「じゃあ、どうすればいいのだろう……」イニシェリン島の精霊 のむさんさんの映画レビュー(感想・評価)
じゃあ、どうすればいいのだろう……
話はつまらないが気のいいパードリック(コリン・ファレル)と、芸術家肌で気難しいコルム(ブレンダン・グリーソン)。私はどちらかというとパードリックに近いのかなと思う。しかしこれはもちろん寓話であり、どの登場人物にも普遍性がある。誰の中にもパードリックがいて、コルムがいて、シボーン(ケリー・コンドン)、ドミニク(バリー・コーガン)がいる。
個々の人間関係の中で、これほど理不尽に関係が崩れることはあまりないだろう。しかしそれが国同士の対立、地域紛争レベルにまで広がると、もはや何が原因でここまでこじれたのか、からんだ結び目をほどくことが困難な事例は山ほどある。舞台となったアイルランドも、複雑な政治情勢の上に立っている。
この作品は「いかんともしがたい環境の中で、それでも生きていくにはどうすればいいのか」考えさせられる映画であった。シボーンのように、しがらみを捨てて自分のために新たな場を探すことも正解だが、なかなか今いる環境を変えることは難しい。ドミニクのような選択をすることはもっと難しい。本作のラストシーン、完全に関係性の崩れたパードリックとコルムの二人が、同じ地平に、同じ方向を向いて立っているという描写は、そのまま現実世界の構図そのものだと感じた。
この作品の中で正解は示されない。二人がこれからどうなっていくのか、それもわからない。しかし一つ正解があるとすれば、警官に殴られたパードリックを何も言わずに抱き上げ、何も言わずに馬車でともに帰ったコルムの行動ではないか。たとえ拒絶した存在であっても、救わなければならない状況であれば助ける。関係性が悪くても、なくても、窮地に立たされた人を救うことはできる。
ここ数年、ますます正解のない世の中になったように感じる。自分のこだわりを通して他者を傷つけることも、他者に依存しすぎて己をなくすこともしたくない。しかしコルムがパードリックを助けたシーンに最も共感した私は、他者依存的な存在なのかなと思う。普遍性が高いだけに分かりにくいが、それだけに自分の様々な場面に当てはまる作品だと感じた。