「1988年、米国東部の田舎町。 18歳の少女マレン(テイラー・ラッ...」ボーンズ アンド オール りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
1988年、米国東部の田舎町。 18歳の少女マレン(テイラー・ラッ...
1988年、米国東部の田舎町。
18歳の少女マレン(テイラー・ラッセル)には生まれつき、食人衝動があった。
これまで父親と国内を転々としていたマレンだったが、ある日、父親は彼女の前から姿を消し、ひとりで生きていかねばならなくなった。
残されたのは、父親の告白の録音テープと出生証明書。
出生証明書に記載された行方不明の母親の出生地を頼りに、マレンはかの地に赴く・・・
といった物語で、これまで自分一人だと思っていた食人衝動のある他の人間に道中出逢っていきます。
ひとりは、初老で自ら「サリー」と呼ぶサリヴァン(マーク・ライランス)、もうひとりがマレンに年齢も近い青年リー(ティモシー・シャラメ)。
観る前の想像では、抑えきれない食人衝動というのが、吸血衝動の焼き直しかしらんと、ジョージ・A・ロメロ監督の初期作品『マーティン 呪われた吸血少年』を思ったものでした。
たしかに、その路線の作品で、自らではどうしようもない衝動を抱えた思春期のマイノリティ。
その思春期要素は映画が進むに連れて若干薄まり、マイノリティ的部分が濃くなってきます。
リーと出逢ったのちに、二人連れの食人症の男に出逢いますが、片方は生まれながらの食人症だが、もう片方は異なる。
むむむ。
この登場をどう解釈すればよいのか。
そのような嗜好がなくても、なってしまう・・・
それは、許されることではないが、否定すべきことではない・・・
と、マレンのリーの道行は、少しばかり様相が変わってきます。
生きるためとばかりに(ということだけでなく歓喜のために)人を殺して食ってしまうリーには、ある種の無軌道な感じがします。
この無軌道感、どこかでみたような・・・
思いついたのは、テレンス・マリック監督『地獄の逃避行』、それと『イージー・ライダー』。
そうだね、この映画、遅れてきたアメリカン・ニューシネマの香りがプンプンするのよ。
(リーの妹が、リーを指して「男だか女だかわからない格好して」云々と言います。まさしく、そういう時代のニュアンス)
なので、残念なのが結末で、ストーカーじみたサリーに襲われて・・・というのは、アメリカン・ニューシネマじゃないんだよなぁ。
ここは、食人が周知されて、田舎町の住人に襲われて殺されてしまう、というのが納得的結末なんだけど。
(って、それって、モロ『イージー・ライダー』ですけど)
2時間超の長尺なれど、意外と退屈しませんでした。
どちらかといえば、結構好きな部類かも。