「3.6) 孤島のマウント合戦」イニシェリン島の精霊 tsukaregumaさんの映画レビュー(感想・評価)
3.6) 孤島のマウント合戦
二人の男の些細な喧嘩がやがて大事になっていく。
アイルランド内戦を遠景にした孤島の物語は、戦争が発生する仕組みをミニマイズする。
このプロット表層だけでも、茫洋な孤島の風景と相まって十分見応えがあるのだが、さらに本作が秀逸なのは、この喧嘩の理由が明らかではないこと。それによって、様々な解釈を可能にしているのだ。鑑賞前は「理由がなくても始まってしまう。それが戦争だよ」というニヒルな語り口を想像していたのだが、読後感はその真逆で、複数の(そしてそのどれもが人間臭い)理由が考えられた。観客に(遠い戦争の話ではなく)自分の物語として持ち帰らせる。そんな緻密な脚本に凄み。早くも年間ベストに入る一本だ。
★★以下ネタバレ★★
何通りかの解釈の内、私が感じ(自省した)裏テーマは「知性のマウント合戦」とも言うべき、醜いカーストの存在だ。
妹シボーン>コルム>警官ら島民>主人公>ドミニク
の順で「知性のカースト」が無意識に生まれ、みなが下の階層を蔑み「自分は上の人間だ」という行動原理で動いていた。警官が暴力を振るう相手は誰か?が一番わかりやすい例。「気のいい奴」設定の主人公すらドミニクへの接し方は微妙。あれほど狭い島でも、みなカースト上位を目指し下位の人間を遠ざける。
あの島で主人公に優しかったのは、おそらくシボーン、コルム、ドミニクだけ。そして友人とはいえ身内ではないコルムが、遂に耐えられなくなるところから本作が始まっているのではないか。そんな島の煉獄を抜け出したのは誰か?”死の精霊”の予言通りになったのは誰か?残念ながらこのカースト順位の通りになっているのが怖い(あのロバは主人公の身代わりだな)。
海と風と動物たちが、そんなマウント合戦を静かに見守る。
余談:
監督の前作『スリービルボード』は、本作と同じ構造を持ちながら好きになれなかった。その理由は主演の大女優様へのアレルギーと確信した。そういえば彼女の主演作どれも好きじゃないし。