「羽化」ザリガニの鳴くところ U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
羽化
導入の音楽と湿地の描写で催眠術をかけられたような感覚だ。不思議な空気の中を漂ってた。
嫌いではない。
なんか書く事が多すぎてなかなか文章がまとまらない。大前提にあるのは、1人の女性が人としての生活に馴染んでいく成長譚なんだけど、このキャラ設定が巧妙で…童話の主人公みたいなのである。
もうどんなドラマを背負わせても成り立つような設定で、彼女の半生を追っかけていく事になる。
その過程で起こる事件の犯人探しが、もう一つの柱。
冒頭は彼女の2人目の彼氏が死んでいる所から始まる。その容疑者として糾弾される主人公。
ここにも設定は強烈に活かされてて、偏見や疎外感、他人への恐怖、拒絶そして邂逅なんかが盛り込まれてる。
その弁護人への説明という形で、彼女の生い立ちが紹介されていく。
DVとか初恋とか、孤独とか帰る場所とか、開放感とか隠れ場所とか、人の温もりとか…彼女が人と交わる事で知る、全ての感情が瑞々しい。
現在の時間軸に戻る頃には彼女にゾッコンだ。
犯人探しが終わってみれば、生存戦略とか捕食とか擬態とか、おおよそ人以外の動物が当たり前のようにやっている生命維持活動なわけで、彼女の言葉を借りると「善悪ではなく、知恵」なのだと「他者から身を守る為に身につけた知恵を行使するに過ぎない」と。
そんな倫理観が根底に潜んでた。
だからなのかなんなのか、彼女は人に満たない存在のように見えてた。
だからこそ神秘的だったり、幻想的に思えてたのかもしれない。人の感性とは違う感性で動いている彼女。いずれにせよ、そんなキャラを作り上げた役者にも演出にも拍手喝采を送りたい。
タイトルの指すものが分からない。
そもそもザリガニって鳴くのかと疑問にも思う。
鳴くならその場所がどこかにはあるのだろうし、鳴かないなら現実には存在しない場所である。
ラストになって、母親の幻が現れる。
そん時になんか奇妙なSEがあった様に思えて、それがザリガニの鳴き声だとするなら、その場所は母の腕の中なのかもしれない。
もしくは考えられない程の静謐が存在する場所なのだろう。日常生活からは連想できないし、切り離さないと生まれてこない場所にも思う。
このレビューのタイトルを「羽化」にしたのはそのまま成長という意味合いなのだけれど、彼女には「羽化」の方がしっくりくるように思え…自然界で羽化する事は、弱肉強食の世界を生き抜いてきたという事で、その為に他者を殺害していった成果とも捉えられる。
幼体から成虫に変態する生命の神秘の裏側には、須くそういった行為が行われている。
人間の法を犯してはいるものの、自然界の摂理には反していないなんて言う、とても危険な感想を抱いた。
それもこれも、彼女のキャラ設定によるものなのだろう。
■ 追記
偶然「woke」という単語を見つけた。
最近のディズニー映画への批評の一つだった。
woke…簡単に言うと、社会に根強く残る偏見や先入観に目を向けて是正もしくは排除していこうとする事なんだとか。ネットのスラングらしい。
この視点が生まれた事で、なんだか輪郭がしっかりしたように感じた。
彼女単体は素敵で魅力的な女性であるが、肌の色も人種も違わないけど、そのコミュニティからしたら異質な存在として描かれてる。
まぁ、そう捉えてしまう歴史があった事は否めず、彼女に非がないとも言い切れないのだけれど、彼女が自ら招いた結果にも思えない。
人格形成の大部分を担う幼少期にある大人の存在だ。分かりやすく嫌悪感を抱きやすい人物像ではあるが、この世界に先に生まれ既存の価値観を受け入れ継承してきた存在がある。日常的に彼女に流れ込んでくる価値観は止めようがない事の象徴でもあるのだろうか。
極めて難しい事ではあるけれど、他者への理解の深度を深めるって事なのかと思う。
伝統や慣習に隷従するのではなく、ちゃんと個人として向き合える社会って事なのだろうか。
オレンジのドレスを着た彼女は、とても愛くるしい。そのドレスを纏う姿が滑稽に映るのも意図的なサインなのだろう。
その土地を離れ、彼女への偏見が無いコミュニティに参加している時の彼女は、ちゃんと受け入れられてる。
彼女に問題があるわけではなく、彼女を取り巻く環境への問題提起でもあるのだろう。
言動に違和感はあるものの「作家」としての特異性が、それらを肯定しているようにも思う。
なんか、そんなこんなでとても複合的なメッセージを含んだ作品でもあった。
ただ、そんな膨大で複雑なメッセージをミステリーという視点で束ねた本作は、やはり見事だと思える。
物語として途切れる事もないし、突出するものもない。作品を的確に表現してみせた俳優陣や演出には賞賛しかない。
■ 追記
成長譚とは書いてみたものの、彼女にとってコレは成長なのだろうかとフと思う。
妥協ないしは順応なのかもしれない。
自分が育ってきた経緯から成長と捉えはするが、彼女が認識するものは違うのかもしれない。
そう思うと、既存の価値観を覆すと言えば聞こえはいいが、破壊に等しく…多様性を重んじる風潮ではあるものの、暗黙のルールの存在は否めず、その暗黙のルールが様々な人にとって受け入れやすいものである事を願う。
羽化、納得の考察でした。
人に満たない…のくだりはまさに。感覚的に感じた〝妖精〟的な雰囲気も相まって、もはや演技を超え、ドキュメンタリーにもみえるシーンが多々あったように思います。