カラオケ行こ!のレビュー・感想・評価
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原作ファンです!よかった!
思春期真っ只中真面目な中学生の聡実くんとヤクザの狂児という交わらなさそうな2人が歌をきっかけに出会い親睦を深めていく過程がとてもよかった。
綾野剛さんも聡実くん役の子も合ってました。
原作既読でオチも知っているのにウルウルしたり笑ったり、温かい気持ちになりました。
綾野剛さん、歌うまくてびっくり!
これは893と中学生のBLです
ヤクザが似合う綾野剛
テンポよいストーリー
ソプラノをキレイに歌えない
そりゃあ、成長期だから仕方ないよね。
部長として、今までのプライドもあって
キレイに歌わなきゃって
がんじがらめになってる様がよかった。
演技も可愛かった!
特に後輩くん。全然内容が入ってこない笑
ソロモンの偽証を思い出したよ笑
これからに期待大!
紅を声変わりの男の子が熱唱。
発表会をやり切って欲しかった気持ちもあるんだけど
そしたら、紅を聞くことができなかったわけで。
中学生男子とヤクザが
カラオケ行こ!ってお互いに誘いあったところ好き。
セトウツミのように淡々と会話が進んでいくところも好き。
カラオケを通して、友情が育まれる様は
現実離れしてるけれど、現実から離れすぎない絶妙さがあったように思う。
設定の妙
途中何度も笑いをこらえていたのに、クライマックスでは思わずほろり。手のひらの上で心地良く転がされてしまった。
合唱部と映画をみる部、おとんとおかん。聡実少年の世界は、とてもバランスが取れていたんだと思う。特に映画をみる部に居場所を作っているあたりに彼のバランス感覚の良さが伺える。
だが、合唱部の顧問の先生が産休に入り、自分は引退目前で変声期を迎える。これまでと同じではいられない、そんな中学三年生。
この設定だけで幾らでもストーリーが作れそうだが、この物語ではヤクザという青少年に対しては禁じ手ともいえる劇薬を投入する。そしてあろう事か、距離感が近すぎるヤクザの狂児と、ツンデレ中学男子の聡実による王道のラブコメのような展開へと進んでいく。
聡実が狂児の身を案じて、組長の誕生日会に乗り込む聡実。そこで組長や組員へ啖呵を切ってからの紅の絶唱。大切な人のために怒り、大切な人のために歌う姿はとても見応えがある。
そして、ミナミ銀座の取り壊しとともに、聡実の中学生活は終わりを迎える。最後のエピソードは蛇足のようにも思ったが、このほうが今時だし作品の雰囲気にも合っていて良いかなと思い直した。
…
途中の細かな話にも無駄がない。うまく使い分けられた怒りの表現が、良いメリハリとなっていた。
期待以上
ずっと観たいと思っててやっと観れました。
体感30分(笑)
個人的に本当に面白かった。
あと綾野剛がとにかくかっこいい!!!
途中、本当に狂児が死んだと思って、そしたらトイレの前で紅聞いててウルっとなりました
大人になった二人がまだカラオケ行ってるのもとても良かった👏🏽
私も綾野剛に『カラオケ行こ』って言われてみたい(笑)
洒落てらぁ
綾野剛の不思議な魅力
クソです
アウトレイジなカラオケ大会
単純に面白い。
今のご時世、アウトレイジな人と中学生の友情?って大丈夫なん?とも思ったけど、コメディだし。
そういえば、綾野剛ってバンドやってたなぁと(聴いた事ないけど)
Netflixは綾野剛だらけ。
あの曲がこうなる
組のカラオケ大会で最下位を免れる為にヤクザが合唱部の中学生に歌唱指導を頼むというお話。漫画原作らしい設定の奇妙さが物語の中でも維持され、ヤクザ映画だからとコテコテせず、かと言って力を抜き過ぎる事もなく、物語と絶妙の距離を取りながら観る者をニヤニヤさせて積み重ねて行くエピソードが可笑しくて暖かく少し切ないのです。その距離感を絶妙に計って演じる綾野剛さんは流石だなぁ。
また、映画の骨組みとなる歌の選曲も絶妙で、綾野剛さんの歌声も、「決して下手ではないけど、微妙に上手くもないなぁ」というこれまたいい所を突いているのです。そして、エンドロールでの Little Glee Monster の歌声には「あの曲がこうなるのかぁ」とちょっと感動まで覚えてしまいました。
更に、映画ファンとしては部員がたった一人の「映画を見る部」の栗山君にどうしても肩入れしてしまいます。だから、劇中で彼が観ていた映画は、「それは、この作品のこの場面だね」と一人で勝手にフォローを入れておくのでありました。君は一人じゃないよぉ~。
ここのレビュー良き
岡くんかわいい
違う世界の二人
大坂ナンバー303 26-181黒のセンチュリーにご注意
ヤクザの若頭補佐・成田狂児と合唱部部長の男子中学生・岡聡実、接することがあり得ない二人が、実に他愛なく、くだらない動機によって歌唱指導の先生と生徒になって絡んでいく話ですが、どう考えてもそもそもの設定が無理くりであり、その後もかなり強引にスジが進んでいきます。
舞台は大阪郊外の住宅街です。
ともかく話が込み入っておらずシンプルな枠組みのままに、コミカルなヤクザ像を置き、登場人物が最小限に絞られ、而も性格も皆単純なので、観客には各々のキャラクターが分かり易く、自然に感情移入していきます。
その核心は、狂児と聡実の二人の会話でしょう。狂児の慇懃な話し方に対して、聡実の恐々と一言二言のみ発するぎこちない会話は、非常に間怠ろっこしいのですが、なぜか引き寄せられます。やはり大阪弁の二人が会話し続けると、老若男女問わず、自然にボケとツッコミが生まれ漫才のように聞こえてしまうせいでしょう。聡実のたどたどしい話し方は、結果的に上手く“間”の取られたボケ芸のように見えます。
また映像のカメラワークが、変な寄せアップが殆どなく、手持ちカメラは使わず、ほぼフィックスで撮っており、長回しも多く、とにかく変に凝らずオーソドックスな映像で作られているのも、観客が落ち着いて観ていられた要因です。
但し、細かい仕掛けが随所にあり、あちこちに伏線が張られています。しかし伏線に気づかなくとも話は分かり易いので、支障は全くありません。
中学の「映画見る部」、この存在そのものが不思議ですが、そこで男子中学生二人が並んでVHSビデオ観賞するのが『自転車泥棒』『カサブランカ』といったモノクロのクラシック洋画の名作です。
そして鮭の皮のアップ映像の長回し、そこには深い愛が詰まっています。
所々で笑い、その後で手に汗握り、また笑い、そして笑い、少し泣かせる、映画の娯楽三要素(笑う、泣く、(手に汗)握る)を兼ね備えた作品といえます。
ただあまり映画的なスケール感はなく、せいぜい半径1km圏の世界での出来事を、面白おかしく小ぢんまりと描いているに過ぎません。その点では映画館で観る映画としては評価し辛く、寧ろTVドラマ向きかもしれません。
大阪を舞台にしながら、大阪では一切撮影されていないようですが、いずれにしても大阪303の26-18ナンバーの黒のセンチュリーには近づかないようにしましょう。
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