はゴシップに飢えており、ヒロ...」イニシェリン島の精霊 ゴロゴロさんの映画レビュー(感想・評価)
孤島には産業と言えるものはなく、店の女はゴシップに飢えており、ヒロ...
孤島には産業と言えるものはなく、店の女はゴシップに飢えており、ヒロインは読書にしか慰めを見出せず、抱き寄せてくれる男もない身の上を悲しんで、夜、寝床でひっそりと泣く。この先、死ぬまでの長い時間を思って、対岸の死神に引き寄せられる淵まで行く。何もやることがないこと、時間を持て余すということ、これは人間にとって恐るべきことなのだ。
パードリックとコルムもまた、毎日やることがない。ただ、違いは、考える人コルムがこの先をはかなむのに対して、やや頭が弱く、酔うと記憶をなくせる救いがあるパードリックは日々の単調なくり返しに満足できているという点だ。(ただし、コルムの知識人という自負も眉唾物だ。それは、ヒロインからモーツアルトの知識のいい加減さを指摘されたところにも明らかだ)
パードリックの、コルムへの偏愛の深さ、そしてその逆への憎悪の深さは、見ていて異常だ。ふたりは男色の関係にあったのだろうか。そのへんはあいまいだ。が、気になったのは、パードリックのロバへの愛。コルムの犬への愛だ。彼らは動物と、それぞれ肉体関係にあったのではないか。コルムが犬とタンゴを踊るシーンはなまめかしく、それをパードリックに見られた時の慌てぶりがそれを示している。また、ロバが死んだときのパードリックの度を越えた悲しみようも気になる。ロバが死んだのは、コルムの投げた指をのどに詰まらせたからであり、その恨みから彼はコルムを殺そうと決意したともとれる。
ヒロインがロバを毛嫌いする意味もここからわかる。大好きな兄の心を奪うロバに嫉妬してのことだろう。
もちろん、大きなテーマは別にある。こんな狭い孤島で、男同士が反目し対立し、ついには殺し合う。それは1923年のアイルランド本土でも同じであり、その理由はIRAと英国軍の戦争だったのだが、今や島民にもなんだかわからない。戦争をしたいからしているだけのようにも見える。それは、2023年のウクライナ戦争も同じなのだ。