劇場公開日 2023年5月12日

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「今年ベスト級。」TAR ター ヘルスポーンさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0今年ベスト級。

2023年5月28日
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この映画は言葉についての映画である。
そして現代の時代における言葉の難しさ、危うさを描いた映画でもある。

本作を観賞し始めて驚いたのが圧倒的なセリフの量だ。
それもワンショット、長回しという超絶テクニックをさらりと行なっている。あの量のセリフを頭の中に叩き込んでいるなんて役者はやはりすごい。

今の時代、言葉というものはとても難しい。
SNSで発せられる言葉がその人の全てを表すかのように扱われ、簡単に人は晒され、炎上し、転落してしまう。

本作は物語終盤で音楽とはその音符一つ一つが言葉であり、人の話す"言葉"以上に豊かに感情を表現することが出来るとの引用がある。人の感情とは言葉のみでは表現しきることはできない。それほどに複雑であるということだ。
本作の主人公リディア・ターは複雑な人間だ。彼女と周りの人間との間に実際に何があったのか、どんな感情があったのか、本当のところはわからない。

音楽を"言葉"として考えると、この映画は彼女が言葉を奪われていく話になっている。
そのきっかけとなったのが、SNS世代と言われる若い世代だ。

冒頭のとあるトークショーでは饒舌に語り観客を沸かせる姿が描かれるが、アメリカの名門校ジュリアード音楽院で教鞭を振るう際には、リディアの言葉は生徒らSNS世代には全く通用しない。
だが、彼女はその立場や自分の知識を総動員し生徒を論破し、追い出してしまう。(このシーンはカット割なしのワンショットで撮っておりさらりとすごいことをやっている。)

物語中盤までは、巨匠と言われる彼女のある意味強権的な言葉により思い通りに進むが、SNS世代の逆襲に合っていく後半はホラー映画のような演出になっている。リディアは彼女の知らない言葉、そして"彼ら"の言葉である"SNS"によって追い詰められ、転落していくのだ。

決定的なのがチェリスト オルガとの出会いだ。
明らかにSNS世代である彼女とも会話が噛み合わないし、巨匠を前にしても全く動じない態度を取る彼女の気を惹きたいリディアはオケの反発の中、強権を発動し彼女をソリストに抜擢させる。そして個人レッスン後の彼女を車で送るシーン。彼女が消えていく場所は廃墟のような場所で、明らかに人が住むような場所ではない。リディアが彼女を追っても彼女はおらず、転んで怪我を負ってしまう。これは彼女"SNS世代が住む世界"はリディアが住めるような場所ではないということのメタファーに思える。
ここからリディアの転落が始まっていく。

リディアはベルリンフィルで副指揮に立場を奪われる際も、これは私のスコアだ!と"言葉"を奪われることへ必死に抵抗する。
ベトナムで隠遁生活を始めた際も、マッサージ店を聞いたつもりが風俗店へ連れて行かれ、ここで言葉の通じなさのストレスか嘔吐をする。

そしてラストはまるで若い世代、SNS世代を喜ばせる下僕と化すかのようなオーケストラシーンで幕を閉じる。

何という皮肉のこもったラスト!

とても難解で読解力の求められる映画だが、この巨匠を演じられるのはケイト・ブランシェットしかいないし、長回し、長セリフ、ワンショットなどの超絶テクニックがさらりと出てくるすごい映画。2回、3回と観ることで新たな発見があるでしょう。

リディアが励むベルリンフィルでのマーラー交響曲第5番、引用されるベートーヴェンの交響曲第5番(運命)、そしてベトナムの不思議な世界観の風俗店で指名を待つ女の子の番号は5。そしてラストのモンスターハンターのナンバリングは?

ゾクゾクする伏線、引用のオンパレード。
エンドロールで始まる映画なんて観たことない。
今年ベスト級!!

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ヘルスポーン