「主演女優のんの天真爛漫さは、死後と霊界を描く作品でありながら線香臭さは微塵も感じさせません。」天間荘の三姉妹 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
主演女優のんの天真爛漫さは、死後と霊界を描く作品でありながら線香臭さは微塵も感じさせません。
本作は、かつてので人気となった髙橋ツトムの漫画で、『スカイハイ』のスピンオフ作品が原作。ドラマの『スカイハイ』シリーズでは、“怨みの門”門番イズコを演じた釈由美子が放つ名セリフ「お逝きなさい‼」が流行語になりました。
この作品は互いに「盟友」と呼び合う『スカイハイ』シリーズ監督してきた北村龍平と原作者の髙橋ツトムが交わした会話がきっかけとなり、7年間の構想を経て映画化されたものです。
東北大震災がきっかけとなり、天空と地上の狭間に誕生した街、三ツ瀬。そこはこの世と全く変わらない光景が展開していて、海に面した風光明媚な観光地が拡がっていました。そこで営業する温泉老舗旅館「天間荘」が舞台となっています。
美しい海を見下ろす天間荘では、三姉妹の長女(大島優子)が若女将として切り盛りし、今も自分を捨てた夫を呪う母親の大女将(寺島しのぶ)から厳しく指導を受ける一方、次女(門脇麦)は家業そっちのけで恋愛とイルカのトレーナー職に邁進していたのです。
そんな女たちの館に謎の女性イズコ(柴咲コウ)に連れられ、末の妹たまえ(のん)が到着し、物語は幕を開けるのです。自分と違う女性が産んだ子である彼女に、大女将は苛立ちや困惑を隠せません。結局、天間荘の客ではなく従業員扱いで働くことになったたまえですが、それでも素直で健気な妹をのぞみ(大島優子)とかなえ(門脇麦)の二人の姉は温かく見守るのでした。
そしてイズコはたまえにこう言うのです。「天間荘で魂の疲れを癒して、肉体に戻るか、そのまま天界へ旅立つのか決めたらいいわ」と。たまえにも刻々と「決断時」の時が近付いていくのでした。
当初は姉妹の関係性を描く「普通の映画」かと思わせますが、だとすると天間荘への途上で説明されるたまえの境遇が信じ難い描き方だと思いました。あとでわかることですが、実はたまえは交通事故で現世で臨死状態にあったのです。そして天間荘での滞在中に生死を自分で決めなければならないという宿命を背負って宿にやってきたのでした。そして、イズコは天空と地上の狭間を仕切る門の門番だったのです。
たまえがそんな瀕死の状態にあるとは思えないすこぶる元気そうな様子なので、見ている方は、半信半疑になりました。実際、序盤では天間荘のあまりにどこにでもありそうな老舗旅館ぶりを見せつけられると、現世とあの世のあいだにいわばバーチャルに存在する仮の宿だなんということに、とても違和感を感じてしまいました。この違和感は、後半までずっと続いていくのです。本作は、「普通の映画」と現実離れしたファンタジーのあいだを漂う映画だったのです。
この「普通の映画」ぽさは、一連の『スカイハイ』シリーズを手掛け、アクションやホラーが得意な北村監督が、今回はあえて作風を変えることに挑戦したことによるものだそうです。テーマは東日本大震災。日本人共通の悲劇に対し、ストレートにメッセージを伝えたいためだったのかもしれません。
いつもの個性的で凝った演出と違い、けれん味のないオーソドックスなスタイル。喪失と再生のドラマを情感豊かに描くという新たな面も見せせてくれました。そのため『スカイハイ』シリーズのファンであっても、予備知識なしで見始めると、最後の場面になるまで北村監督作だと気づかなかいくらい普通のドラマに感じることでしょう。
その点オリジナルの『スカイハイ』シリーズでは、不慮の事故や殺人によって命を落とした者が訪れる「怨みの門」が前提としてあり、ここの番人であるイズコが、死者の現世の記憶や残された者たちの様子を見せて、最後に死者に次の3つの選択を出すというものでした。
・「死を受け入れて、天国で再生を待つか」(生)
・「死を受け入れず、現世で彷徨い続けるか」(行)
・「現世の人間を1人呪い殺し、地獄へ逝くか」(逝)
果たして死者は、何を選ぶのかと登場人物にファイナルアンサーをさせるところに強いドラマ性があったのです。
ところが三ツ瀬で暮らす人々は、東北大震災で死が確定し、成仏できずに流れ着いた人ばかり。ほぼ行く先は決まっていることが前提になって物語は進んでいくのです。その中で、臨死状態ではあるけれど、まだ生きているたまえがやってきたのは異例のことでした。こうしたことから、物語が予定調和のように進んでしまうところがやや残念なところです。もう少し昇天を決断するときの葛藤を描いて欲しかったです。
それでも、主演女優のんのトリックスターめいた天真爛漫さは、死後と霊界を描く作品でありながら線香臭さは微塵も感じさせませんでした。(水族館も舞台のひとつのため、のんがいきなりギョギョギョ!と叫びそうになるような展開でした(^^ゞ)
家族や近しい人たちとの繋がりという、決して他人事ではない身近なテーマとして描かれているので、あの世のことや宗教を否定する人でも、思わずホロリと感情移入してしまうことでしょう。狙い通り、誰もが素直に共感できる作品となったことについては、北村監督の円熟も感じさせてくれました。
人生の晩年に際して、お迎えが近くなってこのあとどうなるのか不安に感じている高齢者の方にはぜひお勧めしたい作品です。
東北大震災で成仏できなかった人たちが、三ツ瀬で「天国で再生」という決断を下すとき、口々に来世でまた会おうと約束しあいます。今世の死が終わりではなくて、また来世の人生が続いていって、やり直しができるのだということが、特に高齢者の方には希望のメッセージとなることでしょう。
また現世に戻ることを選択した人には、三ツ瀬の高台からこの世へ飛び降りることが待ち受けていました。まるでこの世に転生を決めた魂が、誕生前に経験する試練とそっくりなのですです。
この世そっくりに描かれる三ツ瀬の世界。それは天空と地上の狭間にできた仮の空間だけではなく、この世そのものが存在の実態のない仮の空間なのだと思えました。
誕生から帰天までの一瞬のような短い時間の刹那。その中でわたしたちは本作の終盤でも語られるように、それぞれが目的と使命を持ってこの世に誕生します。それは誰一人とっても無駄のない、誰もがこの世で求められている人生であるわけです。それを感じて欲しいですね。
加えて、この世に無事戻ってきた人たちは、天間荘の記憶を失っていませんでした。そして強く感じるのです。天間荘で出会った人一人ひとりを思い出す度に、その人がこの胸の中で生きていて、今もつながっているのだと。
仏教の三宝印では、このことを『諸法無我』といいます。ひとの命は「大河の一滴」のようなものである。みんなつながっていて、一つの大きな命の一つなんだと。
最後に三姉妹の名前が傑作です。のぞみとかなえとたまえで、『のぞみかなえたまえ』です。三姉妹の願いが叶うといいですね。