「独りで在ることを選択した少女」ザリガニの鳴くところ Uさんさんの映画レビュー(感想・評価)
独りで在ることを選択した少女
幾度か出てきた「淡い悲しみ」と言う言葉がとても印象的でした。幼い者を理不尽に縛りつける悲しみ、人が生きていく上で背負わなければならない悲哀。でも、カイアは悲しくとも、屈しなかった。
◉カイアの選択
カイアの父は自らを護るため、孤立して暮らす。ある意味、とても潔い。だが、家族は父に着いていけず湿地を去る。世間に出れば辛い思いもするだろうが、やはり孤独よりは他者との交わりを選んだ。
しかしカイアは、父さえ去った湿地で生きることを決めた。戦争から生還した父の人生は、ほぼ無色に近いようなものになってしまったと思えるのですが、カイアは孤立の中で、自然に溶け合う暮らしを続けて、自らの世界を構築していった。
◉湿地で輝く
カイアは生存のためジャンピンやメイベルとの間に人同士の触れ合いを経験し、やがて積極的な男と女の関わりにも踏み込んでいく。
デイジー・エドガー=ジョーンズ演じるヒロインの、消え入りそうなぐらい繊細なのに、簡単にはへこたれない、したたかな表情。そして少年のような雰囲気を強く漂わせるのに、思いがけず肉感的な肢体。名前の付けようのない不思議な宝石であり、湿地でのみ輝き続ける存在として描かれている彼女の姿に、観る者は惹かれていった訳です。
チェイス殺しの嫌疑をかけられても、カイアは身の潔白が晴れるかどうかより、とにかく湿地を離れずに済むことだけを切望する。
自分の意思に命をストンと預けられる。本当に強いなぁ!
それでいて恋心に身を委ねる時の、素直な欲望。頑なであるのに、デートにすぐに応じたり、男を家に招いたり、かなり奔放!
◉独りで在ること
人にとって、生涯で多少なりとも触れ合って、更に喜怒哀楽を共有できる相手は、ほんの一握り。それでも自分を大切にして生きていれば、誰かと出会えるし、おまけに残酷な運命にも出逢ってしまう。
やがてカイアの元に戻って来る恋人も、一度は彼女から離れていった。身勝手な恋人にも散々、振り回される。それでもジャンピン夫妻はカイアの生き様に優しく寄り添ってくれたし、弁護士トム・ミルトンもカイアへの偏見に怯むことなく、彼女に振りかかった疑惑を必死で解いてくれた。老いてはいたけれど、実に男前でした。
カイアの生き方が表していたものは、「独りっきりで居ること」ではなくて、「在り方として独りで生きること」だったと、私は思いました。湿地を隔てた所でカイアを思う隣人は一握りではあっても居て、そこに人同士の繋がりはあったのですからね。
カイアは自然科学の知識体系を独力で身につけた。少し超人過ぎやしないかとビックリしましたが、鳥・昆虫・魚・貝や植物の細密画に没頭する。それは「独りで在ること」を確かめて、かつ満たされるための作業も兼ねていたのだと思いました。
◉湿地は消えない
この物語の一方の骨格であった、カイアへの疑惑の謎解き。物見台周辺に足跡が無かったこと、板が1枚外れていたこと、本の打ち合わせ前後のアリバイ、そして赤い毛糸。それらの疑惑がほぐれていった道筋は、ストーリーに描かれた部分に限定すれば、論理と言うより老弁護士の熱量の結果と感じました。
ただ人の足跡は湿地の満潮で消えた……と言うのはちょっとワクワクしました。そして湿地の中の沼に溶け込むように、カイアは息を引き取った。
湿地は人々の存在を静かに呑み込んで、ずっと在り続ける。
コメントとたくさん共感ありがとうございます。
Uさんのレビュー、素晴らしいですね。
NOPEの時もそう思いました。
自分の言葉で、全て消化して書いてらして、思索が深いです。
(えらそうにすみません)
カイアは湿地を愛し湿地を友としそして生きた詩人であり
生物学者でしたね。
(ミステリーはおまけのようなものでしたね)