劇場公開日 2022年11月18日

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「宮松は誰なのかという筋立ては重要ではなく、様々に仕掛けられた映像表現を楽しむべきでしょう。」宮松と山下 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5宮松は誰なのかという筋立ては重要ではなく、様々に仕掛けられた映像表現を楽しむべきでしょう。

2022年11月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

記憶をなくした端役専門のエキストラ俳優・宮松をめぐる物語を描く。CMや教育番組「ピタゴラスイッチ」を手掛け、映画界に人材を輩出してきた東京藝術大学大学院映像研究科名誉教授・佐藤雅彦、その教え子でNHKでドラマ演出を行ってきた関友太郎、多岐にわたりメディアデザインを手掛ける平瀬謙太朗の3人からなる監督集団「5月(ごがつ)」の初の長編映画。主演の香川照之にとっては14年ぶりの単独主演映画です。
 これは映画なのか、実生活なのか。エキストラ俳優・宮松(香川照之)の虚と実が入り交じる、冒頭から続く場面を見ただけで、その才能がよく分かりました。

 宮松は端役専門のエキストラ俳優。ロープウェイの仕事も掛け持ちしています。あるときは時代劇で大勢のエキストラとともに、砂埃をあげながら駆けていく宮松。弓矢に撃たれ、またあるときはヤクザの一人として路上で銃撃されるなど、さまざまな劇中で殺され続けていました。エキストラとしてひたすら殺される役柄に取り組む彼には過去の記憶がなく、自分が何者で何を好み、どこで何をしていたのか一切思い出せません。それでも宮松は来る日も来る日も、斬られ、撃たれ、射られ、時に笑い、そして画面の端に消えていくことの繰り返し。毎日数ページだけ渡される主人公ではない人生を演じ続けるのでした。

 そんな宮松にある日、谷(尾美としのり)という男が宮松を訪ねてきました。宮松はかつてタクシー運転手をしていたらしいのです。谷が語るには藍(中越典子)という12歳ほど年下の妹がいるといいます。谷は、実家で暮らしている藍とその夫・健一郎(津田寛治)と引き合わせ、妹夫婦との共同生活が始まるのでした。自分の家と思えない家にある、かつて宮松の手に触れたはずのもの。藍に勧められるままに、記憶のあった時代に愛好していたもののその味わいを忘れてしまっていたタバコを、久々に味わっているなかで、宮松の脳裏をなにかがよぎっていくのでした、

 しかしこの筋立てはさほど重要ではないのです。宮松の正体とかその心情とか、キャラクターを掘り下げる映画ともちょっと違っていました。映画表現をさまざまに用いて、観客にどんな影響を与えられるかを測る実験のようでもあります。
 冒頭、一人の武士が襲ってきた数人を斬り伏せる。武士が去った後、一人がムクリと起き上がって走り出す。この映画は時代劇かと思いきやその男、物陰で急いで着替え、きっかけを待って次の場面に飛び出してゆく。実は撮影所で、その男が宮松である。エキストラとして虚構を演じる宮松と映画内現実の宮松が切れ目なく続き、だまし絵のような映像の連続。地味な映画だが実に刺激的な演出でした。

 エキストラか私生活かで翻弄され、まんまとしてやられた感覚が心地良かったです。入れ代わり殺される名もなき役に、記憶を失った自身を絡めた作劇が巧みだ。セリフを最小限に抑えた脚本や浮遊感を生かすために、香川照之らしくない徹底的に抑制した表情も良かったです。劇中劇のエキストラの演技を含めて、役者・香川の力量がさすがだと思いました。

 いつしか実家を出て、また元のエキストラに戻ってしまう宮松。そんな宮松の過去には、藍の恋人だった健一郎から、両親を失って親代わりに藍を育ててきた宮松の気持ちが、はたして妹以上の感情があったのではないかと詰め寄られたこともあったのです。
 それを踏まえての宮松のエキストラ復帰。はたして彼は本当に記憶を戻したのかどうか。謎の深まるばかりの結末でした。終盤の展開にゾクッとしつつ、マジか…と鳥肌。余韻も深かったです。
 但しあまり寡黙なので、もう少し宮松が記憶を失った経緯とか、エキストラに復帰する過程で、長年下積みで苦労してきた宮松にも大役のチャンスが転がり混んでくるとか、宮松の人生の振り幅をドラマチックに拡げて欲しかったです。

流山の小地蔵