「面白かった」イニシェリン島の精霊 きなこもちさんの映画レビュー(感想・評価)
面白かった
後味の悪さをゴールとして作られた作品だが、この内容なら勧善懲悪の方が私はスッキリした。
それはおそらくブレンダングリーソン演じるコルムの役どころが、作中の騒動の大半の原因を占めているところにある。
劇中でもコルムに対して「12歳のガキ」「イカれてる」などと冗談めかして揶揄している場面があったが、残念ながら揶揄でもなんでもなく、その両方とも正しい評価であることがまたなんとも言えない。
正直この映画の好ましくなかった点は、ほとんどコルムというキャラが一人出しゃばってしまっているところにある。
それ以外は全体的に良かった。
以下、好ましかった点と好ましくなかった点。
好ましい点
・ケリーコンドン、コリンファレルの演技
ケリーコンドン演じるシボーンは、小さな島で狭量な兄や島民に囲まれる、孤独感の強い女性である。
ややヒステリックで感情の振れ幅が大きいケリーコンドンの演技は、如何にも「田舎の独り者の女性」といった雰囲気で、シボーンというキャラクター性に非常に説得力と存在感があった。
コリンファレルの演技もまた素晴らしい。
顔立ちがやや精悍過ぎるせいか、あまりアホっぽく見えないのが残念だが、持ち前の演技力で、朴訥で脳みそが足らない中年男性を見事に演じきっている。
中盤で警官から殴られた帰り道、情けなさが急に湧き上がるように涙を流す場面は、あまりにも痛々しくて最高だった。
・舞台背景に沿った脚本
本土で内戦中のアイルランドと、島での小さな諍いという対比が、劇中において皮肉の効いたスパイスとなっている。
内戦が終わると同時に、パードリックとコルムの諍いが殺し合いに発展する事を匂わせるオチも、非常にアイロニーに満ちている。
「俺たちの戦いはこれからだ^^」と、打ち切り少年漫画のテロップを貼っても違和感がないくらいには、後味の悪さを残せたのではないか。
好ましくない点
・バンシーという存在を活かしきれてない
この映画はバンシーという人の死を予告する精霊をモチーフに描いた作品のはずだが、肝心の死の予告という設定がイマイチ弱い気がする。
カルトじみたBBAが、「今夜二人死ぬお^^」と根拠のない妄言を吐くだけで、誰も以後その事について触れない上に、肝心の予告も当然の如くハズレ。
「何故外れたか明日までに考えてきてください^^」と言わんばかりのオチだが、正直考察して作品の見方がガラリと変わるほどの設定でもないと感じる。
劇中で「誰が死ぬんだろう?」の疑問を観客に植え付ける以上の働きをしていないのが、とても残念だった。
・コルムの言動の破綻
この作品における騒動の原因の8割が、ブレンダングリーソン演じるコルムという男にある。
おそらく製作陣は騒動の原因をコルムとパードリックで5:5くらいの割合にして、どっちもどっち論に持ち込むつもりだったのだろうが、あまりにもコルムのキャラがぶっ飛び過ぎていて、どう見てもパードリックに同じだけの責任があるように見えない。
創作の為に人を遠ざける…ここまでは理解できるが、何故か彼は島を出ていくという選択肢を取らない…これが最大の疑問であった。
内戦で本土に行き辛いというのもあるだろうが、シボーンが最終的に島を出ている以上、指を切り落とすほどの覚悟(笑)を見せたコルムが、島を出ていかないというのはおかしい。
本土には島に来ていた音大生のような、芸術的な人間(笑)が大勢いるだろう。
何故本土に出向かないのか。
フィドルの為にフィドル奏者の命である手の指を切り落とすというのも、もはやギャグにしか見えない。
あまりにも気狂いなコルムの言動が、製作陣が意図した物語の方向性を、ブラしているように感じ取れてしまった。